表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
614/1477

第二百三十一話 静かに侵食する、ツッコミなき世界……

 ヴァレンティナを塔の上に引き上げたところで、ミーアとアベルは、その場にへたり込んだ。ヴァレンティナのほうも、もはや抵抗する気力はないのか、その場に倒れたまま、起き上がろうとしなかった。

 が、そのままの姿勢で、彼女は疲れた笑みを浮かべた。

「アベル、あなたも私を助けようというの? 相変わらず優しい子ね。それではゲインに勝てないでしょうに」

 挑発するような声をかけるヴァレンティナ。そんな彼女に、ミーアは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「なにも知りませんのね。アベルはすでに、あのお義兄さまに勝っていますわ」

 それを聞き、ヴァレンティナは少しだけ驚いた様子で首を振った。

「あら、そうなの。それは意外ね……。あなたは、てっきり、女の子に優しいだけのつまらない男に育つと思っていたのだけど……」

 そんな姉に、アベルは、ただ一言、告げるのみ。

「ミーアが、いてくれましたから……」

 それから、彼はミーアのほうを見た。その視線に、どこかすまなそうな色を見つけて、ミーアは首を振った。

「アベル、あなたが気に病む必要など、どこにもございませんわ。わたくしは、ただ、わたくしの勝手で……そう、わたくしの気分が悪いから助けただけのこと。あなたのせいではありませんわ」

 そんなミーアに視線を向けて、初めて、ヴァレンティナの顔に苛立ちのような表情が浮かぶ。

「帝国の叡智、ミーア姫、あなたは……なに?」

 苛立ちと……、困惑……。素の表情を隠すことなくヴァレンティナは言った。

「あなたのありようは、なんだか、逸脱しているように見える。この世界の、歴史の流れから逸脱した……異質な者のように見える。あなたはなに?」

「わたくしは……」

 ミーアは少し考える。それから、わずかな決意を込めて告げる。

「ミーア・ルーナ・ティアムーン。帝国初の女帝になる者ですわ」

 その答えに、ヴァレンティナは……かすかな嘲笑を浮かべる。

「そう、普通ね……とても普通」

 失望を露わに、つまらなそうにつぶやいて、ヴァレンティナは言った。

「帝国を統治するというのなら、覚えておくといいでしょう。蛇のロジック。イエロームーン公ローレンツを絶望させ、リーナさんの中に私が植え付けたものを」

 そうして、ヴァレンティナが口にした蛇の理屈……それを聞いてミーアは思う。

 ――ああ、それは、実に面倒くさそうですわ……。

 蛇のロジックとは、統治する者にとって極めて厄介な思想だった。

 それは、統治者がサボり、怠け、民を踏みつけにした時に発芽するもの。統治者に対しての戒めのようなものだったから……。

 ただまぁ、面倒ではあるのだが……。

「それを防ぐことは、難しいことではないのではないかしら? 弱き者、敗者にも食べ物を与えれば良いのですわ」

 それは、ミーアがなしてきたこと。

その日、その日の安定と幸福、それさえ失わぬ限り、人が蛇に魅入られることはないわけで……。

「民をお腹いっぱいにすればいい。人は腹が満ちれば、動きたくなくなるものですもの」

 ミーアの物言いに、ヴァレンティナはおかしそうに笑った。

「面白いことを言うわね。ふふふ、確かにそう。食べ物が行き渡っているところで、革命の火を灯すことは難しい。食の不足は死の恐怖を喚起し、容易に民の心を不安にする。それは、たしかに蛇が付け入る隙ではあるわね」

 ヴァレンティナは、それから、小さく首を振る。

「けれど、それすらも、永久には続かないでしょう。人は愚かな者。あなたが賢明な判断をしたとして、あなたの後に、暗愚な指導者が現れないとも限らない。その時、眠っていた蛇は目を覚まし、あなたたちがせっかく築いた国を、やすやすと呑み込むことでしょう」

 世界は、いずれ蛇に呑み込まれる。最後の最後には、蛇の理屈が勝利する。

 ヴァレンティナの主張に、しかし、ミーアは笑い返す。

「別に、永遠にわたくしが勝ち続ける必要などありませんわ。わたくしは孫たちが安心して暮らせる程度の繁栄があれば、それで十分。そこから先の世界がどうなるかは、もはや、わたくしの知るところではありませんわ」

 蛇と同じく、ミーアにも確固たる思想がある。

 揺らぐことのない自分ファーストが、常にミーアの胸にはあるのだ。

 自分が死んでしまった後のことまでは、正直、面倒を見切れない。ベルの暮らす世が良いものであるように……ぐらいは思うが、ベルの子や、孫の世代に関してはもはや、ミーアの知ったことではないのだ。

 彼らもまた、自ら蒔いた種を刈り取るだけのこと。

ミーアとしては、自身が学んだそれを、しっかりと後世に伝えるぐらいしか、できることはないわけで……。

 ――わたくしの子孫が、わたくしと同じように注意深く、賢く、慈悲深く。帝国を治め、他国との良好な関係を築いていけば、安寧の時は長く続くはずですわ。わたくしのように、知恵ある者が……極めて優れた帝国の叡智が未来にも生まれれば、きっと……。

 ツッコミなき世界の浸食が、静かに始まっていた。

「だから、わたくしは、今をあがくだけですわ」

「そう。まぁ、それもいいでしょう。どうせどちらでも同じこと。けれど、少しだけ、あなたに興が乗ったわ。私はあなたがどうなるのか、じっくり見させてもらいましょう」

 そうして、ヴァレンティナは笑った。

「ミーアさま!」

 次の瞬間、塔に皇女専属近衛隊の面々がなだれ込んできて……。

 こうして、巫女姫ヴァレンティナは、拘束された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ミーアがいなくなった世界。名君に支えられた国は名君がいなくなった事で滅ぶ。韓非子はそうならないように法治主義を訴えて、うざがられて人質に出されて死んで国も滅んだのだけど。ミーアは生きてる間に…
[一言] 勝負事で勝つためには何をするのが最も良いのか?そう、それは自分のペースに相手を巻き込むこと。そして帝国の叡智(笑)は一度自分のペースに引き込めば無敵なのですわ!
[一言] 更新お疲れ様です。 ツッコミない世界なんて!? ギャグの神様降臨して! 『シリアス君が頑張っているから無理!』 ( ̄□ ̄;)!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ