第百六十二話 野次馬たち
「ところで、ディオン・アライア。護衛は我の戦狼が担うと言ったはずだが、なぜ、貴様も一緒についてくるのだ?」
眉をひそめて尋ねる慧馬に、ディオンは苦笑いを浮かべた。
「んー、僕はミーア姫殿下の剣なんでね」
「どういう意味だ?」
「姫さんは、君を無条件に信用することで、君からの信頼を勝ち得た。まぁ、そのやり方は見事だと思うよ。ただ、それは姫さんのやり方だし、姫さんの仕事だ。僕には僕の果たすべき役割があり、やり方がある。そういうことさ……ああ」
っと、そこでディオンはニッコリ笑みを浮かべた。
「ちょうど、あそこにいる君の狼と同じさ」
その指さすほう、草がかすかに揺れているのが見えた。目を凝らすと、黒い狼の毛並みが見えて……見え……て?
慧馬は、ゆっくりとディオンの顔を見て、ん? と首を傾げるディオンに一言……。
「……こっわ!」
微妙に引いた。
「ディオン・アライア、もう一つ聞きたい。いったいなぜ、我の戦狼の場所がわかったのだ?」
自分ですら、まだ見つけてなかったのに……。
そう言外に主張する慧馬に、ディオンは不思議そうに首を傾げて……。
「え? んー、普通わかるでしょ? そうだな、感覚的には匂いで察した、というのが一番近いかな?」
「…………こっわ!!」
慧馬、本格的に引いた。
「その鼻の利き方……さては、貴様、あれか? 夜になると狼に変身するという伝説の狼男なんじゃ……」
「慧馬さん、ディオン・アライアについて、細かいことを気にしないほうがいいですよ」
取り乱す慧馬に声をかけたのは、シュトリナだった。まるで、対ディオン・アライアの熟練者のような態度で、諭すように、
「ディオン・アライアの戦闘技能は理不尽そのもの……。考えるだけ無駄というものです。もしも戦いになったとしたら、無駄な抵抗を諦めて降参したほうがまだいくばくか、生存率が上がるというものです」
「なるほど……勉強になる」
神妙な顔で頷く慧馬に、ディオンは思わず苦笑いだ。
「んー、なかなか辛らつだね、イエロームーン公爵令嬢」
っと、シュトリナに次いでベルが口を開いた。
「そうです。ディオン将軍は、半端ないので、こっそり隠れてる狼を見つけ出すぐらい簡単です! 万の敵兵だって単騎で切り伏せることができるんですから」
どどぉんっと胸を張るベル。対するディオンは、うーん、と頬をかく。
「将軍ではないんだけどね……そして、さすがに万は無理だ」
とか言うディオンだったが、慧馬は思わずにはいられなかった。
『……万じゃなくて、千ならいけるの?』などと……。
一瞬、頭に浮かびかけた怖い想像を脇に追いやってから、慧馬は令嬢たちのほうに目を向けた。
「それはそうと、お前たちは、なぜついてきたのだ? 護衛ならば、我とディオン・アライアがいれば事足りると思うのだが……」
なんとなく理由が察せるベル、たぶんベルと一緒にいるのが楽しいんだろうなぁ、とまるわかりなシュトリナから、ラフィーナへ。慧馬の視線は移っていく。
それを受け、ラフィーナは一つ頷き、清らかな笑みを浮かべて……、満を持して口を開く。否……開こうとした……のだが……。
「気になるからに決まってます! なんといってもミーアお……、姉さまの恋愛光景が見られるんですから。帝国の叡智の恋愛がどんなものなのか、気にならないはずありません!」
身も蓋もないことを言うベル! 好奇心に促されるままに来ました! と清々しいまでに正直に言い、さらに……。
「そうですよね、ラフィーナさま」
振ってくる! それはもう、遠慮も容赦も一切ない、強烈なパスであった。
「え……あ、ぅ」
話を振られたラフィーナは思わず言葉に詰まった。
誤魔化すことは簡単だ。なにか言いつくろおうと思えば、いくらでも理由は考え付く。
が、問題は……偽りを口にできないことだ。
なにしろ、ラフィーナは聖女だ。あからさまな偽りを口にするわけにはいかない。なにか、極めて婉曲的な言い方をするにしろ、それが完全な偽りであってはならない立場。
ゆえに、答えは慎重さを必要とした。慧馬がなにやら言い出したあたりから、話の流れを読んでいたラフィーナは、しっかりと答えを検討し始めていたのだ。
お友だちが遠乗りすると危険だと思ったから……? 事実だけど、でも、敵の刺客に狙われたなら、自分にできることはない。
アベルと二人きりにするのが心配だった? いや、アベルが紳士であることは知っているし、そんなことを言ったら、二人に失礼。心配なのは本当だけど、使えない。
そうして、偽りではないにしろ、微妙に使えない答えを端からカットしていく。
ラフィーナは懸命に、頭脳を働かせた。
その気になれば、大陸を席巻する軍を作り上げ、抵抗勢力を完膚なきまでに圧殺する、完璧な策謀を組み立てることができる……、その頭脳が、野次馬の言い訳をひねり出すためにフル稼働し、ようやく導き出した答えを口に出そうとした……まさにその時の、ベルの介入であった。
しかも、厄介だったのは質問の形だ。
ベルの質問は、自分はそうだけど、ラフィーナはどうなの? という問いかけではない。そうですよね? と、問うているのだ。つまり、それに対する答えは、そうか、そうじゃないか……イエス・ノーの形なのである。
逃げ場は……ない!
悪意のない、キラキラした瞳で見つめてくるベル……。
言い逃れは……できない!
ラフィーナは、らしくもなく懊悩した末に…………、そっと口を開き……開き…………、
「ええ! そうですけど?」
開き直った!
堂々と胸を張り、
「お友だちの恋模様が気になっただけですけど、なにか?」
キリリっとした表情で言い放った。
そうして覚悟を決めて、どーにでもなれぇ! と思って心の内を吐露したわけだが……、彼女の言葉を否定する者は……、その場には一人もいなかった。
「うむ、我も友の恋模様は気になる。お前の気持ちはよくわかるぞ、聖女ラフィーナ」
「やっぱり、ラフィーナさまもそうなのですね」
などと、みなの同意の声が追いかけてくるのが……ちょっぴり意外で……、でも、ちょっぴり嬉しくもあり……。
何も言えずに固まっていると……、ちょうど、そこに、
「あら、みなさん、なにをしておりますの? こんなところで……」
話題の中心であるミーアが戻ってきた。
前に乗るアベルともども、なんとなく晴れやかな表情をしていた。