第百二十二話 シオンの決断3 ~置いてけぼりの姫殿下~
シオンがアベルに勝負を挑んだ。
ミーアは…………混乱した!
――え? え、ええと、これは、どういう……。わたくしを懸けて勝負って…………はぇ?
大混乱だった!
なにが、どうしていきなりそんな話になったのか、まったくもって理解が追い付かないミーアである。
――わたくしを懸けて、ということは、つまりシオンは、わたくしのことを…………?
あまりにも突然のことで、ミーアがアワアワしているうちにも、状況は動き始めていた。
「それでは、会場を落ち着かせてまいります。どうか父上は、安静になさっていてください」
「任せたぞ、シオン。ああ……それと、ルドルフォン辺土伯令嬢は少しの間だけ残ってもらえるだろうか?」
「……はい。わかりました」
エイブラム王の声に、神妙な顔で頷くティオーナ。
ということで、ティオーナを残した一行は、シオンを先頭に会場へきびきび移動する。
一方、ミーアはあまりの混乱に目をぐるぐるさせる。
「あの、ミーアさま、大丈夫ですか?」
そんなミーアに、アンヌが心配そうに声をかけてきた。
「なっ、なにが起きているのか、まったく理解できませんわ」
「ははは、姫さんは男心がわかってないなぁ。そんなことを言ったら、シオン殿下が可哀想ですよ?」
肩をすくめつつ近づいてきたのは、ディオンだった。
「なにが起きてるかって、あんなにわかりやすい告白を受けているのに」
「そっ、そんなわけありませんわ。よりによって、シオンが、わたくしをだなんて……。きっとなにかを企んでるに違いありませんわ!」
などと言いつつも、頭がポーっとしてしまうミーアである。
そうこうしているうちに、一行は会場へと到着した。
「シオン殿下、エイブラム陛下のご容態は?」
「陛下はご無事なのですか?」
「いったい、誰がこんなことを?」
口々に話しかけてくるサンクランド貴族に目を向け、シオンは凛とした声で言った。
「静まれ。国王陛下は今、自室で休まれている。意識もあるし、普通に会話もできる。医官によれば、安静にしていれば、回復するだろうとのことだ」
それから、シオンはシュトリナのほうに向き直り、みなの前で頭を下げた。
「君のおかげだ。イエロームーン公爵令嬢。改めて、サンクランドを代表してお礼と……、そして、先ほどの非礼を詫びさせていただきたい」
シオンに続き、疑いをかけてきた貴族たちも謝罪の言葉を口にする。
「先ほどは、取り乱していた。なんとお詫びを言えば良いのか……」
「陛下の命を救っていただいたことに、心からの感謝を」
それを受けたシュトリナは、にっこり可憐な笑みを浮かべて、なにかを言おうとした……ようだったが、シュシュっとそばにベルがいることを確認すると、
「……いえ、あのような状況では混乱するのは人として当たり前のことですから」
無難な答えを返して一歩引いた。直後、
「リーナちゃん、すごい! いったい、なにがあったんですか?」
唐突にベルに言われて……、シュトリナは、瞳をパチパチと瞬かせた後、
「えへへ……。本当に大したことしてないんだよ?」
などと無邪気に笑っていた。
まぁ、それはさておき……。
「それで、エイブラム陛下に毒を盛った下手人はいったい……」
「現在、調べているところだが……、どうも、怪しげな者が城にもぐりこみ、毒を投入したらしい」
「なっ、なんですと!?」
「情報によれば、その者は開放市場に出入りしていたらしく……。そうだな、あまり他国のお客人には聞かせたくはないことだが……、我が国の諜報部隊に紛れ込み悪さをした者たちの仲間のようなのだ」
「なっ……」
その言葉に、サンクランド貴族たちは一様に黙り込む。風鴉になにが起きたのかを知る彼らは、それだけで、暗殺者の実力を察したのだ。
一方、詳しい事情を知らない他国の者たちは、首を傾げていた。
「しかし、この城に忍び込むなど……そのようなことが可能なのですか?」
と、その時だった。
会場内に一人の兵士が走りこんできた。
「失礼いたします。殿下、実は……」
慌てた様子の兵士は、そのままシオンに耳打ちする。
シオンは、一瞬、驚いたように目を見開き……、次の瞬間、キースウッドのほうに目をやった。それから、
「ああ、なるほど……」
小さく納得の頷きを見せてから、みなのほうへと向き直った。
「今、連絡が入った。城の見張りが一名、賊に殴り倒されたらしい」
「なっ!」
何人かの貴族から、驚愕の声が上がる。
それは、サンクランド貴族ばかりではない。他国の者たちも、言葉を失っていた。
サンクランドの兵の練度は、決して低くはない。
国王の城を固める者たちは、王の人柄に惹かれて従軍した、忠義に厚い者たちばかり。日々の鍛練にも熱心に取り組む精兵揃いだ。
それが、命を奪われることなく、無力化された。
しかも、被害がそれだけということは、その他の兵は、賊の姿を見つけることすらできなかったのだ。
「賊の人数は四人。どのようにして城に入ったのか、見当もつかない。あるいは、この会場の関係者を装って入ったのかもしれないが……。いずれにせよ、これから調べていく必要があるだろう」
もっともらしいことを堂々と言うシオン。っと、そこで、
「それではまさか、辺境より公爵殿をどなたか、王都に呼び戻すのですか?」
わずかばかり困惑のこもった声が響いた。
サンクランド王国は、ティアムーン帝国とは異なるパワーバランスを持った国である。
それは、サンクランドの国是に由来した配置だった。
王の公正なる統治により、民の安寧を実現すること……その実現のために避けるべきことはなにか?
それは「公正なる統治」を求めて編入してきた地域で「不公正な統治」が行われることである。そうなってしまった時点で、サンクランドの正義は大きく揺らぐ。
結果、必然的に新しく加わった土地には信頼のおける、実力のある領主を派遣する必要があった。
それゆえ、サンクランド王国は、王都に近い地域に、王のサポートをする人員を、王都から離れた辺境部に王の外戚、あるいは、優秀な貴族が行くことが常となっていた。
そして、国の要である国王になにかがあった場合には、それらの有力貴族を王都に呼び戻す必要が出てくる。が……。
「いや、それには及ばない。先ほども言ったが、陛下は数日も休まれれば、また普通に公務に戻ることができるだろう。大丈夫だ。復讐戦の指揮は、陛下御本人がとるのが筋というものだ。そうではないか?」
にやり、と悪戯っぽい笑みを浮かべるシオンに、周りのサンクランドの貴族たちが沸き立った。
「おお、それはまさに。殿下のおっしゃる通りにございます」
それを見て、招待客の間にも安堵の空気が広がる。
会場の空気が変わったのを確認したうえで、シオンは言った。
「さて、このようなことになってしまった以上、このまま舞踏会を続けるわけにもいかない。かといって、このままお帰りいただくのも申し訳ない。お詫びというのもおかしな話だが、一つ、最後に余興を披露して、今日の会をお開きにしたいと思う」
それから、シオンは彼の正面に立っていたアベルのもとに歩み寄った。
「実は、私の友が、今日ここにきている。レムノ王国のアベル王子だ」
みなにアベルの紹介をしてから、シオンは華やかな笑みを浮かべた。
「そこで余興に一つ、彼と剣術の立ち合いを披露しようと思うのだが……どうだろうか?」
それを聞いて、何人かの者は一瞬怪訝そうな顔をした。けれど、それもすぐに消え、理解の色が広がる。
本来、そのようなことを悠長にしている場合ではない。すべきことは山積しているし、いくら安静にしているとはいえ、王を放っておくわけにもいかないはず……。
けれど、ここで警戒している様子を見せでもしたら、そちらのほうが不安を煽ることになる。
エイブラムが健在であり、なおかつ、ゲストに対する気遣いをする余裕もある。そのようなところを見せたいのだ、と、人々は判断したのだ。
であるならば、年若い王子がとった態度としては、それは十分に合格といえるものだった。それに、シオンの様子を見るに、本当に、エイブラム王の容態も悪くはないのかもしれない。
ならば、未来の国王シオンの配慮を素直に楽しむのも良いだろう。
会場に集う誰もが、そのような判断をし、大いに盛り上がりを見せた。
一気に熱気を増した会場内に目をやり、アベルは、やれやれと首を振った。
「しかし、このような場で雌雄を決するだなんて、君は意外と目立ちたがり屋なのだね、シオン」
上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げながら、アベルは苦笑いを浮かべる。
「なに。せっかくだから、俺の友人の強さを周りの者たちにも紹介してやろうと思ったまでのことだよ」
「それは……。ますます期待に応えないわけにはいかなくなったな……。無様に負けるわけにはいかないだろうね」
練習用の刃引きがされた剣を持ち、軽く振りつつ、会場の中心のスペースへと向かう。
そこは、ちょうどダンスができるように、広いスペースが確保されていた。
「ははは、最初から負けるつもりなんかないだろう」
快活に笑い、シオンは剣を構える。
「さて、それでは改めて、雌雄を決することとしようか。アベル、我が友よ」
かくて、決戦の幕は切って落とされる。
「…………はぇ?」
ヒロインたる姫を、半ば置き去りにして……。
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