第百二話 懐かしき忠臣(クソメガネ)の面影
「素晴らしいわ。そこまで民のことを……、それも、帝国だけじゃない。この大陸に住まうすべての民のことを思っているだなんて……。きっと、サンクランドとの絆は、ミーアさんの成し遂げようとしていることの、助けとなることでしょう」
ルードヴィッヒの後を継いで、ラフィーナが朗らかに言った。
ノリノリだった! 気合が満ち満ちていた!
だって、悔しかったのだ。
今回、お友だちであるミーアから頼ってもらえなかったことが……。
ミーアに遠慮されたことが、とってもとっても悔しかったラフィーナである。
なので、ミーアのために非常に気合が入っていたのである。
「私も心から誇らしく思うわ。ミーアさん、あなたのなさったことは、誇るべきことだわ。ぜひ我がヴェールガの力も使っていただきたいわ」
そう言って、ラフィーナはミーアの手を取った。大絶賛である!
これには、サンクランド貴族も慌てる。
なにしろ、聖女ラフィーナにはコネは使えない(と世間一般では思われている。実際にはお友だちのために、一肌も二肌も脱いでしまいたいラフィーナであるが……それはさておき)。貴族の権威付けに使われることを、彼女は嫌悪しているからだ。
そんなラフィーナがミーアの偉業を認めたのだ。その意味は、彼らにとってとても大きい。それは聖女が、ミーアの正義を認めたことと同義であるからだ。
一方で……、
――はて……、これは……?
ミーアは困惑していた。
ルードヴィッヒやラフィーナの様子から見て、恐らくはこれが用意していた策なのだろう。せっかくその問題は先延ばしにして、エメラルダにちょっと頑張ってもらおうかなー、と思っていたミーアとしては大いに焦ってしまったわけだが……。
けれど、それもすぐに困惑に取って変わられる。
なぜって、だって……、その組織の話、今、関係なくない? と思ってしまったからだ。
たしかに、サンクランド貴族の前で、ペルージャンに行ったことの事情を話す必要はあるわけだが……、それと、縁談による敵対勢力の強化と妨害に、なにか関係があるのだろうか?
――どうなっておりますの? ルードヴィッヒはいったいなにを……?
と、そこで、ミーア、ようやくピンとくる。
――ははぁん、なるほど……。これは、つまり次善の策、ですわね?
要するに、ルードヴィッヒとしても、今回の縁談をなんとかすることはできなかったのだ。だからこそせめて、その組織のために使えそうな人材を発掘しようと、そう考えたのだ。
――サンクランドにも協力させ、組織に必要な人材も出させようと……そのような考えに違いありませんわ!
……いや、全然違うのだが……。
――そのために、ラフィーナさまにも協力を依頼したと……。
この場にはサンクランドだけでなく、他国の要人も来ている。そのような場で、ラフィーナのお墨付きがもらえたことは非常に大きい。これでは協力せざるを得ないではないか。
――それにしても、ルードヴィッヒ、裏でそんな組織を作っておりましたの……。
ふぅむむ、とうなってから、ミーアは思う。
――わたくしは、まったくあずかり知らぬことでしたけれど、国を超えた食糧の相互援助を目的とした組織……、それがあれば、この先、帝国が飢饉に襲われたとしても助けてもらえるでしょうし……。食糧さえあれば、わたくしが断頭台に送られる可能性も低くなるはず……。ふむ……、最初は、とんでもないことを言い出したと思いましたけれど、これは、なかなか。
感心するミーアの前で、ルードヴィッヒは誇らしげに語る。
「便宜上、我々は、提唱者であるミーアさまのお名前をとって、ミーアネットと名付けております」
――そう、ルードヴィッヒ、裏でそんな悪だくみをしておりましたの……。
なんだ、ミーアネットって……。ふざけたネーミングに、思わず頭がクラッとする。
――とりあえず、組織の名前は変えさせるとして……。しかし、ただの負け戦とせずに、この場を最大限に利用する一手を打つのはさすがはルードヴィッヒですわ。
そもそも、負け戦とはいっても一時のこと。今は敵の思惑の通りに事が進んだとしても、エメラルダ次第では状況はどうなるかわからない。
――だからこそ、わたくしは先延ばしにしてしまおうと思ったのですけれど、ルードヴィッヒはこの状況をうまく利用しようとしたわけですわね。ふふふ、さすがは、あのクソメガネですわ。あの滅びかけの帝国の中でもあがいて、最善策を立て続けた男なだけありますわ。
絶望の帝国末期において、彼の指示のもと、国内を駆け回ったことを懐かしく思う。
断頭台へと転がり落ちていく中にあっても、ミーアはあがき続けた。そして、その傍らにいたのが、クソメガネだったのだ。
――ならば、此度はルードヴィッヒの策に乗って踊るのも一興。あの頃に比べれば、この程度の負け戦、どうということもありませんし、むしろ、懐かしいぐらいですわ。
気合も新たに、ミーアは一歩前に出た。
「どうもありがとう、ルードヴィッヒ。とてもわかりやすく話してくれましたわね」
それから、ミーアはラフィーナに微笑みかける。親密さをアピールするのが半分、後の半分は味方をしてくれたことへの感謝を込めて、である。
「ラフィーナさまにも、いずれお話しして協力していただかなければ、と思っておりましたけれど、こんなにあっさりと賛同していただけて、嬉しいですわ」
ほかならぬラフィーナが認めたことであることを強調したうえで、ミーアはサンクランドの貴族のほうに向き直った。
「我が臣下の言った通り、わたくしは、大陸に飢餓に対処する仕組みがあればいいと考えておりますわ。そして、ぜひ、各国には協力していただきたいと思っておりますの。無論、サンクランドの協力にも期待しておりますけれど……」
ルードヴィッヒの立てた基本方針、人材確保・協力者の確保のために全力を尽くす。
無論、有象無象に協力という名の介入を許せば、組織は混乱するかもしれない。されど、今回の場合、ミーアはそれを心配していない。
なぜならば……、そう、ラフィーナの存在があるから。
大陸のいくつもの国に影響を持つラフィーナである。しかも、サンクランドの王権は、中央正教会の神聖典を、強い根拠としたものなのだ。
場合によっては、ラフィーナの影響が最も大きい国と言ってしまっても過言ではないわけで……。
そんな国の貴族が、もしも下手な介入をしてきたら、どうするか……?
無論、ミーアはチクる。ラフィーナにチクって、お説教をしてもらうのだ!
もしそんなことになれば、その貴族のサンクランド内での立場は失墜する。それを恐れるならば、彼らに、下手な悪だくみなどできようはずもない。
――さすがはルードヴィッヒですわ。そのためのラフィーナさまの協力だったんですわね!
微妙にすれ違う主従。そんな二人の勘違いの流れに……、
「お待ちいただきたい!」
巻き込まれる者がいた!




