第百二十九話 楽しい女子会~ミーア姫、使命感に燃える~
王城でのダンスパーティーの後、ミーア一行はラフィーナの宿に移動した。
そこで、二次会の女子会を行おうという趣向である。
食卓に着くと、さっそく出てきたのは、もくもくと湯気の上がるシチューだった。
濃厚なクリームシチューの中には、ざっくりと大きめに切ったパンが入っている。ほっくりと煮込まれた陽甘芋の黄金色、立ち上るほのかに甘い濃密な香りに、ミーアは思わずうっとりする。
スプーンですくい、口へと運ぶ。っと、芋はまるで糸がほぐれるようにして、さくり、ほろり、と舌の上で溶けていく。後に残るのは濃密な甘みと、果実のような香り。それをクリームシチューのコクのある味が包み込む。
ほふ、ほふ、と息を吐きながら、ミーアは見つける!
シチューの中に隠れるようにして顔を出す海藻のようなもの……。それは……っ!
「サンバピルツ……。もしや、これは……、あの伝説のキノコでは……?」
「ええ。食べた者は喜びのあまり舌が踊りだすというキノコです。サンクランドでは比較的、採れるものなので……」
「なんとっ! それは素晴らしいですわ!」
では、早速、とミーアはそれを口に入れる。
ふる、ふるっと震えるキノコ。薄い形状をしているからか、それは舌の上を絶妙に踊る。その、なんともこそばゆいような、不思議な食感に、ミーアは思わず笑ってしまう。
噛み締めた瞬間、口の中に広がるのは、味わい深いキノコの滋味……。大地の恵みを凝縮したようなその味に、こってりとしたシチューの味が合わさって……、実になんとも……。
「ほぁあ……。とても美味しいですわ」
たっぷりシチューを吸ったパンも、柔らかく煮られた陽光ニンジンも、そのすべてが、ミーアの心を満たしていく。
――ふむ、エメラルダさんがエシャール殿下と婚儀を結べば、自然とサンクランドとの関係が強化されるはず。となれば、このキノコが献上されることもあるはず……。しかし、キノコだけでなく、このシチューそのものが絶品ですわね!
そうして、お夜食のシチューに大変満足したミーアは……眠くなってきた。
お腹一杯になったら眠くなるのが人間というもの。ミーアは、どんな時にも人間らしさを失わない人なのだ。
「ふぁむ……、今からランプロン伯のところに帰るのも……、億劫ですわね」
あくびを噛み殺しつつ、そんなことをつぶやいていると……、なぜか、ラフィーナが目をキラッキラさせてから、なにやら深呼吸して……。それからキリッとした顔で、
「そうね。あまり夜遅くに女性が外を出歩くものではないわ。どうかしら? 今夜はここに泊って行ったら?」
「え……? でも、よろしいんですの?」
眠気にぽやーっとした顔で、そう尋ねると……、
「もちろんよ。ここは宿屋。部屋もたくさんあるし。それに、蛇の手の者もどこに潜んでいるかわからないけれど、ここならば安全よ」
グッと拳を握りしめるラフィーナに
「ふぅあむ……。そう……ですわね。それじゃあ、そうさせていただこうかしら……? リーナさんとベルも、それでよろしいかしら?」
などということがあり……、ミーアたちはラフィーナの宿に泊まることになった。
ちなみに、ミーア、ベル、シュトリナ、アンヌの四人が泊まることになったが……、なぜか、全員でラフィーナの部屋に泊まることになった。
そう、女子会は、パジャマパーティーに移行したのだ!
……ということで、それぞれ、ラフィーナから借りたパジャマに着替えた面々は、二つのベッドの上に丸くなって座った。ちなみに……。
「こうして、パジャマに着替えてしまえば、貴族も平民もないでしょう?」
というラフィーナの一言で、アンヌも普通に参加することになった。
ミーア的にはすぐにでも寝られる状態ではあったのだが……あのような熱い決闘を見せられた後、こうして乙女たちが一堂に会してしまったのだ。
であれば、もはや避けることはできないのである……恋バナを!
「先ほどのシオン王子、すっごく格好良かったです!」
開口一番、そう主張したのは、ベルだった!
「うふふ、ベルちゃん、シオン王子のこと、好きだものね」
おかしそうに笑うシュトリナに、ベルは深々と頷いた。
「はい! もう、格好良すぎです。リーナちゃんもそう思いませんか?」
などと、話が広がっていくのを眠気眼で眺めていたミーアだったが……。
「アンヌおか……、さんは、どんな方が好みなんですか?」
ベルの発した質問に、興味を惹かれる。眠気が、薄らぐ。
アンヌに恋愛相談をすることもしばしばなミーアであるのだが、アンヌ自身の好みというのは、そういえば聞いていなかった。
ということで、興味津々にアンヌのほうに目を向けると……、
「いえ。私は結婚しません。ミーアさまのおそばにずっと仕えたいと思ってますから……。あっ、もちろん、ご迷惑でなければ、ですけど……」
それから、不安そうな目で見つめてくるアンヌ。そんな忠臣に、ミーアは小さく首を傾げた。
「はて……? 迷惑なんてことは全然ありませんけれど……というか、そもそも、結婚してからも仕えてもらうつもりですわよ? わたくしの専属メイドとして……、ああ、でも、わたくしの子どもが生まれたら乳母としてきていただくのが良いかしら……? ともかく、夫を持ったからと言って、仕事を辞める必要なんか、まったくありませんわ」
第一、アンヌが独り身で、自分は恋愛を謳歌するのは、いまいち気が引けてしまうミーアである。美味しいものは、みんなでシェアする。恋愛もみんなで楽しめるのが一番なのだ。
「ミーアさま……」
アンヌは、一転、感動にウルウル瞳を潤ませていた。
「まぁ、そういうわけですから。もしも、アンヌが忙しくて恋する暇もないというのならば、わたくしがお相手を見繕わなければなりませんわ。さぁ、アンヌ、あなたの好みを聞かせていただきますわよ?」
そうして楽しいガールズトークが続いていた……のだが。
「ところで、ラフィーナさまの好みはどんな方なんですか?」
誰かの口からその質問が出た時に、ミーアは、かすかに姿勢を正した。
なにしろ、あの、聖女ラフィーナの男性の好みである。興味を惹かれないわけがないではないのだが……、同時に、ミーアにはそんなことを自分から聞く勇気もなく……。
――誰が言ったか知りませんけれど、大した勇気ですわね……。
内心で、その蛮勇を称えつつも、ミーアはラフィーナを見守る。っと……、
「私の好み……そうね……」
ラフィーナは、頬に指をあて、ちょこん、と首を傾げる……。
「特には……いないかしら?」
「え? でも、シオン王子とか、格好よくないですか? それにキースウッドさんとか、とても素敵で……」
声を上げたベル。グイグイいく!
ベルの中にはもはや、司教帝に対する恐れは……たぶんない!
「んー、お二人とも素敵な人だけれど……」
ラフィーナは、ニッコニコと笑顔で、
「私の好みには合わないかもしれないわ」
ざっくり切り捨てた!
ミーアは、なんとなぁく、前時間軸で、笑顔で切り付けられたことを思い出した。
「えー、じゃあ、どういう人がいいんですか?」
自分が考えうる最高の人物を例に挙げたのに、いまいち反応が芳しくない。
それが不満なのか、ベルはぷっくーっと頬を膨らませて言った。
「んー、そうね……」
ラフィーナは、小さく首を傾げてから、もじもじと言った。
「強いて言うなら……お姫さま抱っことかしてくれる人……かしら?」
……突然、ラフィーナがおかしくなった。
ミーア、思わずラフィーナの顔を見て、咄嗟に、自分の飲み物を口の中に含む。
……酒精は……感じられない!
ミーアは、ラフィーナを、再びラフィーナの顔を凝視する。
俗にいう二度見である!
――ラフィーナさま……素面……ですわよね?
ラフィーナに変わった様子はない。
念のため、シュシュっとシュトリナのほうを見ると、シュトリナは、さりげなくラフィーナの飲み物の香りを確認! それから、自分のジュースをチロッと小さな舌で舐めて……、大きく頷いた。
どうやら、本当にお酒ではないらしい。
――しかし……お、お姫さま抱っこ? これはいかにも現実離れしているというか……、リアリティがないような……?
現実にいない、というのではない。そうではなくって、具体性に欠けるというか、ふわふわしているというか……。ラフィーナの理想の男性像がまるで見えてこない、そんな答えだった。
ミーアは、不意に危機感を抱いた。
シュシュっと視線を巡らせたミーアは、素早く、ベルに耳打ちする。
「……ちなみに、ベル、司教帝ラフィーナさまは、ご結婚は……」
っと、ベルは、きょとりん、と不思議そうな顔で首を傾げて……、
「そんな命知らずな人はいないと思いますけど……」
――ああ……。ですわよね、やっぱり……。
「あっ、でも! ディオン将軍だったら、そのぐらいのことやれるかもしれません」
――そうでしょうけどね!
心の中で叫んでから、ミーアは改めて思った。
――これは、ラフィーナさま……、結婚相手に苦労しそうですわよ?
無論、ラフィーナはヴェールガ公爵令嬢である。父であるヴェールガ公爵は、きちんとした相手を連れてくるだろうし、それを真っ向から拒否はしないだろう。しないだろうが……。
――ラフィーナさまのお父さまも……、毎年、肖像画を描かせるぐらいの親ばかですわ。
普通程度の親ばかであれば……良い。が、毎年、肖像画を描かせ、あろうことか、それを周辺国に売るという暴挙。うちの娘は、これだけ可愛いんだぞ! と声高に宣言するようなことをやらかす人である。
ミーアは、そこに、自らの父と似た匂いを感じる。
そして……。
――そういうお父さまであれば、ラフィーナさまが、少しでも気に入らない相手であれば、当然、無理にとは言わないはず。
そうして、ラフィーナの相手探しは難航し……傷ついたラフィーナは……司教帝に堕ちるかもしれない!
――それに、ラフィーナさまは、わたくしのことをお友達と思っていてくれているみたいですし……。ならば、その思いに応えたいですわ。
友として……、それ以上に恋愛の熟練者として、ミーアは使命感に燃えた。
なんとしても、ラフィーナにぴったりの男性を紹介して、それで、ラフィーナに引き続き、丸いままでいてもらわなければならない。なんだったら、もっと幸せになって、もっとFNYってもらってもなんら問題ない!
そのためには……!
「ラフィーナさま、我々は将来、世継ぎをもうけなければならぬ身。国を、民を、安んじるために、それは必要なことですわ。であれば、相手の殿方のことを、多少なりとも具体的に考えておく必要があるのではないかしら……?」
「……うーん、そう言われれば、たしかにそうね」
ミーアに言われて、さすがにラフィーナも真面目な顔をする。
それから、頬に手を当てて、
「とりあえず……尊敬できる殿方がいいかしら?」
「尊敬できる……?」
「ええ。無私で、誰かのためになにかをするのに躊躇がない人。子どもやお年寄り、弱い者たちに優しくて……でも、権力者の横暴には断固として戦える人。別に強くなくってもかまわない。でも、静かに、折れることなく抵抗できる……、そういう人ならば、他は特に問わないわ」
「ふむふむ……、なるほ……ど?」
不意に……、ミーアの脳裏に、一人の人物の姿が過る。
その者は、貧しい者に冷たい世間に、断固として、けれど、静かに立ち向かっていた。
貧しい子どもたちを守るため、身を粉にして働いていた。
劣悪な環境においても、まず子どもたちのことを考え、自分のことは後回しにする『無私』の人……。他人のために行動することに、躊躇いのない、弱い者たちにこの上なく優しい人……。
――新月地区の……神父さま!
ちょっぴり……、いや、だいぶ年上ではあるが……、中央正教会の関係者だ。
候補としてはあり得るのではないだろうか?
そう思いつつも、ミーアは重要なことを聞いておく。
「ちなみに、筋肉とかは……?」
「……え? き、筋肉?」
怪訝そうな顔をするラフィーナに、ミーアはぶんぶんと手を振った。
――筋骨隆々の大男好きなルヴィさんは、例外でしたわ。普通は男性の好みに、筋肉量は聞かないものでしたわ!
うっかりヘンテコなことを聞いてしまったミーアであるが、ん、んんっ、と喉を鳴らして気分を切り替える。
「筋肉というか、身長ですわね。それに、体格。顔とかも重要ですし、剣術とか、勉学とか、爵位とか……」
「私個人としては、すべて不問ね」
「では、年齢は……?」
「立場上、あまり年上だと困るけれど、私自身は、それほど問わないわ」
年上すぎて世継ぎがもうけられない、というのであれば問題だが……、ということだろう。ミーアは、神父の顔を思い浮かべる。
――ふむ……、なんとかならないこともないのではないかしら?
「同じ信仰を持ち、私のことを愛してくれるならば……、どんな人でも……」
――完璧ですわ! 教会の神父さまで、ラフィーナさまのことも大好き! これは、あの方を推薦するしか……。
「あっ、でも、一つだけ重要な条件があったわ」
と、そこで、ラフィーナは、パンっと手を打った。
「ほう、条件……、それは?」
尋ねるミーアに、ラフィーナは神妙な顔で言う。
「……私の肖像画を持ってないこと」
「あ、ああ……ですわよね」
……こうして、ミーアの頭の中で、神父さんが候補から消えていくのだった。