表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
544/1474

第百六十二話 野次馬たち

「ところで、ディオン・アライア。護衛は我の戦狼が担うと言ったはずだが、なぜ、貴様も一緒についてくるのだ?」

 眉をひそめて尋ねる慧馬に、ディオンは苦笑いを浮かべた。

「んー、僕はミーア姫殿下の剣なんでね」

「どういう意味だ?」

「姫さんは、君を無条件に信用することで、君からの信頼を勝ち得た。まぁ、そのやり方は見事だと思うよ。ただ、それは姫さんのやり方だし、姫さんの仕事だ。僕には僕の果たすべき役割があり、やり方がある。そういうことさ……ああ」

 っと、そこでディオンはニッコリ笑みを浮かべた。

「ちょうど、あそこにいる君の狼と同じさ」

 その指さすほう、草がかすかに揺れているのが見えた。目を凝らすと、黒い狼の毛並みが見えて……見え……て?

 慧馬は、ゆっくりとディオンの顔を見て、ん? と首を傾げるディオンに一言……。

「……こっわ!」

 微妙に引いた。

「ディオン・アライア、もう一つ聞きたい。いったいなぜ、我の戦狼の場所がわかったのだ?」

 自分ですら、まだ見つけてなかったのに……。

 そう言外に主張する慧馬に、ディオンは不思議そうに首を傾げて……。

「え? んー、普通わかるでしょ? そうだな、感覚的には匂いで察した、というのが一番近いかな?」

「…………こっわ!!」

 慧馬、本格的に引いた。

「その鼻の利き方……さては、貴様、あれか? 夜になると狼に変身するという伝説の狼男(ウルフマン)なんじゃ……」

「慧馬さん、ディオン・アライアについて、細かいことを気にしないほうがいいですよ」

 取り乱す慧馬に声をかけたのは、シュトリナだった。まるで、対ディオン・アライアの熟練者のような態度で、諭すように、

「ディオン・アライアの戦闘技能は理不尽そのもの……。考えるだけ無駄というものです。もしも戦いになったとしたら、無駄な抵抗を諦めて降参したほうがまだいくばくか、生存率が上がるというものです」

「なるほど……勉強になる」

 神妙な顔で頷く慧馬に、ディオンは思わず苦笑いだ。

「んー、なかなか辛らつだね、イエロームーン公爵令嬢」

 っと、シュトリナに次いでベルが口を開いた。

「そうです。ディオン将軍は、半端ないので、こっそり隠れてる狼を見つけ出すぐらい簡単です! 万の敵兵だって単騎で切り伏せることができるんですから」

 どどぉんっと胸を張るベル。対するディオンは、うーん、と頬をかく。

「将軍ではないんだけどね……そして、さすがに万は無理だ」

 とか言うディオンだったが、慧馬は思わずにはいられなかった。

『……万じゃなくて、千ならいけるの?』などと……。

 一瞬、頭に浮かびかけた怖い想像を脇に追いやってから、慧馬は令嬢たちのほうに目を向けた。

「それはそうと、お前たちは、なぜついてきたのだ? 護衛ならば、我とディオン・アライアがいれば事足りると思うのだが……」

 なんとなく理由が察せるベル、たぶんベルと一緒にいるのが楽しいんだろうなぁ、とまるわかりなシュトリナから、ラフィーナへ。慧馬の視線は移っていく。

 それを受け、ラフィーナは一つ頷き、清らかな笑みを浮かべて……、満を持して口を開く。否……開こうとした……のだが……。

「気になるからに決まってます! なんといってもミーアお……、姉さまの恋愛光景が見られるんですから。帝国の叡智の恋愛がどんなものなのか、気にならないはずありません!」

 身も蓋もないことを言うベル! 好奇心に促されるままに来ました! と清々しいまでに正直に言い、さらに……。

「そうですよね、ラフィーナさま」

 振ってくる! それはもう、遠慮も容赦も一切ない、強烈なパスであった。


「え……あ、ぅ」

 話を振られたラフィーナは思わず言葉に詰まった。

 誤魔化すことは簡単だ。なにか言いつくろおうと思えば、いくらでも理由は考え付く。

 が、問題は……偽りを口にできないことだ。

 なにしろ、ラフィーナは聖女だ。あからさまな偽りを口にするわけにはいかない。なにか、極めて婉曲的な言い方をするにしろ、それが完全な偽りであってはならない立場。

 ゆえに、答えは慎重さを必要とした。慧馬がなにやら言い出したあたりから、話の流れを読んでいたラフィーナは、しっかりと答えを検討し始めていたのだ。

お友だちが遠乗りすると危険だと思ったから……? 事実だけど、でも、敵の刺客に狙われたなら、自分にできることはない。

 アベルと二人きりにするのが心配だった? いや、アベルが紳士であることは知っているし、そんなことを言ったら、二人に失礼。心配なのは本当だけど、使えない。

そうして、偽りではないにしろ、微妙に使えない答えを端からカットしていく。

 ラフィーナは懸命に、頭脳を働かせた。

 その気になれば、大陸を席巻する軍を作り上げ、抵抗勢力を完膚なきまでに圧殺する、完璧な策謀を組み立てることができる……、その頭脳が、野次馬の言い訳をひねり出すためにフル稼働し、ようやく導き出した答えを口に出そうとした……まさにその時の、ベルの介入であった。

 しかも、厄介だったのは質問の形だ。

 ベルの質問は、自分はそうだけど、ラフィーナはどうなの? という問いかけではない。そうですよね? と、問うているのだ。つまり、それに対する答えは、そうか、そうじゃないか……イエス・ノーの形なのである。

 逃げ場は……ない!

 悪意のない、キラキラした瞳で見つめてくるベル……。

 言い逃れは……できない!

 ラフィーナは、らしくもなく懊悩した末に…………、そっと口を開き……開き…………、

「ええ! そうですけど?」

 開き直った!

 堂々と胸を張り、

「お友だちの恋模様が気になっただけですけど、なにか?」

 キリリっとした表情で言い放った。

 そうして覚悟を決めて、どーにでもなれぇ! と思って心の内を吐露したわけだが……、彼女の言葉を否定する者は……、その場には一人もいなかった。

「うむ、我も友の恋模様は気になる。お前の気持ちはよくわかるぞ、聖女ラフィーナ」

「やっぱり、ラフィーナさまもそうなのですね」

 などと、みなの同意の声が追いかけてくるのが……ちょっぴり意外で……、でも、ちょっぴり嬉しくもあり……。

 何も言えずに固まっていると……、ちょうど、そこに、

「あら、みなさん、なにをしておりますの? こんなところで……」

 話題の中心であるミーアが戻ってきた。

 前に乗るアベルともども、なんとなく晴れやかな表情をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] このまま行くと人目のないとこでは「ぐで〜」って溶けてる聖女様が出来上がりそう
[良い点] もはやミーアはカウンセリングもこなせるんですね。 成長著しいなあ。 一方、開き直った聖女ラフィーナ。ミーアと、ミーアに取り込まれた面々のお蔭で本心を晒してしまい、でも素直でいて大丈夫と知っ…
[一言] ラフィーナも周りの雰囲気に染まりつつあるなぁ…(笑) 今のラフィーナの方がきっと等身大で人生楽しめてるんじゃないかなぁ〜。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ