第百三十話 楽しい女子会2~ラフィーナ、乗馬を習うことを決意する!~
「ふぅ……、それじゃあ、そろそろ寝ましょうか」
日付が変わったころ……。
どうやら、ガールズトークに満足したらしいラフィーナの言葉をきっかけにして、パジャマパーティーはお開きになった。
さてようやく眠れるぞ、と、ベッドの上に寝転んだミーア。ちなみに、ベッドの数は三つ。
アンヌは、床に寝ると言い張ったが……、
「こうして、パジャマになってしまえば、貴族も平民もないわ。そうでしょう?」
と言う、ラフィーナに押し切られる形で、ベッドを三つくっつけて、みんなで眠ることになった。
――これ……なんだか、ベッドとベッドの間に落ちそうですわね。ふわぁ……。
などと大きなあくびをしていると……、
「あ、そういえば、ミーアさん……、もうエメラルダさんの婚約騒動は片が付いたのよね?」
不意にラフィーナが話しかけてきた。
「ふぁむ……ええ、まぁ……。そうですわね……」
反射的に認めてしまう、ねむねむミーアであったが、直後……、頭がさっと冷える。
たしか……ラフィーナは言っていなかっただろうか……? サンクランドに、厄介ごとのために来た……と。
――あっ、これ、ヤバイやつかもしれませんわ……。
などと思うも、後の祭りである。
「そう……」
ラフィーナはなにやら、考え込むように黙ってから……、
「でも、そうね。ミーアさんもお忙しいでしょうから、これは覚えておいてくれるだけでいいわ。少し状況が変わったから、今すぐミーアさんの手を借りなければならない事態というのは、なさそうだし」
そう前置きしたうえで、ラフィーナは静かに話し始めた。
「実はね、馬龍さんに相談を受けていたの」
「先輩に、相談……?」
首を傾げるミーアに、ラフィーナは言った。
「そう。もう聞いていると思うけれど……ここ最近、サンクランド王国内で活動している騎馬盗賊団について……」
「ああ……、あの……」
覚えていないわけがない。そもそも、ミーアたちは、その連中に襲われたわけで……。
――ていうか、完全に忘れてましたけど……、そういえば、最初にシオンを暗殺する予定だったのは、あの連中でしたわね……。
「ええ。たしかに存じ上げておりますけれど……、その盗賊団がどうかしましたの?」
「サンクランド国内では、あれが騎馬王国の仕業であるとして、開戦もやむなし、という意見が高まりつつあった。でも、馬龍さんによるとね、あれは、騎馬王国の民の仕業ではないというの」
「なるほど。ということは、そのことをとりなすために、サンクランドまでわざわざ?」
「戦になれば、多くの民が犠牲になる。労を惜しむことはあり得ない」
ラフィーナは穏やかな口調でそう言ってから、続ける。
「でもね……、問題は、騎馬王国の民の仕業ではなくても……、騎馬王国とまったく関係のない話ではない、ということなの」
「どういうことですの?」
思わず、ラフィーナのほうに体を向ける……。と、タイミングを合わせたように、ラフィーナも、ミーアのほうに寝返りを打っていた。一つ離れたベッドの上、ラフィーナは真っ直ぐにミーアのほうを見つめて言った。
「聞いたことないかしら? 騎馬王国の、失われた一部族のこと……」
「失われた……? はて……」
不思議そうに瞳を瞬かせるミーアに、ラフィーナは言った。
「昔ね、騎馬王国には十三の部族があったと言われているの。まぁ、これは私自身も聞いた話だし、当の騎馬王国の人々も直接知っている人はいないみたい。騎馬王国では、羊皮紙を用いて歴史を書き残すという文化もなかったから、口伝のおとぎ話のレベルになってしまうのだけど……、どうも、失われた「火」の部族というのがあったらしいの」
ちなみに、林馬龍は「林」の部族。騎馬王国には、ほかにも、「森」「木」「風」「山」「丘」などの部族が存在している。
が……、火の部族というのは、ミーアは聞いたことがなかった。
「そしてね、サンクランドを荒らしている盗賊団は、その失われた「火」の一族じゃないか、と……、騎馬王国ではそう考えているみたい」
「なるほど。自分たちではないけれど、かつて自分たちと同族であった者たちが下手人と……、そういうことですわね」
ふぅむ……、とミーアは唸った。
幸いにして、少しだけ眠気が飛んで、頭はすっきりしていた。
どうも、先ほどの恋話で、脳が活性化していたのが良かったらしい。実に恋愛脳なミーアなのである。
「それは、たしかに、サンクランドに誤解されても仕方ありませんわね」
「ええ……。なんなら、わざと誤解することだって、あるかもしれないわ……」
それを口実に、攻め込み、その地をサンクランドに併呑する……。
なるほど、サンクランドの強硬的な貴族の中には、この状況を嬉々として利用しようとする者がいるかもしれない。
「たしかに、その通りですわね。では、ラフィーナさまは、それを抑えるために、サンクランドに来た、と?」
「ええ。それが一つ。もう一つは、ミーアさんを襲った暗殺者が、その一部族の人なんじゃないかって思ってね。だから、盗賊団の中にそれらしい人間がいなかったか、聞きにきたの」
「……狼使いが」
不意に、つぶやくような声。見ると、シュトリナが、少しだけ強張った顔をしていた。
顔色も、少しだけ悪いような気がする。そんなシュトリナを……、
「リーナちゃん……、大丈夫だから」
横にいたベルがギュッと抱きしめた。
「……うん、ありがと」
それで少し落ち着いたのか、シュトリナはコクリと小さく頷いた。
「そうですわ。あいつなんか、わたくしでも振り切れそうでしたし……。あ、そうですわ。みんなで乗馬を習うのはどうかしら?」
ふと、ミーアは思いつく。
実際のところ、あの時は、ギリギリ逃げ切れたという感じだったが……。
――ベルやリーナさんにも、いざという時のために、乗る練習をしておいてもらえば、わたくしが一緒に乗せてあげなくてもよいかもしれませんわ。そうなれば、その分、軽くなって、余裕をもって逃げられるはず……。
などと考えるミーアである。できるだけ生存率を上げるため、余念はないのだ。
「みんなで……? え? あの、ミーアさん……、もしかして、私も……かしら?」
「……ん?」
ふと見ると、なぜだろう……、ラフィーナが呆然とした顔をしていた。
「え? あ、ええ、そうですわね。たしかに、ラフィーナさまも練習するのはよろしいのではないかしら? 遠乗りとか、気晴らしになりますし……」
「……遠乗り……」
小さくつぶやき……、ラフィーナは……、
「……お友だちから、遠乗りに……誘われた……? 私が……?」
などと、ぶつぶつ言っていたが……。
「ええ、ええ。わかったわ。ミーアさん。遠乗り、楽しみにしてるわね!」
なぜだか、めちゃくちゃ、気合が入った顔をするラフィーナであった。
ちなみに、次の日の朝……ミーアの姿はベッドの上になかった。
ということで、来週は一週間お休みといたします。
再来週月曜日にまた……始められるといいなぁ……、と思っております。
では、また。