歴史歌 第百七十五篇 異国より来たりし、天馬の姫
『異国より来たりし、天馬の姫』
それは、騎馬王国では知らぬ者がいない歴史歌。
一族の和解と再生、大いなる祝福を歌った、喜びの歌である。
始祖光龍から生まれ出た十三人の子どもたち、それぞれが家長となり、族長となった時、その間に大きな亀裂が生じん。
歴史は流れ、幾年か。時の流れの中で失われた火の一族は、その血はまさに絶えんとす。
そんな折、一人の客人が騎馬王国を訪れん。その客人、正体は、大陸に名を馳せる大国の姫君なり。
月明りと見まごうばかりに輝く白金色の髪、白く透き通るような肌、知性の輝きを放つ瞳は、この世の真理を見抜き通さん。その口は、愛馬と言葉を交わしあい、その耳は、空を統べる天馬の声すらも聞き取りし。
この地を訪れた天馬の姫、十三部族のありさまを見て、心を震わせて問わん。
「馬が泣いている。馬を悲しませ、お前たちはなにをせりや?」。
怒りに震えし天馬の姫は『風を従えし天馬』にまたがり、その手を持ちて騎馬王国の者を打ち負かさん。
それをもちて、彼らの心にあった、過去のわだかまりを完全に払拭せり。
かくて、彼女は、別れていた心を繋ぎ留めん。
かくて、十二部族と、別れた一族との間に、再び絆を結び合わさりや。
かくて、光龍の子どもたち、再び一つにまとまりて、ともに栄光の一族の歩みを再開せん。
後の世に「さすがに誇張が過ぎるのではないか?」と言われることになる伝説的歴史歌。歴史家からは正確性を欠くと批評されつつも……、ほかのどの歌よりも騎馬王国の民から愛され、慕われている、高い人気を誇る歴史歌。
その壮大なる序曲の、静かなる前奏が始まろうとしていた。
火の一族との歴史的な会談を終えて、数日後。
林族の馬優から、報せが届いた。
「族長会議か……。そうなるだろうなぁ」
伝令の話を聞いた馬龍は、深々とため息を吐いた。それから彼は、ミーアやラフィーナたち関係者を集めて相談することにした。
「親父殿から連絡だ。火の一族の代表者を連れて、族長会議に来いとさ」
「なるほど。やはりそうなったのですわね。ふむ……、では、こうするのはいかがかしら?」
馬龍の話は、ミーアfeat.ルードヴィッヒの完全な予想のうちにあった。ゆえに、ミーアは完全無欠な準備の下、自らの考え(純度90%以上ルードヴィッヒ産)を開陳する。
すなわち、火の一族と十二部族を和解させ、火の一族の女性たちを保護。それを材料に、族長、馬駆一味と巫女姫との間を分断する、という策略である。
敵の戦う動機を攻めるという、その計画に、馬龍は感心した様子で頷いた。
「さすがだな。嬢ちゃん。あの段階で、そこまで考えてたのか?」
「ふふふ、まぁ、わたくしの家臣は優秀ですから」
ミーアは、微笑みつつ、そんなことを言う。
決して自分が考えていたとは言わない。ボロが出るかもしれないし……。
小心者のミーアは、手柄も、誉れもいらない代わりに、リスクをも負いたくないのだ。
「騎馬王国十二部族と火の一族だけで会談をさせるのは、あまり良い手とは思えないわね。もしも、十二部族に扮した蛇の手の者がいたとしたら大変だもの……」
ラフィーナが発言する。たしかに、騎馬王国の民に扮した暗殺者の手で狼花および慧馬が殺されたりしたら……、和解への道は閉ざされてしまいかねない。
そうなれば、この計画は呆気なく瓦解する。
「林族の中にも、火の一族と付き合うことをよしとしない連中がいるだろうしな。長老連中のなかには、狼を使う術を危険視してる向きもある。できれば、また護衛をお願いしたいが……」
「今回のわたくしは、ラフィーナさまの護衛ですわ。いずこなりとも、おともいたしますとも」
アベルとともに、ヴァレンティナを取り戻すことを約束した以上、このまま帝国に帰るという選択は、すでにない。であるならば、ここに留まるより、馬龍とともに移動したほうが良いだろう、とミーアは考える。
「この村にも、多少の戦力は置いていくべきだろうな……。聞いた話じゃあ、その蛇って連中はたちが悪そうだ」
かくして、方針は決する。
火の一族の集落には、皇女専属近衛隊の精鋭を五名、さらに、林の一族から呼び寄せた戦士たち十名前後を配備する。もっとも、巫女姫の手の者が火の一族の男たちであるならば、村の女たちに危害を加えるということは、考えづらいところであった。
むしろ、危険なのは、族長会談に臨む慧馬と狼花のほうである。が……、
「まぁ、ディオンさんと、皇女専属近衛隊がいれば大丈夫じゃないかしら? ギミマフィアスさんも、結構強いということでしたし……」
狼使いとディオンであれば、ディオンのほうが強いらしいし、敵に火族の戦士たちが加わったとしても、なんとかできる……はずである。
どちらにせよ、できるだけの手配はした。ミーアが考案したのではなく、ルードヴィッヒが考えてくれたものに、ミーアが了承(いいね!)を与えたものである以上、これ以上は考えられない。
これで、敵が何かを仕掛けてきても大丈夫なはず……とは思うのだが、なにやら、一抹の不安は消せないミーアである。
「まぁ、なんにしてもアベルもお姉さんのことが気になっているでしょうし、早いところ、騎馬王国のことをなんとかしないといけませんわね……」
気合を新たに、一行は旅立った。目的地は騎馬王国の「南都」である。