第百十三話 審判の時、敵味方……
サンクランド国王の私室へとミーアは呼ばれた。
同じく、エメラルダとシュトリナ、ラフィーナもだ。
――リーナさんは、解毒を担った関係者、エメラルダさんは、あのパーティーの主役。ラフィーナさまは、ヴェールガの聖女ですし、あの場にいれば呼ばざるを得ませんしね。
ルードヴィッヒとアンヌ、それにアベルは呼ばれていない。解毒が行われたとはいえ、王の状態を考えれば、必要最低限の人員に絞ったということなのだろう。
ちなみに、ティオーナに関しては、成り行きで、エイブラムに付き添って会場を出ていた。
――もしかしたら、汚れたドレスの着替えをもらっているかもしれませんわね……。まぁ、それはともかく、最悪はエシャール王子が毒を入れた主犯に断定されること……、そうなれば死罪は免れないでしょうし……。それだけは避けるべきですわね。
会場を出がけに、手近にあったクッキーをパクリ、ペロリ、として糖分摂取。
脳の働きを活性化させつつ、ミーアは方針を決める。
――基本方針は、混沌の蛇に徹底的に責任を押し付けること。もともと、毒を渡したのが蛇の関係者っぽいので、これは、少なくとも嘘ではありませんわ。だから、ラフィーナさまに知られても問題ないはず。
後でバレた時にも言い逃れできるように、きちんと逃げ道を用意しておくミーアである。
――そのうえで、敵味方の見極めが大切ですわね……。
先ほどのような場面であればともかく、今回は必ずしも、味方が味方にならないかもしれないのだ。
正直なところ、ミーア的には“なあなあ”で済ませてしまいたいところだ。
蛇が毒渡したのが悪いんだし、じゃあ、全部、蛇の正体不明の暗殺者に罪を押し付けちゃえばいいじゃない? とできるのが一番楽だ。エシャールは利用されて、騙されただけ、ということにしましょうよ、ということで、同意してもらえればいい。のだけれど……、
――“じゃあ、そういうことで”の一言で片付いたら楽なのですけど、そうはいかないでしょうね。
仮にそのように処理しようとした場合、恐らくシオンは良い顔をしないだろう。エイブラムも同様に。さらには、ラフィーナも味方をしてはくれないような気がする。ティオーナはどうだろうか?
――確実に味方といえるのはエメラルダさんとシュトリナさんだけかしら……。
ミーアは、同じように呼ばれた、二人の星持ち公爵令嬢を流し見る。
シュトリナに関しては問題ないだろう。元蛇だけあって口は堅いし、余計なことは言わないだろう。
エメラルダにも絶対的な信頼がおける。
なにしろ、エメラルダは面食いだ。エシャールの不利になるようなことは言わないだろう……。それに、
――わたくしの不利になることも言わないでしょう。お友だちですしね……。
先ほど、怒りの声を上げてくれたことには、ちょっぴり感動したミーアである。大勢の前で、あれだけ堂々と宣言してくれたところを見ると、いざという時にも頼って大丈夫そうだった。
そのエメラルダは今もまだプリプリ怒っていた。
「まったく無礼な方たちでしたわ。あろうことか、ミーアさまや、リーナさんに疑いをかけるだなんて、あり得ぬ暴挙。絶対に許せませんわ!」
「あの方たちにとって、エイブラム陛下は、欠かすべからざる存在……、そういうことなのではないかしら?」
エメラルダをなだめるように、そう言ったのは、ラフィーナだった。
「善悪の判断のすべてを王に委ねる。王は間違えないのだから、王に服従していれば間違いはなく……、ゆえに、自分で判断しなければならない場面では、途端に慌ててしまった。冷静さを欠いた結果、当初の目的であったミーアさんたちへの攻撃に固執した……。そんなところではないかしら?」
――なるほど。たしかに、あの時点でわたくしたちを責めたところで、かえって問題が大きくなりそうでしたし……。しかし、とりあえず、先ほどのことはお父さまの耳に入らないように気を付けておかなければいけませんわね。エメラルダさんには釘を刺しておかねば……。
などと考えていると……、
「……だからと言って許せるわけではないのだけれど……」
不穏なつぶやきが聞こえてきて……、ミーアはそちらに視線を向ける。っと、ラフィーナが……、ものすごい笑みを浮かべていた。
笑っているのに……、ミーアの背筋につめたぁいナニカが駆け抜けた。
――ひぃいっ! ら、ラフィーナさまが、まだ怒ってますわ! ものすごーく怒っておりますわ! こっ、こちらにも釘を刺しておかねばなりませんわ!
ということで、面倒なことにならないうちに、ミーアは動き出す。
「ま、まぁ、あの方たちもエイブラム陛下がきちんと咎めてくださるでしょうし、サンクランドとの関係がこじれると蛇の付け入る隙にもなりますわ。そもそも、今回の毒物にしても、蛇の手によるもののようですし……」
全力で、共通の敵へと敵意を向けていく。
「混沌の蛇が……?」
ラフィーナは、その言葉にハッとした顔をする。
「ええ。どうやら、その疑いが強そうですわ。ねぇ、リーナさん」
話を振られたシュトリナは小さく頷き、ことの経緯を説明する。
「騎馬王国風の男が……。そう……」
考え込むラフィーナを横目に、ミーアはふーっ、とため息を吐く。
――とりあえず、これで、ラフィーナさまも慎重に考えてくださるはず。しかし、ルードヴィッヒがいないのが悔やまれますわね。彼の知恵を借りられないのは痛手ですわ。それに、アンヌ……。忠臣がいないのは、少し心細いですわね……。
頼りになる右腕と左腕が、かたわらに控えていないのが、なんとも不安だった。
――ほかの方たちの出方が見えませんし、エシャール王子自身、どのように動くのか読めませんけれど、ともかく、乗り切るしかありませんわ。
気合とともに、ミーアは部屋に入った。
入ってすぐ、ベッドの上に横たわるエイブラム王の姿が見えた。
老齢の医官が横に控えているものの、他の医官の姿もなく、どうやら、シュトリナの解毒は上手くいったらしい。
さらに、その傍らには王妃、それに、ドレスを着替えたティオーナの姿があった。
重たい空気にすっかり参っていたのだろう、ティオーナは、ミーアたちのほうに目を向けると、ホッと小さく息を吐いた。
それから、一礼すると、ミーアたちのほうに急ぎ足でやってきた。
それと入れ替わるようにしてシオンと、少し遅れてエシャールが国王のもとへと歩み寄った。
その後につき、さらに、ランプロン伯と、老境の男が向かう。おそらくは彼も、国の重鎮なのだろう。と思っていると自己紹介があった。
どうやら、宰相らしい。
ともあれ、これにて役者は揃ったのか、国王が重々しい口調で言った。
「わざわざ、足を運んでもらい、申し訳なかった」
声はかすれ、弱弱しかったが、それでも、その目に宿る輝きは依然として力強いものがあった。
「先ほどの無礼、改めて謝罪したい。イエロームーン公爵令嬢。我が命を救ってもらい、感謝する」
はじめに王の目が向いたのは、シュトリナのほうだった。
「いえ、ご無事でなによりでした。お加減はいかがですか?」
シュトリナは王の顔を見て、それから、近くに立つ医官へと視線を移した。
「迅速なる治療により、陰毒はほとんど無力化できているようです」
それから、医官は深々と頭を下げた。
「陛下をお救いいただき、感謝いたします」
それに続き王妃とシオン、エシャール、さらにランプロン伯と宰相が頭を下げる。
その礼を受けて、シュトリナは、珍しく戸惑ったような顔をした。他人から感謝されることに、慣れていないのだ。
それから、王は……一転して厳しい顔でエシャールのほうを見た。
「さて……エシャール、申し開きはあるか?」
その言葉に、エシャールの肩がぴくりと跳ねた。それから彼は震えを押し隠すように、ギュッと両手を握りしめて、
「申し訳ありません。父上……。なにも、弁解の言葉はございません。すべては、私の不明が招いたことです」
小さな声が、部屋の中に響いた。