第二百二十三話 蛇の城へ
キノコなき森を歩くこと半日。その間、ずっとキノコを探し続けたミーアであったが、結局、食べられそうなキノコを発見することはできなかった。キノコめいたものは、いくつか見つけたが「あれは、毒キノコですわ!」と……ミーアの直感が告げていた。
それが本当に毒キノコかどうかは、神のみぞ知るというところであるが、極めて、どうでもよい話である。
ともあれ、キノコなき森に、ミーアは思わず……、
「実に不吉ですわ……」
などと、つぶやいてしまう。そんなミーアに、周りの者たちも自然と緊張感を高めていった。
なにしろ、あの、帝国の叡智が「不吉」と口にしているのである。緊張するなというほうが難しい。そうして進んできたミーアたちの前に、その城は忽然と姿を現した。
「あれは……」
それは、あるはずのキノコがないという違和感とは、真逆の違和感。森には全く相応しくない異物が、ごく自然にそこにあるという違和感。
太い木々を押しのけるようにして、そこにそびえ立っていたのは、石造りの武骨な城だった。
崩れかけてはいるものの、こちらを見下ろすようにそびえ立つ塔。周りを取り囲む城壁もまた、それなりに高く、ところどころに補修の跡が見られた。
「なかなか立派な城ですな。籠城を決め込まれたら、厄介なことになるところでしたな」
ギミマフィアスは、城を見上げながら、豪快な笑い声をあげて……、
「ルードヴィッヒ殿の策、お見事。もしも、城を守る兵を離反させることができたとすれば、その知恵働き、一軍にも匹敵するもの。いや、まことに見事」
「お褒めいただき光栄ですが……すべてはミーアさまのご準備されたこと。騎馬王国と火の一族との和解がなってこその策ですので」
「ははは、そうでしたな。なるほど、さすがは帝国の叡智。我がレムノ王国の革命勢力を言葉一つで解体して見せたというのは、どうやら事実のようですな」
しきりに感心した様子のギミマフィアスに、ミーアは小さく笑みを浮かべる。
キノコナイトに褒められるのは、ちょっぴり嬉しいミーアなのである。
「しかし……執念が感じられる城ですね」
眼鏡を直しつつ、目をすがめるルードヴィッヒに、ミーアは思わずつぶやき返す。
「執念……」
言われてみれば、なるほど、その城は、執念の塊ともいえる代物であったかもしれない。
例えば、城壁。あの石は、一体、どこから切り出してきたものだろうか?
どれだけの距離を運び、どれほどの労力をかけて積み上げ、作りだしたのか?
どんな想いで……この城を建てたのだろうか?
そんなことを思うと、なるほど、確かにそれは、強烈な執念が感じられるもので……でも、同時にミーアは、こうも思ってしまうのだ。
――でも、蛇の手による建物という感じは、あまりしませんわね……。
思い出すのは、あの夏の日。
同じように、人々の記憶から忘れ去られた、無人島の地下にたたずむ歪な神殿。ぼんやりと青く輝く、冒涜的な建築物と比較すると、それは、極めて普通の形をしていた。
あの、人ならざる意志の介入を疑いたくなるような、異形の建築と、目の前の城とは明らかに違う。これは、あくまでも人の執念の生み出した成果物に過ぎず……ゆえに、そこにあるのは不吉さではなく……。静寂に匂い立つのは、敗残者たちの、もの悲しい残り香のみで……。
――けれど、いずれにせよ、あまり趣味が良いとは言えないお城ですわね。あまり長居していたい場所ではありませんけれど……あそこにリーナさんがいるのかしら?
「ミーア姫っ! 無事に着いたか!」
突然の声、直後、走り出したのは、道案内役の羽透だった。尻尾を振りつつ、狼の向かっていった先、城門のところには慧馬が座っていた。
ミーアたちを見つけた彼女は、立ち上がり、小走りで近づいてきた。
「慧馬さん、首尾は?」
「上手くいった。ミーア姫のおかげだ。我が一族の戦士たちは、他の者たちとともに今、村に向かって帰っている。この城にいるのは、巫女姫と……我が兄、火馬駆だけだ」
軽く唇を噛みしめて、慧馬が言った。
「兄の説得はならなかった……。我の言葉は、兄には届かなかった……。けれど、おかしいのだ。兄は一切邪魔をしなかった。おかげで、男衆は全員、こちらの手に取り戻すことができた」
慧馬の話に、ルードヴィッヒが頷く。
「実際には、火の一族以外の蛇の手の者がいるでしょうから安心はできませんが、これでかなり、敵の選択は狭められたはずです」
っと、その言葉に、慧馬は静かに頷く。
「男衆に聞いた話だが……どうやら、本当に蛇の手勢は中にいないらしい。一人、巫女姫に忠実だった燻狼という男がいたんだが、彼はすでにここを後にしているらしい」
「では、本当に、ここにいるのは巫女姫と、狼使いだけですのね……」
ミーアのつぶやきに頷いてから、慧馬は一枚の紙を取り出した。
「これを、渡すように、と言われた」
慧馬から受け取った手紙、それを一読し、ミーアは眉をひそめた。
「どうぞ、相応の護衛を連れて、礼拝堂までお越しください……ねぇ」
横から手紙を見た時、ディオンは、深いため息を吐いた。
「相応の……まぁ、最初から分かっていたことではあれど、こちらの戦力もちゃんと削ってから来ないと、シュトリナ嬢ちゃんの命はない、と、そういう類の脅し、だろうな」
「やはり、少数精鋭で城に入るしかない、ということでしょうね……」
ため息を吐くルードヴィッヒ。そこに、
「ボクは絶対についていきます!」
「今度こそ、ミーアさまのおそばにいさせてください」
ベルとアンヌが、威勢の良い声を上げる。
「いや、しかし……」
「あまり悩んでいる時間はないと思う。もう一つ、兄からの伝言だが……シュトリナ嬢に毒を飲ませたから、早く来たほうがいいと……」
これにより、同行者は即座に決まる。
アベルとディオンとギミマフィアス、ルードヴィッヒとアンヌとベル。それに、慧馬と近衛兵一名を伴い、ミーアは城へと足を踏み入れた。
昨夜、活動報告更新しました。
8巻の予約開始のお知らせですね。
7巻の応援イラストなども一緒に……ミーアとラーニャがとても可愛いです!