第四十九話 ミーア姫はボッチじゃない
突然だが、ミーアは別にボッチではない。
大国、ティアムーン帝国の姫に相応しく、その周囲にはいつも数多くの取り巻きの女子たちがついている。
アンヌに関してなにも言わなかった者、という条件が付くので、前の時間軸よりは、その数が減ってはいるものの、それでも、クラスの最大派閥と言っても過言ではなかった。
さて、そんな彼女のクラスにはミーア派を筆頭に、いくつかのグループが存在している。
部活であったり、共通の故郷であったり、結びつきはさまざまだが、ともあれ、生徒たちは気の合う仲間たちと、あるいは利害の一致する者たちと、ともに行動し集団を構成する。
けれど、ごく当たり前の話だが、そんな集団に属せない、真にボッチとも言うべき者は、どうしても出てきてしまう。
ミーアのクラスにも、そんな少女がいた。
名前は、クロエ・フォークロード。もっさりとした黒髪と、分厚い眼鏡が特徴的な内気な少女である。
授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
「はぁ……」
口々に解放を喜ぶ生徒たちの中で、クロエは、深く長いため息を吐いた。
彼女の実家は、それなりに大きな商家だった。
父も母も小さなキャラバン隊から商会を立ち上げ、果ては爵位を賜るまでに至った世渡り上手の人たちであったが、その娘のクロエは生まれつき大人しい性格をしていた。
どちらかと言えば人見知りをする方だったのに、幼いころからいろいろなところに連れて行かれ、さまざまな人たちと引き合わされたせいで、かえって、その人見知りの傾向は悪化していた。
それを見かねた両親は多額の寄付とコネを使い、大陸最高峰のセントノエル学園にクロエを入学させたが……。家柄と伝統を重んじる貴族の子弟たちの中にあって、金で爵位を買った新参者は浮くばかり。
かくて、クロエは孤独な学園生活を送ることになってしまったのだ。
クラスになじめない者にとって、一番つらいのは、なんと言っても休み時間である。
“友だちと楽しくおしゃべりを楽しむ時間”を一人でどう過ごすか、クロエはいつも悩んでいた。
そんな彼女の一番の助けは、実家から持ってきた本だった。
知識の集積である本は、もともと高値で取引される有力な商品だ。クロエの実家であるフォークロード商会でも、昔から主力商品として取り扱っており、クロエも本に親しんでいた。
入学の際にも多くの本を持ってきていたのだが……。
――これが最後の一冊か……。
毎日のように、休み時間に読み進めていたら、すぐに読み終わってしまうのも不思議ではなかった。
――明日から、どうしよう……?
読んでる本は残り二十ページを切っていた。どれだけゆっくり読んだとしても、明日には読み終わってしまう。
――勇気を出して誰かに話しかける? そんなの、絶対に無理。
勇気を出すのであれば、学校が始まってすぐでなければならなかったのだ。こうして、クラス内にある程度のグループができてしまっては、もう手遅れで……。
――いっそ消えちゃいたい……。
なんて、ことまで思ってしまって……クロエは机に突っ伏した。別に悲しいわけじゃないのに、目にはじんわり、涙が浮かびあがる。
そんな時だった。
「ちょっと、あなた……」
「はぁ……」
「ねぇ、少しよろしいかしら?」
「……え?」
クロエは、ぼんやりと顔をあげた。
にじんだ視界の向こう側に、その少女は立っていた。
「…………ぇ?」
クロエは、驚愕のあまり、一瞬固まった。
そこにいたのは、このクラスの覇者、学年有数の有名人である、大帝国の皇女殿下。
ミーア・ルーナ・ティアムーンだったからだ。
「あ……ぇっと、え?」
混乱のあまり上手く言葉が出ないクロエをよそに、ミーアは、机の上に置かれていた本を眺めていた。
「なにを読んでいますの?」
「あ、それ、えっと……、砂漠の、植物の図鑑……。ど、どうやって水をとってるかとか、そういうことが、書いてあって、それで……」
なんだか、この学校に来てはじめて、人とまともに会話したような気がした。クロエは少しだけ前のめりになりながら、懸命にミーアに説明する。
説明を聞いたミーアは眉間にしわを寄せながら、
「……それ、面白いんですの?」
「はい! ……あ、いえ。あの、読んでもあんまり面白くない、かも。私は面白いんですけど……、ほかの人は面白くない、かも……」
「ふーん……。よく本を読んでるようですけど、物語とかは読みませんの?」
「あ、はい。読みます。小さな国の王子さまとお姫さまの恋物語とか、好き。でも、持ってきた本、全部読んじゃって、それで……」
っと、なぜだろう……。ミーアの瞳が、一瞬、ぎらり、と輝いたように感じた。それはまるで、ネズミを狙う猫のような……。
一瞬、身を引きかけたクロエ。その手を、逃がさん、とばかりに捕まえたミーアは満面の笑みを浮かべて、
「あなたのような方を、探しておりましたの。あなた、わたくしとお友だちになりません?」
クロエが思いもしなかった提案をするのだった。
土曜日に四回投稿しておりましたが、諸事情により通常と同じ12時投稿の一回に変更することにいたしました。
楽しみにされていた方、申し訳ありません。