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第百五十一話 騎馬王国の歴史歌~ごくり……ごくり~

『それは、昔。遥か昔、我らが国の始まりの物語。

 この地に住まう若き羊飼いの男、光龍(コウロン)は、ある日、神の使いたる女を、妻として迎えん』

 馬優は、ポロン、ポロン、と弦を鳴らしながら歌う。

「歴史歌だ。俺たち騎馬王国の民は、文書の形で記録を残す文化がなかったから、こうして歌にして、一族の歴史を伝え残しているんだ」

 馬龍の説明を聞きながら、ミーアは思い出す。

 ――ふむ。このあたりの話は以前、聞いたことがありますわ。この、光龍さんと結ばれたという神の使いが馬を連れていたことから、“騎馬”王国の歴史が始まった、とか、そんな話じゃなかったかしら?

 もともと羊飼いであったものが、騎馬民族として変容したのは実にこの時であった……と、以前、馬龍から聞いたことがあったなぁ、と思い出す。

 ミルクを飲みつつ、ミーアがウモーっと記憶を反芻している間に、歌は進んでいく。

『光龍より生まれし子ら、その数は十三。それが、我ら騎馬王国、十三部族の偉大なる父祖とならん。第一の子、風龍(フウロン)。林のごとき深き洞察と、風のごとく何物にもとらわれぬ思考で一族を導かん。第二の子……』

 『林』のごとき深き洞察……、それが、おそらく林族の父祖であることは、察せられた。さらに、

『第三の子、星馬(せいま)は賢き知恵持つ子。草原を焦がす忌まわしき火さえ使いこなし、一族に繁栄をもたらさん』

 ――火すらも使いこなし……。火 星馬と言っていましたし、それでは、これが火の一族の父祖。第三子でしたのね……。

 どうやら、子どもたちには、それぞれ、その気質を表す言葉が充てられており、それが後の氏族の名となっていくらしい。

『やがて、光龍の命は尽きぬ。その齢、三百と六十。かの者、その愛する妻の眠る墓所に葬られん。かくて騎馬王国十三部族の新しき時代が始まらん』

 光龍が生んだ十三人の子どもたちも、それぞれ、二百歳を超え、孫、ひ孫はおろか、その下の世代をも治める一族の族長となっていった。

「しかし、数百歳とは……、昔の人はずいぶんと長生きですのね」

「神聖典によれば、はじまりの人は千年にも及ぶ時を生きたと書かれているわ。当時と今の時の数え方が同じかどうか、議論の対象にはなっているみたいだけど……」

 ラフィーナの囁く声に頷き返し、ミーアは馬優のほうに目を移した。

 歌はいよいよ佳境に入り、問題の、火の一族との確執の部分に入っていた。

『第一の子、林の風龍は、かく言わん。我ら兄弟、ともに手を取り合いて、この祝福の地に住み続けん。この地にこそ、我らが幸福、満ち足りん、と。兄弟たち、みな賛同せり』

 平原で平和に暮らしていた騎馬王国の民。それはそうだろう。すべてが血の繋がった兄弟、外からの血ももちろん入ってはいるだろうが、元をたどればすべてが、一人の父と母へと繋がる。

 ゆえに、いさかいは起ころうとも、それは深刻なものにまでは発展しない。

 そう思われたのだが……。

 べん、っと絃を叩くように弾き始める馬優。空気が震え、緊張感が高まる。

 ミーアは物言わぬまま……、注ぎ足してもらったミルクをこくり、と飲んだ。甘くて、とても美味しかった!

『されど、ただ一人、それに否を申す者、現れぬ。火の星馬、第一の子、風龍に申さん。我は、より高みを目指すことを欲すと。燃え立つ火は、風を超え、星に手を伸ばすことを欲すと。邪なるものに囚われし、かの者、さらに続けん。我らが敵、狼を従える術を我は学ばん。狼を従え、その力をもちて、この地に覇を唱えん、と』

 ――ふむ……、狼を従える術……。なにやら、きな臭いものがありますわね……。こう……、うちのアホなご先祖さまに近いものがあるような気がしますわ……。

 ミーアは聞いていて、なんとなぁく嫌な予感がした。

「地を這うモノの書に『国崩し』があったように、狼を従えるやり方が書かれていても不思議ではない……。そんな気がするわね」

 どうやら、ラフィーナも同じことを思ったのか、ミーアのほうに目を向けて、真剣な顔で言った。

「リーナが一緒にいる時、狼使いがそういうものを読んでいたことはなかったけれど……、あっても不思議ではないと思います。あの狼たちは、とても賢いから戦いにも使えるでしょうけど……、神としてあがめさせるにも、良い存在かもしれません」

 シュトリナが、生真面目な顔で頷く。

 中央正教会によって敷かれた統一された秩序、それを破壊するために、中央正教会とは別の神を創作し、その神を信仰させることによって、秩序を破壊しようとする発想。

 通常であれば、それは、新たな秩序の形成でしかない。邪神を信仰する者には、その邪神の教えという……仮に歪んではいても新たな秩序が存在するからだ。

 けれど、秩序を破壊するため、偽物の神を作ったのであれば、話は変わってくる。

 そこには確固たる神学は存在しない。もともとが偽物として作られているのだから、信者の数が集まったところで、種明かし、とばかりに、その偽物性を明かしてやれば良いのだ。

 自分たちが中央正教会を離れ、すがった新しい教えがまったく無価値の創作物であると知った時……、はたして人はどのような混沌に落とし込まれるものか……?

それは、狼を戦に使うよりも、はるかに忌まわしい発想法だった。そして、実にリアリティのある想像だった。

 こくり……、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。

 緊張のあまりベルが……あのベルまでもが! 生唾を飲み込んだのだ。

ベルだけではない。誰もが、その危険性に気付き、強張った顔をしていた。


 ごくり……、ごくり、と、再び誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。

 ……ミーアが……、ほかならぬミーアが! お替りをもらうべく、残っていたホットミルクを飲みほした音だった……。


ちょっぴり小話。

ちなみに聖書に登場する人類最初の人、アダムの寿命は900歳ちょっと。彼から大洪水で有名なノアまでは軒並み超長寿ですが、ノア以降は寿命がググッと短くなります。

そのことからノアの大洪水で降ってくるまでは、地球の大気圏には水の層があって、紫外線やら有害な宇宙線を防いでいたから長命だったとする説があったりします。

天地創造の際に「大空の下にある水と大空の上にある水」とを神が分けた、という記述が出てくるため、そんな解釈が生まれたわけですね。

そんなことを思い浮かべつつ、書いております。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミーア様の大物感すごい
[一言] 古代長寿伝承の謎。 ・歳の数え方違い(寿命実際はあんま変わんなかった説) ・宇宙線照射環境の違い(ホントに長寿だった説) なるほどなるほど。 実際、年々遠ざかっている月がもっと地球に近かった…
[一言] さすがブレませんな(笑)
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