第百五十二話 ミーア姫、怒りの介入!
「さて、もう少し聞いていただきたいところだけど、此度はこのぐらいで構わないだろうか。ここから先は各部族の歴史になっていくからね」
そう言って、馬優は、弦楽器を脇に置いた。
それから……、一つ深呼吸をして……彼は、
「それで……どうだったかな? 俺の歌は……?」
にこやかに感想を求めてきた!
けれど、返ってきたのは沈黙だった。
かすかに感じた混沌の蛇のきな臭い残り香に困惑する一同と、かすかに感じる絶品のミルクの芳しい残り香を満喫するミーア。
どちらも口を開くのを躊躇っていると……、
「ふむ……。親父殿がお客人に歌を聴かせたがるのを困ったものだと思っていたが、時には役に立つものだな」
「……いや、息子よ。お前には聞いてない」
息子のつれない態度に、ちょっぴり寂しげな馬優。そんな彼を励ますように、ベルが口を開いた。
「騎馬王国の歴史を知ることができて、とても楽しかったです! 歴史のお勉強はこんな風に、歌にして聞かせてもらえると眠くならなくっていいなと思いました。弦楽器の音色も歌声も、とっても綺麗でした!」
それは……まぁ、若干、アレな感じのする感想ではあったのだが……、
「そうか。それは良かった! なんなら、今度、時間のある時にでもまた聞きにくるといい」
ニッコニコと、笑みを浮かべた馬優が上機嫌に言った。嬉しかったらしい。
一方、そんなベルを見ていたシュトリナは、
「……歌……。そっか……。作詞作曲の習い事をしたいとお父さまにお願いすれば……うん」
などと、なにやらブツブツつぶやいていたが……。まぁ、それはさておき、
「助かりましたわ。馬優殿。おかげさまで、わかりやすく騎馬王国の事情を理解することができましたわ」
無難に感想を述べてから、ミーアは改めて聞いた歌について振り返る。
それは、天敵である狼を掌中におさめ、覇を唱えんと訴えた野心家の物語。
血のつながった兄弟たちからの賛同を得られず、失意のうちに、父祖の地を去った男、火の星馬。はたして、彼と彼の一族はその後、どのような運命を辿ったのか……。
っと、ミーアが腕組みして考え込んでいると……、
「ずいぶんと都合よくまとめられた歌だ。卑怯者の騎馬王国には相応しいな」
慧馬が吐き捨てるように言った。
「ほう。ならば、火の一族では、どう伝えられているのかな?」
穏やかな笑みを浮かべ、慧馬のほうを見る馬優。それは、反抗期の娘を前にした父親のような、ちょっぴり困った様子だった。
「決まっている。騎馬王国に残った者たちは、みな、今あるもののみに拘泥する臆病者たちと伝えられている。変化を恐れる怠惰な者たちだと」
慧馬は馬優を睨みつけ、それから、馬龍にも鋭い視線を送る。
「結果がすべてを語っているではないか。今の騎馬王国を見るがいい。未だなにも変わることができず、狼から、今持っている財を守ることに精一杯ではないか。サンクランドはおろか、レムノ王国にまで遅れを取る始末だ」
その言葉に、レムノ王国の王子たるアベルは、思わずといった様子で苦笑した。
「あの時、狼の力を手中におさめていれば、それをもって大陸に覇を唱えることだってできたはず。サンクランドに劣らない国にだってなれていたはずなのに、禁忌だなんだと変化を恐れ、戦うことを恐れ、力を恐れ……、それゆえの今の立場ではないか!」
と、そこで、ハッとした顔で、慧馬はミーアのほうを見て、
「そう思うだろう? ミーア姫」
話を振ってきた。が、馬優はミーアが口を開くのを待たずして言った。
「君は、狼を率いて、レムノやサンクランドと戦端を開けばよかったとでもいうつもりかい?」
「我らは、誇り高き戦士の末裔だ。財である羊を、家族を、戦い守ってきたのだ。必要があれば力を振るう。仲間のため、一族のために力を振るうのは当然のこと。まして、狼の力は強力だ。戦い慣れているお前たちだってわかるはずだ。狼の力を得ることができるというのならば、それを拒む理由はなかった。お前たち、騎馬王国の民は、戦を恐れ、力を恐れ、変化を恐れた。それは臆病者のすることだ」
「変わることは、必ずしも良いことではない。悪しき方向に向かおうとした時、立ち止まることもまた大切だ」
穏やかな声で言う馬優を、慧馬は鼻で笑い飛ばした。
「ふん、林のごとく動かず、風に吹かれて揺れるばかり。愚鈍な風龍の末裔に相応しい言葉だな」
「力を持つことが正しいとは限らない。現に、力をもって食糧を奪おうとした君は、こうして我々の手に落ちている。大きな力を使う術は学べても、それを使ってなにをなすかまでは考えられない。その愚かさで大きな力を持つのは破滅を招くだけだろう。火の使い方を知ったことで増長し、星に手を伸ばした、浅慮なる星馬の末裔よ」
キッと馬優を睨みつけ、慧馬が口を開こうとした……、まさにその時だった。
「やれやれ……、そのような詮なきことを、いつまで議論しているつもりかしら?」
不意に、そんな声が聞こえてきた。
「なんだと!?」
思わず声を荒げる慧馬は、直後に、見た!
ミーアが……、盗賊として現れた彼女に、クッキーを分け与えた、温和な、帝国の叡智が……、怒りに震える姿を。
「そのように……実りのない議論をいつまですれば気が済むのかしら……、と問うているのですわ」
ミーアは、慧馬の顔を見つめ、馬優の顔を見つめてから……言った。
「すでに終わってしまったことを、遥か昔に過ぎ去った出来事を、あなたたちが言い争ってなにになるというのですの?」
小さく首を振りながら……、
「それは、すでに終わった出来事ではありませんの?」
呆れた様子で、ミーアは言うのだった。
ミーアの真意はいかに?