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第八十九話 ペロリ……これは、まさか……毒!?

 さて、ミーアは、メインディッシュの、サンクランド牛のフィレステーキに取りかかろうとしたところで、はたと気付く。

 ――あら? わたくし、情報を聞き出すとか、なにもやってないんじゃないかしら?

 と。

 せっかくルードヴィッヒが作ってくれた情報収集の機会である。無駄にすることはない。

 ミーアはメインディッシュのフィレステーキを半分ほど食したところで、視線を上げた。

 口の中いっぱいに広がる豊かな肉汁、コクのあるソースの濃厚な香りをゆっくり楽しみつつも、ミーアは二割ほどの意識を、食事から周囲に移した。

 ――ふむ、エシャール王子からは、エメラルダさんが熱心に情報収集しておりますし。わたくしの側は、別方面から情報を引き出したほうが良さそうですわ。

 シオン暗殺の裏事情も含めて、きっちりと必要な情報を引き出さんと、ミーアは決意し……、フィレステーキを食べ尽くした皿に残ったソースを、パンで掬い取った。

 ソースは料理人の命、その料理人の技術のすべてを結集したものこそがソースなのだ。それゆえに、ミーアはそれを残すことはしない。それこそがミーアなりの礼儀なのだ。

 まぁ、それはさておき……。ミーアは早速、シオンのほうに目を向けた。

「それにしても、シオン王子も人が悪いですわ。エシャール王子とエメラルダさんのこと、教えてくれてもよろしかったですのに」

 ミーアの指摘に、シオンは困り顔で笑みを浮かべる。

「いや、実は俺も聞いたのはつい最近なんだ」

「ほう! あなたも知らなかった……ですって!?」

 重大な情報に行き着いてしまった! とばかりにミーアは、カッと瞳を見開いて……!

 ――って、そりゃそうですわね。わたくしとシオンとの協力関係に対抗するための縁談ですし、知らされてなくっても当然ですわね……あら? でも、その件に関するランプロン伯の狙いとか、そういうことには気付いているのかしら? 気付いているなら、それを承知で縁談を進めようとしているということになりますけれど……。

 再びの長考もぐもぐタイム、その後、ミーアは思う。シオンが気付いていないはずがないだろう、と。

 なぜなら“エシャール王子の縁談が隠されていた”からだ。

 あのシオンが……、完璧超人のシオンがそのことを怪しまない? ここまで露骨な政治工作に気付いていない? そんなことがあり得るだろうか?

 ――それは、考えにくいですわね。とすると、わかっていて容認か、あるいは、容認せざるを得ない状況なのか……ですわね。ふむ……、エイブラム陛下は、どうなのかしら……。

 思案しつつ、ミーアはエイブラムのほうに視線を向けた。

「それにしても、エシャール王子とエメラルダさんの縁談によって、王国と帝国の関係は、強化されますわね」

「ああ、貴国との友好関係は、我がサンクランドにとって喜ばしいことだ」

 エイブラムは穏やかな笑みを浮かべて言った。

「それに、大陸にとってもおそらくは良いことだろう。もしも本当に大飢饉がやってくるとするなら、ミーア姫の言う通り、各国は手を取り合わなければならない。そうでなければ民のためにはなるまい」

「ふふ、信じていただけたのでしたら、嬉しいのですけど」

 ミーアは、そう微笑んで……、直後に奇妙な違和感に襲われる。

 ――あら? 妙ですわ……。なんだか、お腹のあたりが、微妙に……。

 唐突に襲ってきたもの……、それは端的に言ってしまうと腹痛で……。ハッと顔を上げ、口元についたソースをペロリと舐めて、ミーアは慄く。

 ――こっ、これは……、まさか……。毒!?


 否……、ただの食べ過ぎである。

 疑う余地もなく、ただの食べ過ぎである。

 まごうことなき、ただの食べすぎなのである。

 

 そう、ミーアが空腹だ、器が空っぽだというのは、ただの錯覚だったのだ。

 そもそもミーアは、さほど器が大きくはないのだ。心理的にも物理的にも。

 美味しいものならばいくら食べても満腹にならない、などと思っているミーアであるが、それはあくまでも主観に基づくもの。実際には、器の容量には限界量があるわけで……。

 昼の、ラフィーナとの昼食会でもそれなりの量を食べていたミーアである。その上、こんなにもパクパクと、晩餐会の料理を食べてしまえば、お腹も痛くなろうというものである。

 そして、遅まきながら“どうも調子に乗って食べ過ぎたようだぞ?”ということに気付いたミーアであるのだが……、そんな彼女の羞恥心は現実逃避を始めてしまったのだ。つまり、

「ちょっとした毒でお腹が痛くなったことにしたほうがいいなぁ、食べ過ぎでお腹が痛くなったなんて言いたくないなぁ……」

 などと思ってしまって。

 まぁ、しかし、腹痛というものは、えてして逃避を許さない現実感を持って迫ってくるものなので……。毒であろうが食べ過ぎであろうが、できることは決まっているわけで……。

 ――うぐぐ、会食の最中にお手洗いに行くなどもってのほかですけれど……、しっ、仕方ありませんわ。

 意を決すると、ミーアはすっくと立ちあがる。

「失礼。わたくし、少々、席を外させていただきますわ」

 優雅に礼をすると、そそくさと会場を出る。と、廊下で待機していたメイドの一人に声をかけ、目的の場所に案内してもらうのだった。


 そうして、もろもろのことを終え、トイレから出てきたミーアに声をかける者がいた。

「ミーア姫殿下……」

 立っていたのは黒髪の、美貌の青年……。シオンの従者、キースウッドだった。

「あら……? キースウッドさん、どうかなさいましたの?」

 首を傾げるミーアに、キースウッドは、真剣な顔で言った。

「いえ、実はミーアさまのお耳に入れておきたいことがございまして……。ところで、ルードヴィッヒ殿への連絡はうまくできましたか?」

 ――はて? ルードヴィッヒに連絡……。

 首を傾げかけるミーアであるが、すぐに察する。

 どうやら、キースウッドは、ミーアがなにか閃き、すぐにルードヴィッヒを動かすため、その連絡を入れに会場を離れたのだと思っているらしい、ということを。

 まさか、食べ過ぎの腹痛だ、などとは思っていないのだろう。

「ふふふ、まさか。そのようなことをするわけがありませんわ」

 嘘を言ってしまうとバレそうな気がしたので、とりあえず意味深に笑っておくことにするミーア。それを聞いて、キースウッドは納得顔で頷く。

「なるほど。では、そういうことにしておきましょうか」

「それより、なんですの? わたくしの耳に入れておきたい情報というのは……」

「ああ……。そうでした。シオン殿下とエシャール殿下のことについて、お知らせしておかなければならないことがあるのです」

 キースウッドは声を低めて、言うのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] カリっ、これは青酸ぺろ⁉︎
[一言] 食べ過ぎ(笑) わーい! キースウッドだー!
[一言] (-⊡ω⊡)「はっ、ミーア姫殿下からの指示が聴こえる!」(←気のせい) 忠義の1号「ミーア様がピンチ!?ミーア様のお世話するメイドは私なのです!!」 そして勝手に動き出す両手達なのでした。…
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