第五十三話 ミーア姫、冴え渡る2
アンヌの言葉に危機感を刺激されたミーアは、早速、助っ人集めに乗り出した。
といっても、使えるコネはそれほど多くはない。なにしろ、ミーアの取り巻きは料理なんかしたこともないような貴族の令嬢ばかりで、セントノエル学園に通う生徒のほとんどもまた、料理などしたことがない貴族だからだ。
けれど、例外はいる。
まずミーアが向かったのは、クロエのところだった。
彼女の実家、フォークロード家は貴族ではあるものの、その爵位は金で買ったものだ。
現在もその生活は商家としての性質が強い。
料理ができる可能性は十分にあった。
「あ、ミーアさま……、え? 料理……ですか?」
突然の質問に、きょとりんと首を傾げたクロエだったが、
「はい、知ってます。読んだことありますよ」
ニコニコ、笑顔で答えた。
知っている……、読んだことが、ある……。
――この子も、なんかダメっぽいですわ。
クロエの言葉からも、そこはかとなく危険な香りをかぎとったミーアは、それでもとりあえず戦力としてキープしておくべく、クロエを弁当作りに誘った。
背に腹は代えられない。
「はい、べつにその日でしたら、予定はないので大丈夫ですけど……」
快諾してくれたクロエに別れを告げて、ミーアはさらにスカウトに走る。
次にミーアが向かったのは…………、
「……他に思い当たる方がいらっしゃいませんわ!」
早くも手づまりだった。
コネつくりを頑張ってきたという自負があっただけに、これはミーアにとってショックなことだった。
――そもそも、この学園で料理ができるなんて方を探そうなんて、無理難題もいいとこですわ!
いじけて不貞寝をしようと自室に戻ろうとしたところで、アンヌがやってくるのが見えた。
「ミーアさま! 見つかりました。料理ができる人」
「本当ですの!? アンヌの知り合いで料理ができる方といえば……」
しばし考えて、すぐに結論に至る。
「ああ、もしかすると、リオラさんですの?」
ティオーナの従者、リオラのことを咄嗟に思い浮かべたミーアだったが……、
「あ、いえ、その……。リオラさんはとってきた野うさぎとかを、その場でさばいたり、丸焼きにしたりと言うのは得意みたいなんですが……」
わりとワイルドな料理法である。森の民として森で暮らすには必須のスキルかもしれないが……、弁当作りでどの程度使えるかは未知数だ。
「リオラさんではなく、ティオーナさまが、料理がお得意だそうですよ」
「てぃ、ティオーナさん……ですの?」
ミーアは、思わずたじろいだ。
できる限り、お近づきにならないように、なるべくコネを作らないようにしてきた筆頭である。自分をギロチンにかけた、憎き相手でもある。
けれど……、
「はい、なんでも、時々、お家の台所でお手伝いをしていたとか……」
なるほど、ルドルフォン家は貴族と言うのもおこがましいレベルの貧乏貴族。しかも、広大な土地で農業を行っている。
使用人のほとんどはそちらに取られてしまい、ティオーナが料理を手伝っていたというのも、わからなくはない。
いかにも戦力になりそうだ。
「うう、や、やむをえませんわ……」
血の涙を流す思いで、ミーアはティオーナのところを訪れた。
「あっ、ミーアさま……、どうかされたんですか?」
突然の来訪に驚きを見せるティオーナに、ミーアは言った。
「ティオーナさん、お料理が得意とお聞きしましたが、それは本当ですの?」
「はい、そうですね」
頷くティオーナ。これはいけるか? と一瞬、喜びかけたミーアだったが……。
「いつも野菜を刻んでいましたから。千切りとか、自信あります」
それを聞いて、とたんに不安になる。
「……それ以外は?」
「みじん切りもばっちりです」
ミーアには料理の知識はない……。ないが、ミーアの本能が訴えかけている。
使えないこともなさそうだが、微妙……、と。
それでも、ミーアとしては、もはや頼らざるを得ない。使えるものは、猫でも使う!
「ティオーナさん、実は、わたくし、剣術大会の日にアベル王子にお弁当を作って持っていこうと思っているのですけれど……、あなたもいっしょにいかが?」
「え? そんな……、私なんかが姫様とごいっしょするなんて……。それに、私、あげる人なんて、誰も……」
その言葉を聴いた時……、ふいに、ミーアの脳裏に悪魔的な閃きが生まれた。
「あっ、そうですわ。でしたら、あいつ……オホン! えーと、シオン王子にもおすそ分けを作って持って行くのはいかがかしら?」
ミーアの予想では、この弁当作りが成功する可能性はあまり高くない。下手をすれば、ミーアたちが作ったヘンテコなものを食べたせいで、アベル王子が体調を崩してしまい、剣術大会で上手く結果が出せないかもしれない。
けれど……、それをシオン王子にも食べさせることができれば……。
――そうすれば、巻き添えにできる。ちょうど良い復讐になるかもしれませんわ!
すでに、弁当作りは引くことのできない段階になってしまっている。とすれば、だからこそ、ただ転ぶだけでは終わらない。
憎き敵に一矢報いる機会として活かしてやろうじゃないか! と。
そう、ミーアはポジティブに考えたのだ! ポジティブってなんだろう?
――しかも、わたくしだけが悪いのではなく、ティオーナまで関係しているとあっては、シオン王子も、わたくしだけを恨むことはできないはず。素晴らしい復讐方法ですわ!
暗い笑みを浮かべるミーア。
されど、シオン王子をも巻き込むことで、彼女の企みはあらぬ方向へと転がっていくのだった。