表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
474/1476

第九十五話 シュトリナの帰還

「あら? リーナさんが……? 夜に一人で出かけたんですの?」

 ミーアは驚きの声を上げた。

 なにしろシュトリナは、あのイエロームーン公爵家の一人娘である。あの、暗殺のエキスパート、ローレンツ・エトワ・イエロームーンが、目に入れても痛くないほどに可愛がっている、愛娘なのである!

 もしも、なにかあったらヤバイ毒を盛られること、疑いようもない!

 大慌てで立ち上がろうとするミーアであったが、

「ディオン殿の姿も見えませんから、おそらく、シュトリナさまと一緒に行ったのではないかと……」

「ああ、なるほど……。ディオンさんが一緒なんですのね。それならば、まぁ……」

 ホッと安堵のミーアである。

 なにしろ、あのディオン・アライアが一緒にいるのである。

 あの、百人の敵を一人で斬り伏せ、千人の敵の包囲を崩し、万人の追手から鼻歌交じりに逃げてくるような男が、である。

 ミーアの頭の中では、すでに、伝説の英雄(スゲーヤベェやつ)扱いのディオンなのである。

 むしろ心配なのは、シュトリナがディオンに影響されて、過激な思想に目覚めてしまわないか、ということぐらいだった。それはそれで、イエロームーン公爵から、刺客を送られてしまいそうな気がしないではないミーアであるが、ともあれ……。

「それならば、心配することはありませんわね」

「なるほど。たしかに、ディオン将軍が一緒にいらっしゃるなら安心です」

 ベルも、納得した様子でニッコリした。っとその時、タイミングよく部屋のドアがノックされた。

「失礼いたします。ミーアさま、ただいま戻りました」

「あっ、リーナちゃん!」

 入ってきたシュトリナを、ベルが嬉しげに出迎えた。

「あれ? ベルちゃん、まだ起きてたの?」

 シュトリナはびっくりした顔でベルのほうを見て、それから……、

「もしかして、今日の分のお勉強をサボってたから、こんな夜遅くまでやらされてたんじゃ……」

 ジロリ、と剣呑な視線をルードヴィッヒに向ける。

 そんな友人に、ベルは、ぷくーっと頬を膨らませて見せた。

「むぅ……、リーナちゃん、もしかしてボクのことを、なまけ者と思ってませんか? リーナちゃんがいないと、一人で勉強もできないような……」

 ……事実、そうなのだが……。

「え、あ、そんなことないわ。ベルちゃんは、やる気になればできる子だってこと、リーナはちゃんと知っているもの」

 大慌てで、手をぶんぶん振るシュトリナ。それから、不安そうにベルの顔を覗き込む……、と、突然、顔を上げるベル。その顔に浮かんでいたのは、悪戯っぽい笑みだった。

「えへへ、なーんちゃって……。冗談に決まってるじゃないですか、リーナちゃん」

 などと、小さく舌を出す。

「なっ、ぁっ! もう、ひどい! ベルちゃんの意地悪!」

 怒ったような、すねた顔をするシュトリナだったが、すぐにその顔にも無邪気な笑みが戻り、キャッキャッと笑顔を浮かべつつ、じゃれ始める。

 ちなみにシュトリナが言ったのは「ベルは、やる気にならなければダメな子である」ということと、ほとんど同義の言葉であるのだが……。そのことにつっこむような、真の意地悪は、その場にはいなかったのだ。

 そんな優しい世界で、ひとしきりベルとじゃれあってから、改めて、シュトリナはミーアの前に歩み寄る。

 その顔には、いつもと変わらない、花のような笑みが浮かんでいた。

 ――この切り替え、すごいですわね……。

 感心するミーアの前で、シュトリナが報告を始める。

「今夜、開放市場を調べてまいりました。ディオン・アライア殿にも協力していただきました」

 ――はて? 解放市場?

 と首を傾げそうになるも、我慢、我慢……。腕組みして考え込む……ふりをする。

「ふむ……解放市場にディオンさんと……。それで、なにかわかりましたかしら?」

「はい。端的に言ってしまうと、エシャール王子に接触した者がいるようです」

「ほう、エシャール王子に……」

 ミーアは、ううむ、とうなり……、さぁて、これはまずいことになったぞ……、と内心でつぶやく。

 正直、シュトリナがなんのことを言っているのか、まったくもってわからなかった。というか、開放市場ってなんのことだろう……? と首をひねるレベルである。さりとて、それを口に出すわけにもいかず、しかし放置するのも危険そう。さて、どうやって聞き出したものか、と考え込んでいると……。

「あの、ミーアさま?」

 ふいに、シュトリナが顔を覗き込んできた。

 まさか、状況をなーんも理解できていないことがバレたか!? などと焦るミーアであったが……、

「このお話、彼らに聞かせても問題ありませんか?」

 シュトリナが視線を向ける先には、ルードヴィッヒやアンヌの姿があった。

「ああ、ええ、もちろん、彼らは……」

 と言いかけたところで、ミーア、起死回生の一手が閃く!

「彼らはわたくしの忠臣。なんらの隠し立てもする必要はございませんわ。むしろ、今の状況を説明してあげてくださらない? いきなり解放……市場? のことを話してもわからないでしょうし……」

 ミーアの視線を受けて、ルードヴィッヒが重々しく頷く。

「お気遣い感謝いたします。できれば、我々としても情報を把握しておきたく思います」

 ルードヴィッヒの言にシュトリナは小さく頷いた。

「わかりました。では、ミーアさま、ディオン・アライアもこの場に呼んでもかまいませんか? 彼にも、今夜あった出来事を話してもらいたく思います」

「ええ、ぜひ、お願いいたしますわ」

 ミーアは小さく頷いて……、ふわぁ、っとあくびを噛み殺した。

 すでに時刻は深夜を回り、日付が変わろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ミーア姫が何も分かっていないからこそ、情報共有が円滑に進んでいるのではないかという苦笑 実は優秀な部下たちを束ねているのであった。 友人と忠臣たちの働きが凄すぎて、 ミーアネット ○情報網…
[気になる点] 「今夜、開放市場を調べてまいりました。ディオン・アライア殿にも協力していただきました」  ――はて? 解放市場? かいほうが錯綜してるようです。 これは先生の介抱が必要ですかね?
[気になる点] いや、ベル…可愛いんだけどさぁ… 設定はミーア達の一つ下なだけ(11歳?12歳?)だよね? 6〜7歳に見えるんだよなぁ(笑) [一言] みんにゃ!(特にルードヴィッヒ) 騙されるな!…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ