第百話 ミーアは、ボッチじゃなかったっ!
サンクランドの王城、ソルエスクード城。その大広間にて、ダンスパーティーは行われる。
豪華に飾り付けられた広い会場には、大勢の人々が集まっていた。
「ミーアさま、やはり、サンクランド貴族だけでなく他国の要人もいるようです」
会場内を見回したルードヴィッヒが素早く話しかけてくる。
「それは、たしかですの?」
「はい。バルタザルからもらった情報と合致する人物が何人か……」
「ふむ……まぁ、ラフィーナさまやアベルが呼ばれていた時点で、ただのパーティーではないとは思っておりましたけれど……」
そもそも、四大公爵家のエメラルダが呼ばれていること、王室主催のパーティーであることなどから考えても、かなりの規模になることは、容易に想像がつくのだが……。
――そもそも、このパーティーの趣旨自体が不明なんですのよね。
「ミーアさん、ご機嫌よう」
キョロキョロしていると、ふいに近づいてくる少女の姿が見えた。透き通るようなサラサラの髪、処女雪のように白い肌と、それを飾る透明感のある蒼いドレスが、彼女の山の清流のような清らかな雰囲気を、増し加えているようだった。
舞踏会用のドレスに身を包んだラフィーナ・オルカ・ヴェールガが、そこに立っていた。
「これは、ラフィーナさま、ご機嫌よう」
ドレスのスカートをちょこんと持ち上げ、それからミーアは完璧な礼をした。
「先日は昼食会、とても楽しかったですわ」
「ふふ、それはよかったわ。ミーアさんは、舌が肥えてるから、気に入ってもらえるか、心配だったのだけど……」
そんな二人の会話を聞きつけた、周囲の貴族がザワつき始める。
「ねぇ、あのラフィーナさまと話している方って……」
「ああ、おそらく間違いないだろう。あれが帝国の……」
そんな、興味深げな視線を涼しい顔で受け流したミーアは、さらに、少し離れた位置にアベルの姿も見つける。
「あっ、アベル、こっちですわ!」
そうして、思いっきり背伸びして手を振ると、アベルはすぐに気付いて、近づいてきた。「やぁ、ミーア。今日は一段と美しいな……」
「まっ! アベル、相変わらず口が上手いですわね! でも、ふふ、嬉しいですわ」
などと、ミーアが目的を忘れて、アベルとイチャイチャを始めようとしたところで……。
「さて、みなさま、この度は、我がサンクランド主催の舞踏会にお越しいただき、感謝いたします」
タイミングよく、声が響く。
そちらに目を向けると、声を上げたのはランプロン伯だった。
――そういえば、今日の会を取り仕切っていたのは彼でしたわね……。
などと、ほげーっと見つめていると……、事態は急変した!
「実はみなさまに、とても嬉しいご報告がございます。これは近々、発表されることではございますが、我が国の第二王子エシャール殿下と、ティアムーン帝国の星持ち公爵令嬢エメラルダさまとの縁談が決定いたしました」
朗らかに、高らかに言うランプロン伯。それを聞き、拍手する人々。
突如、その渦中に投げ出されたエメラルダは、目を白黒させて言葉を失っている。
「なっ!」
一方、ミーアもまた驚愕する。けれど、その驚きは刹那の後、ちょっとした安堵に変わった! なぜなら……、
――なるほど! そういうことなのですわね。それで、ラフィーナさまやアベル、それに周りの国の貴族も呼ばれていると……。そして、わたくしが呼ばれなかったのは……、わたくしに邪魔されたくないからであって、決してわたくしの人気がないとか、仲間外れとか、ボッチとか、そういうわけではございませんのね? ああ、良かった!
ミーアには、ようやく、ランプロン伯の狙いが読めたのだ。
彼が何をしているのか、それは半ば公式の、縁談の発表だった。
――つまりは、エメラルダさんを引っ込みがつかない状況に追い込むために、こんなことをしたわけですわね……。なるほど、なかなかに上手い手ですわね。グリーンムーン公爵家内では、絶対的な暴君として振る舞ってるエメラルダさんですけど、外に出ると案外、ヘタレなところがございますし。
自らのことは棚上げして、ミーアはそんなことを思う。
――おそらく、グリーンムーン家とも、話ができておりますのね。エメラルダさんははめられたということでしょうけれど……。
ミーアは、そこで考え込む。
――しかし……、これ自体は止める必要はないような気も……?
そもそも、エメラルダは今回の縁談が、そこまで気が進まないわけではなさそうだった。
――ちょっぴり寂しい気もしますけれど、エメラルダさんにサンクランド王室に入っていただいたほうが、シオンたち兄弟の仲を取り持つのは容易になるかもしれませんわ。
エシャール王子の問題は、今夜を乗り切ったとしても、残り続けるかもしれない。であれば、むしろ、一応は信用のおけるエメラルダにそばにいてもらったほうが……。
などと考えていると、突如、ミーアのすぐ隣で声が上がった。
「おめでとうございます。両国にとって、この縁談が良き絆となりますように、心からお祈りしています」
自らの胸にそっと手を当て、ラフィーナが声を上げた。その上で、
「私のお友だち、ミーア・ルーナ・ティアムーンも、今回の縁談を、きっと喜んでいることでしょう。ねぇ、ミーアさん」
ミーアに涼しげな笑みを向ける。
「…………はぇ?」
ミーアは……察した。
ルードヴィッヒがラフィーナに依頼した反撃の一手……それが、今まさに打たれようとしているということ……。
そして自身がいつの間にか、最前線に立たされていたということに……。