第二百十四話 孫娘の成長とミーアの感慨
さて、みなが準備のために出て行った後、部屋に残ったのはベルだった。
話し合いの中、ずっと黙り込み、物思いにふけっていたベル。その表情は、暗いものだった。
「リーナさんのこと、心配ですわね……」
ミーアの声に、ベルは黙って頷いた。
「大丈夫ですわ。ベル。あなたのお友だちは必ず助け出して見せますわ」
そう言ってやると、ベルは……何事か言おうとするように口を開け……閉じて……。それから大きく息を吸ってから、話し始めた。
「ミーアお姉さま、ボク、さっきからずっと考えていました」
「はて……? なにをですの?」
「ボクが、ミーアお姉さまの身代わりになればいいんじゃないかって……」
「ん?」
「ボクがミーアお姉さまの代わりに、行けばいいんじゃないかって思ったんです。ほら、髪を切れば、あまり知らない人は、きっと見分けがつかないはずですから」
「なるほど……」
影武者というやつか……とミーアは頷きかけ……、
「それは、あまり意味がありませんわね……」
すぐに首を振った。
――ていうか、そんなことしたら、リーナさんに殺されますわ……確実に。
殺気をみなぎらせたシュトリナに迫られる自身の姿を想像し、ミーアはぶるぶると背筋を震わせる。
例えば、ベルがディオンぐらい強くて、蛇の攻撃を一切受け付けないというなら、化ける意味はあるだろう。あるいは、ミーアが同じぐらい強くて、別動隊を指揮するとか、一騎当千の強さを発揮して一人でシュトリナを助け出すとか……。まぁ、そんなことができるのであれば、確かに意味はあるかもしれないが。
現状で、ベルがミーアに化けたとしても、意味はあまりない。
ミーアの安全が一時的に確保されるというだけ。だが、この場合、仮に生き残ったとしても、ミーアが窮地に陥るのは明らかで……。
「というか、ベル、あなたは、自分を低く見積もりすぎなのではないかしら? あなたがいなくなれば、リーナさんも、リンシャさんも、みなも、もちろんわたくしだって悲しいですわ。そのことを忘れないでいただきたいですわ」
そう言ってやると、ベルは大きく頷いて、
「はい。それは、知ってます。ミーアお姉さま。でも、ボクは思うんです。お友だちのためなら……大切な人たちのためなら、命を惜しんだらいけないって……」
ベルは、困ったような笑みを浮かべる。
「ミーアお姉さま、帝国の叡智なのに、知らないんですか? ボク、この世界が大好きなんですよ? アンヌ母さまも、エリス母さまもいて、ルードヴィッヒ先生やディオン将軍がいて、アベルお祖父さまも、それに……リーナちゃん……。優しい人たちに囲まれた、温かい世界……。ボクはミーアお姉さまが作るこの世界のことが大好きなんですよ?」
そうして、ベルはニッコリ微笑んだ。
「だから、ずっとここで生きていきたいって思ってます。この夢が終わってほしくないって……。でも、だからって、卑怯なことをして生き残ろうとは思いません。ボクは、帝国の叡智の血を引く者ですから」
強い決意の輝きを宿した瞳に、ミーアは思わず息を呑む。
「お祖母さまの栄光に恥じることはしません。ミーアお姉さまのそばにいられるように、誇り高く生きたいと思ってるんです。そのためにできることはないかって、いつでも考えてます」
「そう……」
ミーアは、ベルの告白に、少しだけ気圧される。それから、感慨深げにベルを見つめた。
きっともう、ベルは金貨でお礼をしようとは思わないだろう。自分がいつ消えてもいいように、という生き方は、きっとしないだろう。ミーアは思った。
ベルは、きちんと、ここで……この世界で、誇り高く生きていくことを考えている。それがわかって……ちょっぴり嬉しくなるミーアである。
「そういえば、ベルが来てからずいぶんと経ちますわね」
ミーアは、ふとつぶやき、あの日のことを思い出した。
「そう……あの時は……」
図書室で見つけた、奇妙な本。そこに書かれていた輝かしい未来を、ミーアは拒否したのだった。アベルが、国を追われるという未来を拒否して、より幸せな未来を求めたのだ。
「ふむ、思えば……あの未来を受け入れていたら、もう少し楽ができたような気がしますけれど……」
その後にやってきたのが、ベルだった。結果的に、ミーアは、より多くの味方を得た。エメラルダや他の星持ち公爵令嬢、令息とも知己を得た。
アベルの姉と対峙することにもなり、もしかしたら、これから彼の家族の問題にも首を突っ込まなければならない。
「大変ですけれど、よくよく考えるとわたくしの願い通りになっているわけですわね。そういう意味では、あなたは本当に導であったのかもしれませんわね」
「え? ええと、ミーアお姉さま?」
「ふふふ。大丈夫ですわ。ベル。なんとかなりますわ。ミーアお祖母さまが、なんとかしてあげますわ。リーナさんのことも、蛇のことも。前に言ったでしょう? あなたの夢は、わたくしが終わらせないと」
そうして、ミーアは力強く笑うのだった。
翌日、ミーアたち、「シュトリナ救出部隊」は、南都を後にした。