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第九十六話 名探偵ミーア(へ)の挑戦状

 ディオンがやってくるのを待って、改めてシュトリナは事情を説明した。

 コネリーから得た情報、解放市場という治安の悪い場所のことと、そこでエシャール王子が一時的に行方不明になったということ。

「解放市場……なるほど。市場は、規制を緩くしたほうが活発化するもの。城から遠い場所であれば、多少の治安の悪化はやむを得ないということか」

 感心した様子で頷くルードヴィッヒに、シュトリナは続ける。

「けれど、人の出入りが多い分、蛇が潜むのも容易になる。そのような場所で、第二王子が行方不明になった。怪しいと思ったリーナは調べに行くことにしたの。幸いにも、情報はすぐに出てきた。エシャール王子に接触を図った、怪しげな男の情報が……」

 例の男たちから情報を得た後もシュトリナたちは、解放市場周辺を探って回った。

 なるほど、コネリーの言う通り、治安はあまりよろしくない。おかげで、裏社会に通じていそうな輩には事欠かなかった。

 ということで、シュトリナは、出会ったそばからディオンに捕まえてもらい、尋問していった。後ろから、剣で肩をポンポン叩くと、すぐに口を割ったらしい。

 ちなみに、それを聞いたミーアは、

 ――ああ、さすがはディオンさん。ものすごーくガラが悪いですわ……。これでは、どちらが賊かわかったものではありませんわ……。

 などと思ったりもしたものだが……。

 まぁ、それはさておき……。

「そうして、尋問を続けていく中で、男が根城にしていたと思しき場所の情報が手に入った。だから、リーナたちは、そこに向かったのだけど……」


 シュトリナは静かに空を見上げる。

 月はいつの間にか雲に隠され、夜は一層、闇を深めていた。

 そんな、濃密な夜のベールに覆われた解放市場は、奇妙な静寂に満ちていた。

 静寂には違いないのだろう。昼は市場を支配するであろう人の声も、金や商品が立てる音も、一切の音が聞こえないのだから。

 されど……、一方で、シュトリナの感覚は矛盾するような騒々しさを感じ取ってもいた。

 それは……、何者かが息を潜め、自分たちの監視をしているという……いわば多数の視線の立てる騒々しさ。

「ふーん。ここが解放市場」

 シュトリナは、辺りを見回してから、つぶやいた。

「明るい時も、あまり来たくない場所ね」

 ベルを連れてくるには、あまり良い場所じゃなさそうだし、かといって、一人で遊びに来ても楽しそうではない。

「遠巻きに結構な数が見てるな。また、何人か締め上げてみるかな……」

「いいえ。必要ないわ。どうせ、出てくる情報は同じでしょう」

 シュトリナは、肩をすくめて首を振る。

 怪しげな連中を何人か締め上げたところ、彼らの口からは、共通する情報が出てきた。


 一つ、エシャール王子に接触を図ったのは、騎馬王国の訛りを持つ男であったこと。

 一つ、その男が根城にしていたのは、解放市場のほど近くにある建物であること。


「ほかにも、いつ頃、この国に来たかは知らないし最近は見ない、というのもあったかしら」

 ともかく、少し締め上げてやれば簡単に出てくるので、情報集めに苦労はしなかった。

 でも……。

 シュトリナは「んー」とうなった。

 ――絶対に罠だし、これ、たぶん、あちらが与えたい情報以外を探すのは大変なんだろうな……。

 ため息をこぼしつつも、シュトリナは背後の気配に心強さを覚える。

 帝国最強の騎士、ディオン・アライア。皇女ミーアの最強の剣は、どんな罠でも食い破ってしまいそうな、圧倒的な強者の雰囲気を持っていた。

 であればこそ、シュトリナは一歩踏み込もうと思っていた。

 あえて、敵の罠に……。


 解放市場を抜けた先、問題の建物は建っていた。

 まるで、タイミングを計ったかのごとく雲が晴れ、再びの月明りが、その外観を照らし出す。

 それは、石造りの粗末な建物だった。

 周りに建っているものと、そう大差ない作りだ。ドアは木製、両側の窓には木の板が張られていて、これでは月明りは期待できないだろう。

「ディオン・アライア、あなた、夜目は利くほう?」

「んー、普通かな。人並みだよ」

「そう……」

 シュトリナは、帝国最強の言う「普通」とは、どの程度のものかを吟味して……。

 ――まぁ、この人なら、目が見えなくっても四、五人程度ならなんとかするでしょう。

 などと判断する。

 何度か顔を合わせる機会があった狼使いは、視覚を奪われていたとしても、十分に戦える戦士だった。ディオンが彼に劣るとも思えない。

「それならば……そうね。一応、外からじっくり調べて、それから、あの木の扉を破りましょう」

「中に入るのかい? 罠なのは明らかだと思うけど」

「なにかあったら、あなたが守ってくれるんでしょ? 帝国最強の騎士殿」

 挑発するように笑うシュトリナに、ディオンは、やれやれ、と首を振った。

「まったく、姫さんといい……、帝国のお姫さま方は、蛮勇にすぎるな」

 それを聞き流し、シュトリナは、音もなく建物に接近した。扉越しに中を窺う。が、中からは物音一つしない。

「ディオン・アライア、蛮勇と言われるのは少し心外ね。この広さならば、燃やされたとしても最悪、脱出はできるでしょうし、中に何人か潜んでいても貴方がなんとかしてくれるでしょう? 別に蛮勇でも何でもないわ」

 そう言ってから、彼女は一歩後退。それから、ディオンに扉を指し示した。

 ディオンは、一つため息を吐いてから、剣を一閃。鍵のかかった木の扉を真っ二つにする。

中は、予想していた通り、漆黒の闇に包まれていた。

「一応言っておくと、ここからは蛮勇は不要だよ、イエロームーン公爵令嬢。臆病に僕の後をついてくるぐらいじゃないと、命を落とすから、気を付けるようにね」

「ええ、そうね。なんなら手でも繋いだほうがいいかしら?」

 おどけて見せつつも、素直にディオンの後ろにつくシュトリナ。それを確認してから、ディオンはゆっくりとあたりを窺いつつ歩を進めていく……。

「ふ、ん……敵の気配はなし……か」

 つぶやき、ディオンは、小さくため息を吐いた。

「それで、どうしようか、イエロームーン公爵令嬢。中を調べるなら灯りを確保しないと……」

 その時だ。ドサッとなにかが落ちる音、直後、ぶわぁっと、粉のようなものが舞い上がった。

「ちっ、毒か……?」

 自らの口元を覆いつつ、シュトリナの頭に外套をかぶせる。と同時に、シュトリナを抱きかかえると、ディオンは強引に建物の外に飛び出した。

 対してシュトリナは、

「……いいえ、たぶん違うわ。ディオン・アライア。小屋全体に充満させるなんてもったいないし……、それ以上に、そんな目立つことはたぶんしない」

 誰に言うでもなく、つぶやく。

 外に出ると同時に、剣を抜いて、ディオンは周囲を見回した。けれど、襲ってくる者の姿はなく……。それでも、しばらくは警戒を続けていたが……、

「やれやれ。毒じゃないのなら、これはただの嫌がらせかい?」

 ディオンは剣を鞘に納めると、髪についた粉を払い落とした。

「いいえ、それも違うわ」

 シュトリナは、ちょこんと背伸びして、ディオンの頭に手を伸ばす。それに気付いたディオンは、小さなお嬢さまの手が届くように身を屈めた。

 そのかいあって、ご令嬢の手はディオンの髪の一房、そこについた粉をつまむことに成功する。

 シュトリナは、指先についたその粉末をもてあそびながら、軽く鼻に近づけ、次に小さな舌先に、ピトッと付けた。

「おいっ!」

 と、慌てるディオンをしり目に、すぐに、持っていた水筒で口をゆすぎ、

「大丈夫。ただの小麦だから。質の悪いね」

「小麦? そんなものを部屋にまき散らして、いったいなにがやりたかったんだい? まさか、偶然、落ちてきたわけではないんだろう?」

 不審げに眉を顰めるディオンにシュトリナは言った。

「聞いたことがあるわ。こういう、室内に粉状のものをまき散らして、火をつけると……激しく燃え上がって周囲のものを吹き飛ばすんだって」

「それで僕たちを闇に葬ろうって? ずいぶんと面倒な手段をとるな……。そんなことをせずとも、なにか手がありそうなものだが……」

 呆れたように言うディオン。シュトリナは一瞬黙ってから言った。

「完璧な毒とは、どういうものかわかるかしら? ディオン・アライア」

「さてね? 飲んだ瞬間に死んでしまう毒とかかな?」

 静かに首を振って、シュトリナは続ける。

「リーナはこう考えるの。最善は、毒を使ったと気付かれないような毒。自然死に見せかけられるのがベストね。そこに殺人者の存在を匂わせず、ただ、その人間を排除できるのが一番。その次は、なんの毒を使ったかわからせることに意味を持たせること。例えば、特徴的な毒を使い、偽の犯人をでっちあげるとかね」

 そうして、シュトリナは言った。

「おそらく、これはただの置き土産……。襲撃者を誘い出し、撃退する目的ならば麻痺毒なり、目つぶしなりを使って動きを奪えばいい。その後は尋問でも拷問でも好きにできるから。でも、これは、置き土産。自分の痕跡を追う者を、偽の痕跡によっておびき寄せて、消すための仕掛け」

「あえて、わかりやすい痕跡を残すことで、本物の痕跡を見えなくした、ということかい?」

「もっとしっかり調べれば、本物の痕跡だって出てくるのでしょうけれど……。まずわかりやすい痕跡に食いついてしまうものじゃないかしら? リーナたちみたいに急いでいたりしたら、特にね」

 ディオンは腕組みしつつ、ふん、っと鼻を鳴らす。

「そうして、おびき寄せられた建物を、調べようとしたら吹き飛ばされる、ということか」

「そう。そして、そこに不審なことはない。後には倒壊した建物と、焦げた跡と、焼け焦げた小麦が残るのみ。毒が充満した部屋で人が死んでいるのと、どちらが注目を集めてしまうかしら……。この仕掛けはね、毒を使って殺したと気付かれないような毒。自然死、この場合では事故死に見せかけて殺すための仕掛けよ」

 シュトリナは、建物のほうを見て言った。

「いずれにせよ、収穫はなし、かな。蛇と明確に繋がっているという証拠もないし、騎馬王国訛りというのも、こうなってくると本当かどうか……」

 やれやれ、と肩をすくめるディオンに、シュトリナは花のような笑みを浮かべる。

「ふふふ、そう悲観することもないわ、ディオン・アライア。たぶん、この状況を作ったのは、蛇よ」

「なぜ、そんなことが言えるのかな? イエロームーン公爵令嬢?」

 ディオンの不審そうな視線を涼しげな笑顔で受け流し、シュトリナは言った。

「簡単なこと。あなた、小麦が建物を吹き飛ばすことがある、なんてこと知ってた? それが罠に使えるだなんてこと、思いつくかしら?」

「ああ……なるほど」

「この罠はね、発動すれば建物の倒壊、ないし火災にしか見えないし、発動しなくても、ただ小麦が室内にまき散らされることにしかならない。でも、リーナのように知っている者が見れば、同じく知っている者が作った巧妙な罠だとわかる。一般に知られていない秘匿された知識だからこそ証拠の隠滅に使えるけれど、知っている者が限られているのだから、それを使った者の正体も当然限られてくる」

 と、そこまで言ってから、シュトリナは小さく首を傾げた。

「それとね、騎馬王国訛りの件も、偽りであったとしても無駄な情報ではないわ」

「それは、なぜかな?」

 問いかけに、シュトリナは妖艶な笑みを浮かべて言った。

「だって、騎馬王国のせいにしたいのなら……、おのずと使う毒の種類も限られてくるでしょう?」


「以上が今夜あった出来事です。ディオン・アライア、ほかに付け足すことはあるかしら?」

「いや、特には。まぁ、強いて言うなら、イエロームーン家はあまり敵に回さないほうがよさそうだということを、ミーア姫殿下にご進言したいということぐらい、ですね」

 肩をすくめるディオンに、ベルが笑みを浮かべる。

「大丈夫です、リーナちゃんが、敵になるはずありません」

「ベルちゃん……」

 などというイチャイチャを尻目に、ミーアは、ふあむ、と息を吐き、

「リーナさん、騎馬王国やその周辺に出回っている毒に対する対処、お願いできますかしら?」

「はい。万事つつがなく」

 シュトリナは、かしこまって、頭を下げた。

「しかし、また騎馬王国……。なんだか、最近よく聞きますわね……。ラフィーナさまも、その関係で来たと言っておられましたし……。これにはなにか意味があるのかしら……?」

 そうしてミーアは、再び、ふあむ……、と息を吐いた。


 これにて、ミーアのもとに情報は出そろった。

 はたして、帝国の叡智ミーアは、この事件を無事に解決でき……。

「ふわぁむむ……、駄目ですわね……。眠い……、限界ですわ」

 ……はたして、帝国の叡智、眠りのミーアは、この事件を無事に解決できるのだろうか?


 その結末を知る者は一人もいなかった。


みんな大好き、粉塵爆発!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 粉塵爆発…文化祭の化学部の目玉出し物でしたね。 「風塵くん」という箱が常備されていましたw 百発百中で起こせるから簡単なのかと思いきや、意外と条件がそろう必要があったのですね。 by元化学…
[一言] 粉塵爆発ロマン溢れすぎる罠。 80年代のスパイものなんかには必ずでてくるが 小麦粉は粒子が大きすぎて発火しにくく 大気の影響を遮断できる気密生の高い空間と 粉塵雲濃度を爆発上限下限内に納めつ…
[一言] 剣で肩をポンポン 大将軍の得意技になりつつあるポンポン釣り 相手はチビってゲロする。
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