第六話 可愛い忠義の示し方
皇女専属のメイド。
それは大変に名誉な立場であり、城に仕えるメイドたちの目指すべき終着点でもある。
その任に就くのは間違っても平民などではない。貴族の次女、三女と言ったそれなりの家柄の者であることが常である。
そして、それ以上に重要なのは、給金が高いことである。一般的なメイドと比べると倍近く、平民出身で新人のアンヌの給金と比較すれば、実に三倍近くにもなる。
平民出身のアンヌが、しかも、どこか抜けたところもある、とても優秀とは言えない彼女が、そんな役職に任命されたのだから驚くなという方が無理がある。
いきなりそんな抜擢をされてしまうと、下手をするとメイド仲間からいじめられそうなもの。
けれど、ミーアは、高らかに、ニコやかにこう宣言したのだ。
「今より、アンヌはわたくしの専属メイド。わたくしの庇護下に入りますの。みなさま、その意味、よーっくお考えになりなさいね」
こうなると、もう誰にも手だしできない。
なにせ、わがままで知られるミーア姫の、直々のご指名である。
気まぐれでクビにされた使用人を何人も見てきているメイドたちに、わがまま姫さまのご機嫌を損なう危険は、当然、冒せないわけで。
「あの、アンヌさん、その、今までのことなんですけど……」
この日を境に、アンヌに対する先輩メイドたちの反応が変わった。理由もなくいじめられることはなくなったどころか、逆に親切にされるようになってしまった。
多少のドジも、助けてもらえるようになった。
この急変に、当のアンヌは戸惑うばかりだった。
――お給金も上がっていいことずくめだけど……。
その理由がわからないものだから、かえって不気味に感じられるのだ。
なにしろ、あのミーア姫である。気持ち一つで使用人をクビにすると噂のわがまま姫なのだ。
理由もなく親切にされてしまうと、アンヌとしては怖くて仕方ないわけで……。
だから、アンヌは思い切って聞いてみることにした。
「あの、姫さま、どうして、私にそんなに良くしてくださるんですか?」
その日、ミーアは自室のベッドサイドの椅子に腰かけて、古ぼけた日記帳を読んでいた。
なにが楽しいのか、最近のミーアはずっとあれを読んでいる。
――誰か、高名な方の日記なのかしら……?
アンヌの呼びかけを受けて顔を上げたミーアは、可愛らしい笑みを浮かべて言った。
「あなたの忠義に報いているだけですわ」
そう言われても、まったく心当たりのないアンヌである。
「私、姫さまに何かしたでしょうか?」
「なにもせずとも、あなたは、忠に厚い人、わたくしはそれに報いた。それだけのこと、お話はそれでおしまいですわ」
――私、そんなに忠義に厚くないんですけどっ!
内心で悲鳴を上げるアンヌである。
彼女は、別に皇帝陛下や姫殿下に忠義をささげるために、白月宮殿に来ているわけではない。
では何のためかと言ったら、ぶっちゃけお金のためである。
彼女の家は、貧しい商家である。しかも、まだ小さい弟と妹が合わせて五人いる。両親の稼ぎでは全然間に合わないわけで、アンヌの収入は生命線といってもいい。
だから、増えるのは大歓迎だけど、でも、その理由が現実の自分とはほど遠い忠義に厚い、とか言うものだったりすると……。
――胃がキリキリするよぅ……
そんなアンヌの心の内なんか、全然気にしていないように、ミーアはにこにこしながら言った。
「ということで、早速、あなたの忠義を見せていただきたいんですけれど……」
「うぇっ!?」
忠義とかないです! と言ってしまいたいアンヌであったが、さすがにそんなことを言えず。
――いったい、なにを要求されるんだろ……?
なんて、ドキドキしていると、ミーアはそっと顔をよせて、まるで悪戯を企む子どものような顔で――まぁ、実際にミーアは子どもではあるのだけど。
「これで、民草のお菓子を仕入れてきてもらえないかしら?」
「……へっ?」
ものすごく可愛らしい忠義の示し方だった。
緊張に固まっていたアンヌは、思わず拍子抜けして、笑いそうになって……、
「これで……」
差し出されたものを見て、悲鳴を上げた。
「ちょちょちょ、ひ、姫さまっ! これっ、多すぎますって!」
ミーアの手にあったのは、満月金貨と呼ばれる巨大な金貨だった。それ一つで一般のメイドの給金、60日分にもなる。
「あら、そうですの? でも、手元にあまりお金がなくって……。ああ、そうですわ、でしたら、あまりであなたのご家族に何か美味しいものでも買って帰るといいですわ」
――どんな一流レストランに行けば、使い切れるのよっ!
「ああ、それと、以降、私のことは、姫さまではなく、ミーアと呼ぶように」
「えっ? あの……」
「では、頼みましたわね。なるべく急ぎで。やはり、考えごとの際には甘いお菓子が必要ですから……。うふふ、民草のおやつ、楽しみですわ」
鼻歌を歌うミーアをぼんやりと眺めることしかできないアンヌだった。