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第二百十二話 導なき決意

 混沌の蛇からの要求を受けて、急遽、ミーアは仲間たちを集めた。

 アンヌやルードヴィッヒ、ディオン、それにベル。さらに、ラフィーナ、アベルとその従者ギミマフィアス。慧馬と馬龍の姿もあった。

 主要なメンバーが集まったところで、ミーアからの委託を受けたルードヴィッヒが話し始めた。

「混沌の蛇から脅迫状が届きました。要求自体は、それほど驚くことではありません。シュトリナさまの命が惜しくば、ご足労願いたい、と……。まぁ、そういったものです」

 ルードヴィッヒは、それから、何事か考え込むように腕組みする。

「一つ気になることは、ミーアさま一人で来るように、とは書いていないことですが……」

 その言葉に、眉をひそめたのはラフィーナだった。

「それは、確かに妙な話ですね……。普通、この手の脅迫状は、護衛も連れずに一人で来い、というものだと思うけど……」

「恐らく、その条件では脅迫が成立しないと思ったのではないでしょうか。シュトリナさまは、確かに四大公爵家の星持ち公爵令嬢ですが、帝国皇女たるミーアさまと比べれば、当然、どちらが上かは明らか。もちろん、ミーアさまご自身は、命に代えてでもシュトリナさまを助けたいと願っておられるでしょうが、我々、家臣としては、そのようなことは当然許容できないですから」

「なるほど。ミーアさんを……確実に呼ぼうと思うのならば、護衛を込みで呼ぶ必要があるということね。ちなみに、ダメだと書かれていないからと言って、千人の軍勢を引き連れて行く、というのもやはりだめなのでしょうね」

 ラフィーナの問いかけに、ルードヴィッヒは頷く。

「そうですね。そのあたりは忖度をしろ、ということではないかと思います。シュトリナさまの生殺与奪の権利を敵が持っているのは確かですから。常識的な護衛は認めるが、それを逸脱する場合には容赦なく殺す、と。判断するのが相手である以上、あまり無茶はできないと思います。言うまでもないことですが、シュトリナさまが殺害された場合、我々の被るダメージも無視できないものになるでしょう」

 ミーアとシュトリナ。どちらが存在として重たいかは明らかではあるが、それはあくまで相対的なものに過ぎない。

 シュトリナを失い、イエロームーン家との仲がこじれるようなことになれば、それはそれで蛇にとっては好ましい事態になるだろう。

「ちなみに、その常識的な護衛の範囲内に、ディオン殿は入るのだろうか?」

 そのアベルの問いかけは半ば冗談めかしてはいたものの、慧馬などは、真剣な顔で首を振っていた。常識的な範囲には入らない、と無言の内に強硬に主張する慧馬である。

 ルードヴィッヒは苦笑いを浮かべつつ、口を開く。

「ディオン殿の剣の腕は、確かに常識的な範疇をこえるものでしょうが、しかし、この場合、ディオン殿が護衛につくことは、相手もきちんと予想しているでしょう。逆に言えば、ディオン殿を随伴していたとしても、ミーアさまをおびき寄せたいと考えている。そうすれば、なにか有効な手が打てると、そう考えているんではないかと思います」

 ルードヴィッヒの言に、当のディオンが頷いて答える。

「僕もルードヴィッヒ殿の考えに賛成だ。多分、こちらの出方はきちんと読まれているだろう。加えて言うなら、なにも、その相手の思惑に乗る必要もないかと思いますがね」

 そう言って、ディオンは、ミーアに意地の悪い笑みを浮かべて見せた。

「あえて言いますが、ルードヴィッヒ殿の言うところの、忠実なる家臣の一人としては、姫さんに危険を冒していただくことには反対ですね。僕一人を送り込んでいただければ、上手くやれると思いますがね」

「上手く……殺る……?」

 ミーアは、頭の中でディオン語の翻訳を行う。行って……ちょっぴり青くなる。

「念のために、確認しますわ。ディオンさん。あなたお一人でも確実にシュトリナさんを助け出せると……あなたはそうおっしゃっているんですの?」

「……その辺りも含めて上手くやりますよ。臨機応変にね」

 微妙に言葉を濁すディオンに、ミーアはピンとくる。

 ――もしも、シュトリナさんが殺されて、イエロームーン家との仲がこじれたら、それも殺る気ですわね!

 それは、正直、ミーアとしては望ましくない未来である。

 そもそも、蛇の巫女姫はアベルの姉だ。ディオンが突撃していって、殺られてしまったら、目も当てられない。

 それに、なんといっても、シュトリナはベルの大切なお友だちなのだ。

 ミーア的にも頼りになる友人というカテゴリーに入れているわけで。失えばたいそう、後味の悪いことになるだろう。

 ――ディオンさん一人に任せるということはできませんわね。

 そうは思いつつ、でもなぁ、と同時に思ってしまう。

 確かに、危険は極めて大きいのだ。ルードヴィッヒやディオンの考察したように、きっと相手は、ディオンが護衛についている前提で策を練っている。

 帝国最強のディオン・アライアにどうやって敵対するつもりかは定かでないが……。

 ――ああ、でも、狼がいるんでしたわね……。狼使い、いえ、慧馬さんのお兄さんもいるわけですし、やはり危険ですわ。

 ということで、行きたくないはない。すごく行きたくない!

 ふんむむ……っと難しい顔でうなっていると……、

「ミーアは、どうしたいんだい?」

 不意に優しい声が聞こえてきた。

「え……?」

 きょとりん、っと首を傾げるミーアに、穏やかな笑みを浮かべたまま、アベルが話しかけてきた。

「君がしたいことをすればいい。ボクは全力でそれをささえるから。もし、君が望むならボクが、シュトリナ嬢を助けに行くことだって辞さないよ」

「アベル殿下……それは」

 思わずといった様子で口を開くギミマフィアスに、アベルは小さく肩をすくめた。

「ボクは、この前、ヴァレンティナ姉さまではなく、ミーアを選んだんだ。そう決めた。ならば、今さら命を惜しむような真似はしないさ」

 彼の言葉は、その剣術と等しく潔かった。

 前だけを見て、踏み出す……その決意が、彼の言葉にはあった。

「まぁ、アベル……」

 その宣言に、ミーアは、手を引かれるような気がした。目を閉じて、そっとアベルのリードに身を委ねてもいいような、そんな気持ちにすらなってしまう。

 それは、ほのかな恋心……かもしれないし、ただ単にミーアの本性たるイエスマンが姿を露わにしただけであったのかもしれない。

 そうして、傾きかけた判断の天秤に、さらに重りを加える者がいた。それはっ!

「よく言った。アベル・レムノ。我も同じ気持ちだ!」

 火慧馬が、どん、と、力強く胸を叩く。

「我もいざとなれば、兄と刺し違えてでも、ミーア姫の恩義に応えるつもりだ」

「え、慧馬さん……」

 相変わらず、ちょっぴり重たい宣言をする慧馬。そして、慧馬に負けじと、声を上げる者がいた! それはっ!

「もちろん、私も……お友だちのために、えーと、いろいろ捨てる覚悟はできてるわ。ええと、命とかっ!」

 対抗意識を発揮するラフィーナに、ミーアは若干、笑顔をひきつらせる。

「……えーと、ラフィーナさまには、できれば残って、騎馬王国のことをまとめていただければ……」

 現在、ラフィーナは族長会議に参加し、火の一族のことがどう決着するのか、見届け人をしている。この場を離れるわけにはいかないだろう。

「え? でも……」

「それに、わたくしとラフィーナさまが一網打尽にされてしまっては、それこそ蛇の思うつぼですわ。後に残るシオンだけでなんとかしろというのは、さすがに酷というものですわ」

 これでラフィーナを巻き込むと騒動が大きくなりすぎる……と、ミーアは何とかいさめつつ……。

「けれど、アベルの、慧馬さんの、そして、ラフィーナさまのお気持ちは、とても嬉しいですわ。これで覚悟は決まりましたわ」

 元より、ミーアにとれる選択肢は少ない。ここでシュトリナを見捨てたりすれば、敵はそれを大々的に喧伝するはずで……そうなれば、ミーアが窮地に陥るのは火を見るよりも明らかなことだった。だから……。

「やはり、ここはわたくしが行かねば始まりませんわね。ルードヴィッヒ、準備をお願いいたしますわ」

 かくて、方針は決する。

 ミーアは、ルードヴィッヒ、ディオンなど精鋭を伴って蛇の巫女姫と対峙することを決意したのだ。


 ……ただ、一つだけ気がかりなことがあった。

 ミーアは、シュトリナが行方不明になってから、一度、皇女伝を読んでみた。

 けれど、皇女伝にはこの出来事は、まったく書かれていなかった。

 無論、アベルの姉が事件に関わっているなどということを、公の書物に書き残しておくことはできないわけで……だから、決しておかしくはないことなのだが……。

 なぜだろう、導の役割を果たさない皇女伝にミーアは、漠然とした不安を抱かずにはいられなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 皇女伝に出て来ないエピソードなのか… アベルと慧馬の心意気には感謝ですね〜。
[良い点] 護衛としてのディオンに対する対抗策は考えてそうですから、 案外、遊撃兵としてのディオンというのは良い手だったかも、とは思いました。 まあ、シュトリナの命がかかっていなければですが [一言]…
[一言] 皇女伝の答え合わせやいかに!
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