第二百八話 ミーア姫、念を押す。そして……
さて、山族とのことを片付け終えたミーアは、改めて、風光馬のほうへと向かった。
彼がたたずむ星草の岩のそばには、ちょうど他の部族の族長たちも集まっていた。
好都合である。
――負ける覚悟だったから、どうやって話を進めるか、まったく考えておりませんでしたけど、せっかく勝った以上はきちんと念を押しておかなければなりませんわね。
ミーアは鼻息荒く族長たちのところへと歩み寄った。その途中、ふと、自身に注がれる周囲の視線に気が付く。なんだか、みんな……キラキラした目で見つめていた!
――ふむ、まぁ、わたくしは一応、馬合わせの勝利者ですし、注目を集めるのも当然ですわね。
などと、ちょっぴーり悦に浸るミーアだったが、すぐに、気を引き締める。
――デザートのケーキを食べ終えるまでが会食と言いますし。最後まで油断は禁物ですわ。
謙虚に。謙遜に、慎ましく……。
ここで、実力で勝ったから自分の言うことを聞け、などと敵を作ることを言ってはいけない。勝利は心地よいものであったが、ここで美酒に酔うようなことがあってはならない。
「さて、族長の方々、そして、馬合わせを見守ってくださったみなさま」
まず族長たちに、そして、周りで見守るすべての人々に聞こえるように、ミーアは呼びかける。
「馬合わせでは天が味方してくれて、わたくしが勝つことができました。いえ、天だけではなく、途中途中で、様々なことが味方してくれましたの。決して、わたくしたちの実力で勝ったとは、わたくしは思っていませんわ。小驪さんと落露は、最高の乗り手、最高の駿馬でしたわ。どうか、彼女たちにも賞賛の拍手をいただきたいですわ」
きちんと小驪たちを持ち上げておいて……。
「そのうえで、馬合わせによって、結果が出たのもまた事実。このうえは、みなさまの偉大なる始祖、光龍殿の言葉で語らせていただきますわ。『意見を争わせるのは馬合わせの中でのみ……。その後は示された結果に従って協力せよ』と」
火の一族を受け入れることは、すでに決定しましたよ、と確認しつつ、そこに、ちゃっかり小驪から聞いた話も盛り込む。彼らの大切な始祖の言葉で念を押す!
借りることのできる威は、なんの威でも借りる。他人の威で語るのはミーアの常套手段である。
「わたくしは確信しておりますわ。同じ始祖を持つ騎馬王国十二部族のみなさんと火の一族の方々とは、きっとまた手を取り合うことができるはずだ、と」
それから、ミーアは一度言葉を切って、静かに思案する。
――馬合わせの結果と始祖の権威……これだけで、彼らの説得は可能かしら?
しばし考え……結論を出す。まだ足りない! と。
思いつくのは「実際にやってみたら、無理でした!」という類の言い訳だ。そんな言い訳を、革命期に何度か耳にした記憶があるし、ミーア自身も割と言ったことがある。
であれば……!
ミーアは静かに目を開け、付け加える。
「むろん、苦労はありましょう。忍耐を必要とすることもあるはずですわ。それは、今から見えていること。予想ができること。されど、いつかは……」
呼吸を整えて、胸に手を当ててミーアは言う。
「いつかはまた、一つの民として歩みだせると、わたくしはそう信じておりますわ。だからこそ、みなさまにお願いしたいのは、不断の努力。決して諦めず積み上げていくことですわ」
やってみて、ダメだった……で終わらないように、とミーアは言う!
馬合わせでこういう結果が出たんだし、始祖もそれに従えって言ってんだから、できなくっても、簡単に諦めるな。きちんと努力しろよ、最後まで! とミーアは念を押しているのだ!
「そうして、再び、十三部族となった騎馬王国と、我がティアムーン帝国とで、より良い関係が築ければいいと、わたくしは思っておりますわ」
騎馬王国は特殊な国だ。
国王と呼ばれるものはなく、いるのは、十二人の族長である。だから、一人の族長と仲良くなればいいわけではない。
ここで、すべての部族の族長が集まっている間に、友好関係を築いておけば、後々楽になるだろう、と、精一杯アピールしておく!
「小驪さんだけではない。すべての部族の方々と、わたくしは友誼を結びたく願っておりますわ」
朗らかに高らかにそう結ぶ。
――決まりましたわ! 完璧ですわ!
などと、自己満足に浸っていると、ちょうど、遠くからルードヴィッヒが走ってくるのが見えた。
――ふふふ。今回は上手くできたはず。仮に今走ってきているのがクソメガネであっても、文句をつけられることはあり得ませんわ。
などと確信を抱いていたミーアだったが、ルードヴィッヒの厳しい表情を見て、すぐに不安になる。
――あ、あら? わたくし、もしや、なにか間違えたのでは……?
などと、おどおどと視線を惑わせていると……。
「ミーア姫殿下……申し訳ありません」
開口一番、ルードヴィッヒは頭を下げた。
「え、えーと、なにかありましたの?」
「昨夜、シュトリナさまが行方不明になりました」
「…………はぇ?」
突然のことに、ミーアは口をぽっかーんっと開ける。
「なっ、え? それは、いったい、どういう……」
などと混乱するミーアだったが、続く言葉で頭が冷える。
「見張りを担当していた皇女専属近衛兵から、この件が終わり次第責任を取りたいと……」
とんでもない言葉に、危機意識が刺激される。
「わかっておりますわね? ルードヴィッヒ。そのようなことは不要。もしも自らが失敗したと思うのであれば、功績をもって贖うようにと伝えなさい」
皇女専属近衛隊は、ミーアの命綱である。一人減るごとに、その綱がやせ細っていく恐怖に、ミーアのリトルハートが耐えられるはずもない。
「ともかく急ぎ、見つけ出す必要がありますわ。騎馬王国の方々にも協力していただきましょう」
そう言って、ミーアは、新しくできた友だちのほうに目を向けるのだった。