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第五十八話 剣術大会1

 セントノエル学園では、夏と冬の二回、剣術大会を開いている。

 原則として全男子生徒への参加が義務付けられているこの大会は、一大イベントとして、毎年、盛況を誇っていた。

「すごい活気ですね、ミーアさま」

「そうですわね。学園内に街ごと移動してきたみたいですわ」

 広い校庭には、三つの特設競技場が設けられ、その周りには、たくさんの出店が並んでいる。

 セントノエル学園は王侯貴族の子弟が集まる学校、普通ならばこんな風に無造作に一般民衆が足を踏み入れることはできない。

 けれど、この日は特別だった。ラフィーナの厳しい審査を通過した商人たちは、思い思いに店を広げ、校庭はさながらお祭り会場のようだった。

 ――そう言えば、前の時間軸でも、出店めぐりをしたものですわ……、一人で。

 前の時間軸のミーアは、この出店をシオンと回る気でいたのだ。断られることなんか、まったく想像していなかったために、取り巻きたちの誘いを断った上でのことだった。

 結果、用意したお弁当は食べてもらえず、出店もいっしょに回れず。

 ミーアは一人でお弁当を食べ、一人で出店を回ったのだ。

 ――あれは……、辛かったですわ。

 楽しそうに回る学友たちの姿にすら腹が立ち、恨みがましい目を向けてしまった結果、ミーア姫は剣術大会が嫌いなんだと噂が立ち、それ以降の年も誰からも誘われなくなってしまったのだ。

「あ、ほら、ミーアさま、あれ、美味しそうです」

「そうですわね、では、アンヌ、すみませんが、わたくしとクロエとあなたの分、買ってきてくださいな」

「はい、わかりました!」

 小走りに向かったアンヌは、すぐに小さな紙箱におさめられた食べ物を持って帰ってきた。

 甘ったるいチープな匂いの食べ物だった。上の方にあった赤いものをひょいと指でつまみあげ口に入れた時、じわ、っと鼻の奥が熱くなった。

 同時に、ミーアは気がついた。

 自らの頬に涙が伝い落ちて行くことに……。

 ――ああ、わたくし、感動してるんですのね……。

 こんな風にアンヌとクロエ、二人の気心が知れた者たちと一緒に出店を回れるのがなんとも幸せなことか。

 ――わたくし、たぶん今、とっても幸せで……、それで涙が……。

「ミーアさま! それ、それ!」 

 あわてた様子で、クロエが手をぶんぶんさせていた。

「はへ?」

「それ紅辛子(べにがらし)です。すっごく辛いやつ! 口から出して、早くっ!」

「は? ぁっ、かっ、からい! カラいですわっ! 鼻がつーんとしますわ!」

 大きな瞳からポロポロ、涙を流すミーア。辛すぎて鼻の頭が真っ赤になってしまう。

「みっ、水、お水、どなたかっ……」

「ほら、これを飲みたまえ」

 ふいに脇から差し出された飲み物を、ガッと受け取ると、ミーアは一気に口の中に流し込む。

 爽やかな、かんきつ類の風味が口の中に広がり、辛子の辛さが消えていく……。

「ああ……、助かりましたわ。ありがとうございました」

 涙目で見上げたその先に立っていたのは……、

「いや、役に立ててなによりだ」

「あっ、アベル王子っ!」

 そこにいたのは、模擬戦用の騎士の鎧を身につけたアベルだった。革製の胸当てと肘当てという軽装ながら、戦装束に身を包んだその姿は、凛々しくて、ミーアは思わず……、

 ――こっ、この程度でときめくはずがございませんわっ!

 と、内心で踏みとどまった。

「あっ、申し訳ございません。もしや、これ、試合中に飲まれるものでしたか?」

 ミーアは手の中の水筒を見て言った。

「すぐに代わりのものを買って……」

「べつに構わないさ。まだ、半分以上残ってるしね」

 そう言って、アベルはミーアから自然に水筒を受け取り、腰の部分に結わいた。その様子を見て……、

 ――あ、あら? アベル王子ったら、あの水筒、そのまま飲むつもりですの? でも、あれは、今しがたわたくしが口を付けたもので……、それをそのまま飲んだりしたら……あら?

 ミーアは、頭が真っ白になってしまう。

 いわゆる、意識しすぎというやつである。

 そもそも、アベルは十二歳の男子である。男女の恋愛というやつにさほど詳しいわけでもなく……。

 さらには、試合前ということもあって、ミーアのように無駄に妄想を膨らませる余地などない。

 ――これって、間接キスなんじゃ!?

 などと、妄想が暴走しつつあるミーアの心情など、わかるはずもなく……。

「どうかしたのかい? ミーア姫、なんだか、顔が……」

「なっ、なんでもございませんわっ!」

 バッと顔を上げると、すぐ目の前、アベルの心配そうな顔が思いのほか近くにあって……。

「…………ぁっ!」

 ミーアは息を呑み込んだ。

「少し熱があるのではないか?」

「だっ、だだだ、大丈夫ですわ問題ございませんわ、そそそれより、アベル王子、初戦のお相手は……」

 あわてて、話題を変えようとしたミーアだったが、それを遮るように、

「おや、これはこれは。ミーア姫殿下ではございませんか?」

 そこに立っていたのは、いつぞやミーアにへこまされた少年、レムノ王国第一王子だった。


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