第百四十一話 ミーアの帰還~ミーア姫、野望を抱く~
ミーアとラフィーナは、無事に馬車まで戻ってきた。
ちなみに、馬龍が率いる林族の戦士の護衛付きで、だ。
十騎あまりの騎馬を率いて凱旋したミーアは……なんというか……大変、気分が良かった!
――なるほど、イケメンの護衛を従えて移動したがるエメラルダさんの気持ちがちょっぴりわかりますわ。まぁ、わたくしの場合は、こう……ずらーっと大男を従えてみたいですわね。ああ、そして、やはり鎧はアレですわね、あのキノコのような鎧を着ていただいて……。
密かに、壮大なる野望を胸に抱くミーアであった。
「ミーアさま!」
馬車の前では、すでに連絡を受けていたアンヌたちが待っていた。
ミーアの姿を見つけるや否や、アンヌが駆け寄ってきた。
「ご無事ですか? お怪我はありませんか?」
見るからに心配そうな顔で、自らを見つめてくるアンヌ。
今回、アンヌは、ミーアとラフィーナに遠慮して、乗馬には参加しなかった。ベルとシュトリナと一緒にいてくれたわけだが……、もしかしたら、危険な時にそばにいられなかったことを気にしているのかもしれない……。
そう察したミーアは、アンヌを安心させるように頷いて、
「ありがとう。大丈夫、なにも問題ありませんわ」
ちなみに、枝にぶつけた頭には、傷一つついていなかった。
ミーアの栄光輝く帝国の叡智は、この程度では傷一つつかないのだ。
そう、ミーアの味わい深い帝国の叡智は、干しキノコのごとき硬さを誇っているのだ。
「別に馬から落ちたりもしませんでしたし、なんの問題もありませんでしたわ。ねぇ、ラフィーナさま?」
そうして、ミーアはラフィーナのほうに目をやった。ラフィーナは……、
「え、ええ。そうね」
ちょっぴり慌てた様子で頷いた。
その胸中は……「なるほど、帝国の叡智の虚像はこうやって作られるのね……」という呆れで満たされて……はいなかった! むしろ「アンヌさんに不要な心配をさせないための心遣い、さすがだわ、ミーアさん!」という尊敬の念でいっぱいだった!
帝国の叡智の虚像はこうやって作られるのである。
まぁ、それはさておき……。
「それで、被害はどんな感じですの?」
ミーアは、アンヌに続いて近づいてきたルードヴィッヒとディオンのほうに目を向けた。
それを受けて、ディオンは小さく肩をすくめる。
「皇女専属近衛隊との戦闘はなし。騎馬王国の騎兵のみなさんとちょっとした小競り合いがあったぐらいじゃないですかね」
「なるほど……小競り合い……」
ミーアは納得の頷きを見せる。
同胞だと言っていたので、おそらくは、あまり被害を出さないように立ち回ったのだろう。あるいは、馬龍から指示が出ていたのかもしれないが……。
――相手も略奪が目的の盗賊団。無理して戦闘しようとは思わなかったのでしょうね。
以前、襲われた時も、そう言えばサンクランドの兵団が来るとすぐに引いていたな、と思い出すミーアである。あの潔さがなければ、今回も大変な被害が出ていただろう。主に盗賊団の側に。
――なにしろ、ディオンさんがおりますものね……。勝利が確定しているのは構わないのですけれど、少し抑えてもらわないと、わたくしの心の安定に影響が出そうですわ。
敵の屍山血河の中で勝鬨をあげられるほどのメンタリティはミーアにはないのだ。むしろ、その字面を見ただけで、ちょっぴり背筋が寒くなってしまうミーアなのである。
「ところで、ミーアさま、そちらの男性とお嬢さんは何者ですか?」
ルードヴィッヒは、ミーアの後ろ、馬龍に連れられている少女のほうに目を向けた。
「ああ、彼女は盗賊団の一員ですわ。それと、紹介したことはなかったと思いますけれど、こちらの男性がわたくしが馬術部でお世話になっている……」
「林馬龍だ。よろしく頼む」
「ああ……これはご丁寧に。私はルードヴィッヒ・ヒューイットです。いつもミーアさまがお世話になっております」
ルードヴィッヒは静かな笑みを浮かべた後に、
「あなたがミーアさまに教えてくださった馬術で、ミーアさまは命を救われた。感謝してもしきれません」
深々と頭を下げるルードヴィッヒだった。
一方、ディオンは、というと……、
「ふーん、盗賊団の一員の少女、ねぇ……」
盗賊少女を観察していた。
それに気付いた少女は、ぷいっと顔を背けるが……、
「もう、ディオンさん、あまり脅かさないようにしてくださいませね。あなたの殺気は心にくるものがあるんですから……」
というミーアの言葉に、ぴくんっと肩を震わせる。
「ディオン……まさか、ディオン・アライア……?」
瞳を見開き、ディオンを凝視する少女。その頬から、すぅうっと血の気が引く。
「おや? 僕のことをご存知なのかな?」
首を傾げてニッコリ笑みを浮かべるディオンに、少女は、ひぃっと小さな悲鳴を上げ、心持ち、馬龍の後ろに隠れた。
「ディオンさん……」
「……笑いかけただけなんですがね」
「あなたの笑顔は攻撃的に過ぎますわ」
かつて、笑顔のディオンに意識を刈り取られたこともあれば、首を刈り取られたこともあるミーアは、ふぅっとため息を吐いた。
「ともかく、彼女から少し事情を聴こうと思っておりますの」
「なるほど……。そういうことならば、どうか私にお任せを……」
っと生真面目な顔で言うルードヴィッヒに、ミーアは嫣然たる笑みを浮かべて、
「ふふふ、あなたの手を煩わせる必要はございませんわ。わたくしが直々に話を聞き出してまいりますわ」
その答えに、ディオンが面白そうに目を瞬かせた。
「へぇ、姫さんが、ねぇ……。御自ら拷問をなさると?」
ちらり、と盗賊少女のほうに目を向けると……、少女は、ひぃぃぃっと小さな悲鳴を上げた。
ミーアは「やっぱり、この子とは気が合いそうだぞ?」と確信を持ってしまう。
「嬢ちゃん、さっきも言ったが、こいつらは……」
と口を開いた馬龍に、ミーアは安心させるように笑みを浮かべる。
「大丈夫ですわ。拷問などと、そのような野蛮なこと……、する必要などどこにもございませんわ」
小さく首を振った。それから、アンヌのほうに目を向けた。
「アンヌ……、わたくしのとっておきを用意してもらえるかしら。サンクランドで仕入れたやつですわ」
「あ、はい。わかりました」
アンヌは一瞬、迷いを見せるも、すぐに頷き、馬車のほうへと走っていった。
それから、ミーアは盗賊少女に目を向ける。
「これから、楽しい楽しいお茶会ですわよ。楽しみにしていてくださいましね」
ニッコリ笑みを浮かべるのだった。