第百七十二話 あまぁいケーキも、みんなで食べればFNYらない、の精神で
――これは、なかなかに大変なことになりましたわ。
頭を下げる狼花を見て、ミーアは小さくうなった。
混沌の蛇の巫女姫、アベルの姉、ヴァレンティナ・レムノのこと。
巫女姫とともに、村を出て行った族長、慧馬の兄、火 馬駆と、それを追って出て行った一族の男たち。
火の一族と騎馬王国十二部族との和解と、火の一族の食糧事情の改善。
山積みの問題だが、放り出すわけにはいかない。
友人を名乗る慧馬のこともあるが、それ以上にアベルが関係者である以上、問題を放置することもできず……。
さらに!
「無論、我々が村々に対して略奪を行ったことは、必要にかられてしたこととはいえ、罪は罪。力を持つ者が奪うのは当然の権利……などという主張は、あなた方に力を借りようというのであれば、通らぬ道理。このうえは、私の首をもって一族の責任をとりたく……。どうか、若者たちには責が及ばぬように……」
などと、狼花が言い出したから、ミーアは大いに慌てた。
――ご先祖がやらかしたことが原因で困窮し、それを改善すべく略奪を行った、その咎によってお祖母ちゃんが首を落とされる……。実に嫌な構図ですわ。なんだか、昔のわたくしを思い出してしまいますわね。まぁ……わたくしはお祖母ちゃんではありませんけど……。
などと思いつつ、ミーアは口を開いた。
「狼花殿、状況はよくわかりましたわ。わたくしも頼られたからには全力で力をお貸しする所存。まず、早まったことはしないようにお願いいたしますわね」
言いつつ、ミーアは周囲に視線を振る。誰かしら、頼れそうな人間を探してみるが…………いなかった!
まず、馬龍……。普段は頼りになる先輩ではあるが、混沌の蛇のことを知らない。ゆえに、恐らく狼花の言っていることが、あまり理解できていないだろう。
次に、ラフィーナ。蛇の専門家たるラフィーナだったが……、今回の話し合いにおいては、なんとなく不機嫌。と思っていたが、それもつい先ほどまでのこと。今はなんだか、ちょっぴりしょんぼりしていた!
――普段のラフィーナさまならともかく、今のラフィーナさまは、なんだか様子が変ですわ。
そう思いつつ、ミーアは視線を横へ。
慧馬や狼花、また、その従者の女性は、今、発言する立場にはないだろう。となれば、残すは頼りの忠臣、アンヌとルードヴィッヒということになるが……。
――アンヌは頼りになりますが、明らかに畑違い。残すはルードヴィッヒですけど……うーん。
ミーアは思わず考えてしまう。
ルードヴィッヒは確かに頼りになるし、きっと良い問題の解決策を提示してくれるとは思うのだけど……、問題はルードヴィッヒがミーアの臣下である、ということだった。
つまり、ルードヴィッヒの意見は、すなわちミーアの意見であり、帝国の意見である。
彼がなにかしらの策を提案した時、もしもそれを実行するとして……、ミーアがノータッチで済むことは、ほぼないだろう。下手をすると、旗振りをしなければならないかも……。
できれば、それは避けたいミーアである。
自分一人が背負い込まなければならないような状況には、絶対にしたくはないのだ。
――くぅっ、ルードヴィッヒに投げるにしても、事前にある程度、相談したいところですわ。
そうして、ミーアは……考える。考え、考え、考えて……。
――ふむ、とりあえず、わたくしが直接なにもしなくていい問題がありますわね。まずは、そちらを解決していただいて、その間に、ルードヴィッヒと話し合うのはどうかしら? ラフィーナさまも巻き込みたいですし……。
ともかく、できるだけ自分が考えなくてはならない問題を減らしていく所存のミーアである。
大きなケーキを一人で食べたらFNYってしまう。だからこそ、切り分けて、みんなに配る! 難しい問題もまた、しかり、なのだ。
あまぁいケーキもみんなで食べればFNYらない! の精神で、ミーアは問題の切り分けを図る。
ということで……。
「狼花殿、責任の取り方は置いておくとしても……まず、していただきたいことがございますわ」
「それは……?」
「無論、決まっておりますわ。馬龍先輩たち、十二部族の方々との和解ですわ」
その件に関して言えば、自分にできることは皆無であるとミーアは考えていた。
それをすべきは目の前の狼花、あるいは慧馬であり、馬龍や馬優をはじめとする騎馬王国の人々である。ついでに言うと、火の一族が迷惑をかけたサンクランドとの交渉も、もしも、火の一族が騎馬王国に復帰できたのなら、サンクランドと騎馬王国との間でやってもらうのが良いかもしれない。
――火の一族が困窮したのは、同族たる十二部族が放置したため。ということは、彼らが食糧を求めて略奪を行ったのは、十二部族全体の罪とも言える……みたいに言えば、馬優さんあたりは、動いてくれるかもしれませんわ。
ともかく、山積みの問題をほかにぶん投げていきたい。
ミーアは、自分がかかわる問題を、できる限り減らしていくスタイルなのである!
――その間に、ルードヴィッヒと、混沌の蛇の専門家でもあるラフィーナさまに、巫女姫に対するアプローチを考えていただくのがよろしいですわね。しかし、改めて、なぜ、族長さんは、この村を出て行ったのかしら? 狼を使う術を教えないとか、使えなくするとか、そんなことを言われて脅されたのかし……ら? はて……。
ミーアは、ここで重大なことに気付く。
――狼を使う人物……、なんだか、覚えがあるような……? あ……、狼使い!
そこで、ようやく、ミーアは思い至る。
狼を連れ、乗馬に長けた暗殺者、狼使い……。彼こそが、火の一族の族長、火 馬駆ではないのか? 族長以外にその技術が使えないというのであれば、その可能性は非常に高いのではないか?
ミーアが、脳内で名推理を組み立てていると……、
「和解……ですか」
狼花がつぶやき、ちらりと馬龍のほうに目を向けた。
「そうですわ。巫女姫のところにいる者たちを取り返してもらいたいのでしたら、みなさまだって頑張らないといけませんわ」
ミーアは偉そうに頷く。
まかり間違っても、自分だけが働かざるを得ないような状況にしてなるもんか! という確固たる信念が、その言葉には込められている。
「つまり……我々の和解が、出て行った者たちを取り戻すために必要であると?」
そう問われて……、ミーアは考える。
それから、チラリと視線を向けるのは、ラフィーナのほうだった。
――ふむ……実際問題、混沌の蛇の専門家はラフィーナさまですわ。だから、巫女姫についていった人たちを連れ戻す際にはラフィーナさまの知識が必要となるはず……。
それこそ、なにかしらの洗脳を受けて彼らが出て行ったのだとすると、ミーアにどうこうすることは不可能である。ラフィーナの力が必要となるのだが……。
――なぜか知りませんけれど、ラフィーナさま、いまいち慧馬さんのことになると、不機嫌になることが多いですし……。あまりやる気を出してくれない可能性もございますわ。とすれば……。
ミーアは、ラフィーナのモチベーションを上げるべく一計を案じる。
「彼らが帰ってくるために必要か否か……。そういう問題ではないのではないかしら? 同じ血族が相争うなんて、とっても悲しいこと。それに、それは神聖典の教えにも逆らうこと。ね、そうですわよね?」
そう、ラフィーナに話を振る。
ちなみに、ミーア、神聖典にそんな教えがあるかどうかは、把握していない。ただ、ラフィーナが兄弟仲が悪くても、全然いいですよ! など教える姿が想像できなかったので、とりあえず言っているだけである。そして、
「え? あ、ええ。そうね。両親を敬い、兄弟、家族を大切にすることは、神の教えの基本と言えるでしょう」
なにやら、物思いにふけっていたラフィーナが、少し慌てた様子で顔を上げたのを見て、
「だから、和解は必要なこと。馬龍先輩の言っていた通りですわ。この機に、騎馬王国十二部族との絆を回復し、そして……、出て行った者たちの帰る場所を作ってあげるべきですわ」
もっともらしいことを言う。
そうすることで、火の一族の者たちが、神聖典に忠実であろうと努力する姿を見せ、巫女姫からの回帰をアピールさせるのだ。
和解しようと努力している姿を見せて、ラフィーナのやる気に火をつけようというのである。
――きっとラフィーナさまだって、善良に生きようとしている方々を見捨てたりはしないはずですわ。
「なるほど……。たしかに、彼の者たちが帰ってきた時に、宴の一つも開けないというのも情けない。それに、帰ってきたくなるような場所を用意するというのは、道理でございましょうな」
それから、狼花は、馬龍とラフィーナに順番に頭を下げた。
「それでは、お二方にお願いしたい。十二部族と、我が一族の間を取り持つ、そのお力添えをいただけましょうか?」
「ああ。もちろんだ」
力強く頷く馬龍。それに次いで、ラフィーナは無言で頷いた。
その、ちょっとだけ元気がない様子に、ミーアは首を傾げた。
――なるほど。相変わらず、素晴らしい。
一連のミーアの捌きを見て、ルードヴィッヒは改めて感心していた。
彼の見たところミーアは、要するに、火の一族の出て行った者たちを説得する環境を整えようとしているのだ。
仮に、火の一族が騎馬王国十二部族と和解したなら、どうなるだろうか?
火の一族の戦士たちが戦う理由はなにか? なにをもって、蛇の巫女姫は、彼らを扇動しているのか?
それは、十二部族への反感であり、歴史的な対立だ。
加えて、食糧不足や貧しさなど、窮状を打開するためでもあっただろう。
ミーアが攻めようとしているのは、まさに、その二つだ。
――狼花殿たちが先に和解してしまえば、彼らが戦う理由は間違いなく薄くなる。食糧の不足が改善され、貧しさが打開されれば……、戦おうという気にはならないかもしれない。ミーアさまは、問題の根源を見抜いて、そこを攻めようとしている。蛇の巫女姫がしたのと同様、ミーアさまも心を攻めようとしているのだろう。
まぁ、実際のところ、ミーアはラフィーナのやる気を出すために、その心に働きかけようとしているわけで……、その点ではそんなに間違っていないような、そうでもないような……。
微妙にズレたことを考えつつ、ルードヴィッヒは、忠誠を新たにするのだった。