第二百三十話 見せつけよ。揺るぎない自分ファーストを
「さてと、そういうわけだから……せっかくの機会だし、ミーア姫の命ももらっておこうかしら?」
ニヤリと微笑んで、ヴァレンティナは剣を抜き、大上段に構える。
「そんなこと、させるとお思いですか? 姉上」
呼応するようにアベルも剣を構えるが、ヴァレンティナはいたって落ち着いた様子で首を傾げた。
「あらあら、優しいアベル。ずいぶんと勇ましい顔をするようになったみたいだけれど、まさか、私に剣で勝てるつもりかしら? その腕で?」
「姉上こそ、ギミマフィアスと戦っておきながら、無事で済んでいるわけがないでしょう」
「どうかしら? それじゃあ、ひとつ試してみましょうか!」
ヴァレンティナが、すさまじい速度で間合いを詰める。
真っ直ぐな踏み込み、それはアベルの一撃に勝るとも劣らない直線的な一撃で……ミーアは、それに違和感を覚えた。
あの、蛇の巫女姫が真っ直ぐに突撃してくる? そんなことがあり得るのだろうか? だとしたら、その目的は?
「まさか……」
思い付き、走り出す。直後、状況は激変する。
両者の剣が、激しくぶつかる。その衝撃に、アベルは顔をしかめるも……歯を食いしばり、その場に踏みとどまる。
一方のヴァレンティナの体は勢いを殺しきれず、よろめいた。
アベルの言葉は正しかった。ギミマフィアスと戦った彼女の体は、すでに限界を迎えていたのだ。
……そのまま塔の端に飛ばされた彼女は……。
「あっ!」
踏みとどまろうとするも、失敗。そのまま、宙に投げ出されて……。
「ああ、強くなったのね、アベル。ふふ。それにしても、これはとても理想的……」
どこか恍惚とした表情で、その運命を受け入れたようだった。
そんなヴァレンティナの様子が……ミーアは、なんだか、すごくムカついた。だから!
「勝手に死ぬだなんて、許すはずがございませんわ!」
ミーアは、懸命に腕を伸ばし、ヴァレンティナを掴まえた!
ぐんっと両腕に重さがかかる。けれど、決して離したりはしない。ダンスで、乗馬で鍛えた筋力をフル稼働。なんとか、体を支える。
その様子に、ヴァレンティナは意外そうに眉をひそめた。
「私を助けようとするなんて、不思議なことをするのね。理解できないわ」
「あら、それはお互いさまですわ。お義姉さま。わたくしにも、あなたの行動が理解できませんわ。このような場所で死ぬことに、なんの意味がありますの?」
歯を食いしばりながら、ミーアは尋ねる。対して、ヴァレンティナは、
「ふふふ。帝国の叡智なのに、それはずいぶんと可愛らしい質問ね。そんなの決まってるでしょう? あなたの大切な、優しいアベルに傷を残すためよ」
歌うように、軽やかな口調で言った。
「生い先短い老人に殺されたところで、あまり意味はないけれど、優しい我が弟に殺されたなら……、確実に心の傷をつけられるでしょう? それは、次の蛇が動く助けとなる」
「それだけのために……?」
「もちろん、それだけではないわ。私が死ねば、きっとリーナさんも堕ちるでしょう」
華やかな笑みを浮かべて、ヴァレンティナは続ける。
「お友だちを殺した恨みは、当然、私へと向くでしょう。それじゃあ、私が死んでしまったら? あるいは仮に狩るべき蛇が、すべていなくなったら、どうなるかしら? それで、復讐の心というのは、癒えるものかしら?」
小さく首を振って、ヴァレンティナは続ける。
「そんなことはないのよ。それで大切なものが返ってくるわけではないのだから。怒りは決して消えはしない。そうして、消えない恨みは、今度は神へと向かう。どうして、あの時に守ってくれなかったのか? という具合にね。ほら、蛇は簡単に甦る」
まるで、なにかにとり憑かれたように、あるいは、酒に酔ってでもいるかのように、ふわふわとした声で、ヴァレンティナは言った。
「それを見越して、私を助けようとしているのだとしたらご慧眼だけど、それはそれで、リーナさんとの仲がこじれるでしょうね。なぜ、お友だちの命を奪った相手を、身を挺して助けたりしたのか、と……。かといって、今、手を離せばアベルとの仲がこじれる。困ったことになったわね」
それから、どこか晴れやかな、すっきりとした顔で、ヴァレンティナは言った。
「だからまぁ、どちらにしても同じことだけど、そうね……世界のためには、私のような者は死なせたほうがいいのではないかしら? なにしろ、私の頭の中には、地を這うモノの書が一字一句、記憶されているのだから。なかなかに厄介でしょう?」
自分の命のことだというのに、ごくごく他人事のように言った。
対して、ミーアは……ミーアは……。
「世界のことなど、知ったことではありませんわ。ヴァレンティナお義姉さま」
静かに、断固たる口調で言い放つ。揺るぎない言葉で、言い放つ!
「あなたを死なせたりなんか、絶対にしませんわ……絶対ですわ」
……そう、ミーアは変わらない。
世界のことなど知らない。どうせ蛇に呑み込まれるとか、そんなの知ったことではない。
ミーアが気にしているのはただ一つのことだ。それは……。
――ベルが産まれてきた時、わたくしとアベルの夫婦仲が悪いなどという事態は避けたいところですわ。
温かな、優しい家庭にベルを迎えたい。そのためには、ベルの親となる子どもたちにも、アベルとのラブラブっぷりを見せて、範を示さなければならない。
だからミーアは貫くのだ。揺るぎない自分ファーストを。
アベルとのラブラブな夫婦生活を築くために!
そして、ベルの幸せな夢を終わらせないために!!
あの約束を守ることこそが、ミーアの未来への導だからだ!!!
「理解できないでしょう? 巫女姫、ヴァレンティナお義姉さま。あなたに理解できないことなんて、世界にいくらだってあるんですのよ? 蛇の思惑に縛られないものなんて、いくらだってありますのよ。ざまぁみろですわ!」
声を震わせて、ミーアは叫ぶ。
「……泣きながら、そんなことを言っても、あまり説得力がないと思うけど……」
どこか呆れた様子のヴァレンティナを無視して、ミーアは懸命にヴァレンティナを引き上げようとする。っと、そこに、横から別の腕が伸びてきた。
赤い血に染まったその腕の主は……。
「アベルっ!」
ふと見れば、アベルがそばまで来ていた。
彼は無言で、歯を食いしばって、ヴァレンティナを引っ張り上げた。
キリが良いので、第四部は今週、金曜日で終了にします。
また、今週は水曜日も投稿する予定です。
それと、金曜日は二本投稿するかと思います。
あと五話+αで終了ですね。それでは。




