第百十六話 ミーアベル問答。王とはなにか?
「失礼いたします。陛下、キースウッド殿が急ぎの用事ということで、ご案内してもよろしいでしょうか?」
部屋の外を守っていた近衛が、部屋に入ってきた。
王の許可を得て、中に入ってきたのはキースウッド、ディオン、それに、なぜか、額の汗をぬぐって緊張した面持ちをしているコネリー…………を率いたベルだった。
「あら? ベル、今までどこに……?」
「あ、ミーアお姉さま。ちょっとお城の中をぼうけ……んがくしていました!」
――ああ、冒険してましたのね。っていうか、全然、隠せてませんわね、ベル……。
ミーアは、孫娘の口下手に、やれやれ、と首を振った。
――上手く誤魔化せないと、いろいろと苦労すると思うのですけど……、その割にディオンさんあたりとも普通に付き合えてるのが解せませんわね……。
一歩間違えば首を飛ばしに来る男と、なぜ、そんなにも平然と付き合えるのか……首を傾げるばかりのミーアである。
ベルの様子に苦笑していたキースウッドだったが、エイブラムのほうに顔を向けて、膝をつく。
「ご無事でなによりです、陛下」
「ああ。ミーア姫と、お嬢さん方に救われた」
エイブラムは穏やかな笑みを浮かべて、ティオーナと、シュトリナに目を向けてから、
「して、キースウッド。急ぎのこととは?」
「はい。実は、ミーア姫殿下からの報を受け、エシャール殿下のお部屋を探らせていただきました。大変、失礼なことながら事が事でしたので……」
エイブラムは、しばし、瞑目したが……、
「申し訳ありません。今日、知らせを受けお伝えする時間もなく……」
「当然のことであろうな。この日に、エシャールが行動を起こしたことは不運であったというほかあるまい」
深々とため息を吐くエイブラムを横目に見つつ、ミーアはベルに話しかける。
「それで、なぜ、ベルがキースウッドさんたちと一緒にいるんですの?」
「あ、はい。実はですね……」
そうして、ベルは話し出す。お城を、ぼうけ……んがくした話を。
「こっちのほうです」
コネリーを伴ったベルは、ずんずんお城の中を進んでいく。
普通ならば、衛兵に呼び止められそうなものだが、普段から城に出入りがあり、顔が知られているコネリーがいることで、ほぼ顔パスになっているようだった。
これは……失敗しただろうか? と思うコネリーではあったが、キースウッドたちの行動が気になるのは事実。仕方がないと自分を納得させつつ、ベルの背を追う。
「そういえば、コネリーさんはランプロン伯のところ、長いんですか?」
きょとりん、と首を傾げるベル。コネリーは小さくため息を吐いて言った。
「ああ……ええ、そうですね。私が若い頃から、お世話になっております。ふふ、しかし、あの頃は、まさか、王子殿下と親しくさせていただけるようになるとは思っておりませんでしたが……」
「あ、そうでした。そういえば、エシャール王子とも、お付き合いが長いんでしたね。ランプロン伯爵は、エシャール王子の養育係でしたっけ……」
ベルは、ふと、思いついたといった様子で言った。
「あの、一つお聞きしたいのですけど……」
「なんでしょうか?」
「王とは、なんでしょうか?」
突然の問いかけに、コネリーは、瞳を瞬かせる。
「王……、エイブラム陛下のことでしょうか?」
「えーと、そうではなくてですね……」
小さく首を傾げてから、ベルは言った。
「王や皇帝、人の上に立ち、統治するものに興味があって……。王子さまや王女さまでもいいんですけど、どういうものかなって……」
「ああ、なるほど……」
コネリーは小さく頷く。
恐らくこの少女は、ミーア姫やシオン王子と親しくするうちに、王族に興味を持ったのだろう。
そう判断はしたものの……、その問いかけは、なかなか難しい。
「そう……ですな。私にとって王というのは……、神の代行者、といった感じでしょうか」
「神の代行者?」
コネリーは深く頷いた。
「我ら大陸の民は神を信仰するもの。ゆえに、すべての人は神聖典に善悪の基準を置いております。されど、いつも神聖典にあてはめられるわけではない。難しい判断を求められる時があるのですが、そのような時に判断するのが王です。善悪の判断を下し、神の権能を代行するもの、その委託を受けたもの、それが王であると、私は思っております。それゆえ、絶対的な信頼を王に寄せるのです」
「それが、サンクランドの王の在り方……ですか?」
腕組みして頷いていたベルだったが……、直後、
「きゃっ!」
小さな悲鳴を上げた。驚き、そちらに視線を向けると、腕を掴まれたベルの姿があった。
「なにをする!」
咄嗟に助けに入ろうとしたコネリーだったが……、すぐに、彼女を捕まえている者に気付き自重する。なぜなら、そこに立っていたのは……、
「おやおや、誰がついてきてるのかと思ったら……君か」
ミーア姫の剣、ディオン・アライアと、そして、
「コネリー殿まで、いったいどうされたのです?」
怪訝そうな顔で首を傾げるキースウッドだったからだ。