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第二百二十二話 キノコなき不吉な森

 翌日、ミーアたち一行は、先行した慧馬たちを追って村を後にした。

 いったん森を出る……ことなく、むしろ、森の奥へ、奥へと進んでいく。

 火の一族の村は、森の深い場所にあると思っていたのだが、実際には、まだまだ、入り口付近にあったのだということがよくわかる。

 そこは、薄暗い灰色の森だった。

 頭上高く生い茂った葉が日の光を遮り、薄い闇のベールがたなびいているような場所。陰気な空気は、かすかに湿り気を帯び、肌にまとわりついてくるかのようだった。

 歩く度、ざりり、ばき、っと足の下で枯れ葉が音を立てる。それが、敵にこちらの位置を知らせているようで、なんとなくドキドキしてしまう。

 時折、意地悪にも足を引っかけようとする木の根っこを、きっちりと踏み越えながら、ずんずん進む。

 ――ふむ、やはり逃げるというのは、簡単なことではありませんわね。わたくしも、森にはすっかり詳しくなったつもりでおりましたけれど、これはなかなかの重労働。まして敵の手から逃げながらでしたら、もっと大変なのでしょうし……。

 額の汗を拭いながら、ミーアは小さく息を吐いた。

「大丈夫かい? ミーア」

 前を歩くアベルが心配そうに、気遣ってくれる。足元が悪いところは、優しく手を取り、エスコートを欠かすこともない。実に紳士な王子さまなのである。

「ええ、ありがとう、大丈夫ですわ……」

 返事をしつつ、ミーアはつついっと視線を外す。

 昨夜の出来事が、頭に甦ってきて……こう……、ナニカあまぁい感情が、こみあげてきてしまうのだ!

 実に、なんとも……恋愛脳である!

 ミーアは、パンパンッと自分の頬を叩き、それから、キリリっと表情を改める。

「大丈夫ですわ。アベル。わたくしは、いたって普通。それに、なにも心配もしておりませんわ」

 それは、本当のことだった。

 途中で襲われることを警戒しながらの旅程だったが、ミーアにはなんの不安もない。

 なにしろ、前衛を守るのが、帝国最強の騎士だったからだ。

 まぁ、馬に乗っていくと、弓で狙われそうだったため、徒歩で移動することになったのは、いささか大変ではあるものの……。

「ふむ……森の中を痕跡を残さぬように移動するのは、どうすればいいのかしら?」

 などと、隣を行くルードヴィッヒに尋ねつつ、“いざという時”の知識をどん欲に吸収する良い機会と考える。ポジティブシンキングなミーアなのであった。

「それにしても、こんな森の奥深くに、城があるというのは驚きですわね」

 ミーアは思わず、感心した様子でつぶやいた。

 どのような規模の城かはわからないが、こんな森の奥深くに、城を築くなんて並大抵のことではないだろう……などと思っていると……。

「ここは巡礼街道からも外れますし、森を切り開かなければ、来る必要のない場所でもあります。隠れ潜み、戦いの備えをするには良い地なのかもしれません」

 ルードヴィッヒが眼鏡を直しながら言った。ちなみに、彼の額にもかすかに汗が光っていた。さすがの少壮の文官と言っても、こうした肉体作業はつらいらしい。

「ヴェールガとの国境沿いでもありますからね。レムノ王国としても手を出しづらい土地と言えるでしょう。まぁ、空白地帯といったところですかね」

 ルードヴィッヒの言を認めつつも、ディオンは皮肉げな笑みを浮かべた。

「もっとも、なにかしらの野心を抱いたレムノ王国が、こっそり築いた砦だった……なんて話もあるかもしれませんがね」

「さて。長くレムノ王国に仕える身なれど、かような話は耳にしたことがありませんな」

 シレッと答えるのは、キノコ鎧の騎士、ギミマフィアスだった。

 ちなみに隊列は、最前列にディオン、ギミマフィアス。その後ろを皇女専属近衛が二人。さらにその後ろをアベルとミーア、ルードヴィッヒとアンヌ、それにベルが続く。その後ろにも皇女専属近衛隊員が五人、ついてきていた。

 ちなみに、どこから襲われても即応できるように、近衛たちは、大きな盾を抱えている。

 ――見事な大盾ですわね。この盾を周りに並べて上も閉じれば、ちょっとした砦ができるのではないかしら……? とすれば、もっと大きな盾でもいいですわね。持ち運ぶのに、もっと大きな兵がいると良いかもしれませんわ……。レムノ王国の金剛歩兵団を何人か勧誘したいところですけれど……ふうむ……。

 などと、軍事的考察を始めるミーアをよそに、一行は森の奥へ、奥へと進んでいく。

「しかし、道は本当にこれで大丈夫なんですかね?」

 そう言って、ディオンが視線を送る先にいたもの……彼らを案内していたのは……慧馬の狼、羽透(はすき)だった!

 羽透は、熱いからなのか、舌を出して、はっはと息を吐いていた。

 こちらを振り返ると、『俺に任せとけよぅ!』と言うように、ワウフッ! と吠えた。心強い……はずなのに、なぜだろう、一抹の不安が拭えないミーアである。

 賢い狼のはずなのだが……名前を聞いてから、なんだか、こう……なぜだろう……?

 ――一抹の不安と言えば、この森もそうですわ。

 村を出て、すぐのことである。

 ミーアは、なんとも嫌な感覚を、この森から受けていた。理由は特に思い当たらない。ただ、なんとなく……としか言いようがないのだが……。

「この森……なんだか、とても不気味ですわ……」

 自らが感じた、得体の知れぬ不気味さに、ミーアは戸惑う。

 なんだろう……なにかが引っかかる。この森は……なにかが……おかしい。

 不安に駆られたミーアは、きょろきょろと辺りを見回して……。ようやくその違和感の原因に気付く。

 そうなのだ、森ならば当然あるはずのものが……この森にはなかったのだ。それは、森に住む生き物の気配……などではなく。


「この森……キノコが、ありませんわ!」


 ……どこか遠くで、ぎゃーぎゃー! という鳥の鳴き声が聞こえる。

 わさわさ、ウサギが藪を揺らし、萌えいずる木々は雄弁に葉を揺らしている。

 生命の躍動に溢れた森の中、ミーアの嘆きの声が、悲しげに響くのだった。

本日午前中に、活動報告を更新しました。

ちょっとネタバレが入りますが、今後の更新についてです。

また、本日19時頃に八巻について活動報告を更新する予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 羽透ってもしかしてハスキーから…?
[一言] キノコが無いだと! タケノコ派の嫌がらせか!? (……個人的にはモサモサのタケノコより、パリっと硬いキノコの方が好きです。)
[一言] > 「この森……キノコが、ありませんわ!」 ガラッ 「話は聞かせ貰った。人類は絶滅する!」
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