第八十七話 面食いエメラルダと大食いミーアと
――ふぅむ、さて、どうしたものかしら?
ミーアは、改めて考える。
ここから先、どうやって、話を進めようかしら……と。
エシャールのことを探らなければいけないのは事実ではあるものの、さて、なにを聞いたものか……。まさか、シオンのことを恨んでいますか? などと聞くわけにもいかないし、最近、どこぞで毒を仕入れまして? などと聞けるはずもなし。
っと、ミーアが考え込んでいる隙に……、
「あら、エシャール殿下、もしかして、そのキノコ、お嫌いですの?」
ミーア陣営の一番槍、四大公爵家筆頭エメラルダが、静かに動き出した。
先ほどまで真っ青な顔をしていたエメラルダであったが、ようやく緊張から解放されたのか、いつも通りの顔色に戻っていた……、というか、むしろ、血色が良いようにすら見える。
――あら、エメラルダさん、ようやく調子が戻ってきましたわね。
それを見て、ミーアはわずかに安心する。
そもそもの話、エメラルダはミーアの味方である。グリーンムーン家が、サンクランド王家と結び、帝位を狙っているのではないか、ということについてもきちんと把握している。
その上でミーアの味方でいたいと表明してくれている人だ。
となれば、今はむしろ、彼女の裁量に任せるのも良いのではないだろうか。
わずかな逡巡の末、ミーアは決める。
ちょっぴり頼りないけれど、ここはエメラルダに任せて、今は目の前の食べ物を片付けることに集中しよう、と……。
さて、ミーアの中では頼りないお姉さん扱いのエメラルダなのであるが……、実のところ、対人スキルに関して言えば、そこまで低くはない。
高貴な身分として教育を受けている彼女は、それなりにウィットに富んだ会話術を身に着けていたし、ダンス技能もミーアには及ばないまでも、恥ずかしくないレベルを保っている。
加えて……、エメラルダにはもう一つの武器があった。
そう……年下の男子に対する圧倒的な”慣れ”である。
弟たちを従える彼女は、無意識のうちに、幼い男の子と親しくなる術を身に着けているのだ。
鍛え上げた美少年観察眼をフル活用し、エメラルダが見出した突破口。それこそが、エシャールのお皿の隅に、こっそりと手を付けずにおいてあるキノコだった。
――独特の風味があるキノコは、嫌いな子どもも結構おりますわよね。うちの弟も好き嫌いがいろいろございますし……。
ちなみに、ミーアは、それを見ても「もったいないですわ、わたくしが食べてあげますのに」などと思うだけだったのだが……、まぁ、それはさておき……。
嫌いな食べ物に対する共感、それを足掛かりに、今度は好きな食べ物の話へ。海のものが来ればエメラルダの独壇場である海水浴の話に繋げ、肉料理に行けば外国産の珍しい料理の話をする。
外交のグリーンムーン家は、知識の重要性を知っている。得られる知識に無駄なものなどなく、仮に役に立たない雑学であったとしても、相手との会話に取り込み、興味を引けるなら重畳。
相手にとっての既知と未知の知識を織り交ぜ、自らの会話を魅力的なものにする術を、エメラルダは習得しているのだ。
そうして、エメラルダは、エシャールを会話に巻き込もうとしたのだが……。
エシャールは、ちら、っとシオンのほうに視線をやってから、小さく首を振る。
「……いえ、別に嫌ってはいません」
短く言って、パクリとそのキノコを食べた。
――あら……? 勘違いだったのかしら……。
エメラルダは首を傾げる。
好きな食べ物を最後まで取っておくというパターンも考えられなくはなかったが……。
――いえ、でも、うーん……。
先ほどのエシャールは明らかに気が進まない様子だったけど……、と不思議に思うエメラルダである。
ちなみに、余談ではあるが、ミーアの場合には、美味しいものは先に食べる。そうして、ほかのものもすべて食べ終わった後で、お代わりしようとする!
最初に食べて、締めに食べる。それこそが、ミーアのやり方なのだ……。
……ミーアはわがままなのだ、という余談であって、今はどうでもよろしい。
エシャールは、もぐもぐと口を動かすと、ほどなく、ゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。
その様子を見て、やっぱり、キノコはあまり好きじゃないらしい、とエメラルダは判断する。が……、
「では、なにか、好きな食べ物は……」
「農民が、精魂込めて作ってくれたもの、また、大地の恵みとして得られた食物に対して好き嫌いなんてありません。なんでも食べられます」
平然とそんなことを言う少年に、エメラルダはちょっぴり驚く。
貴族の子どもは、わがままに育てられる者が多い。それに、ほかのことはさておいても、食べ物の好き嫌いというのは、許容されるケースが多いようにエメラルダは思っていた。
にもかかわらずの、エシャールの大人の答えに、エメラルダはちょっぴり驚いて、同時に……。
――うふふ、背伸びしておりますのね。この子……、やっぱり、ちょっと可愛いですわ。
年下の少年に、だんだんと興味がわいてきてしまったエメラルダお姉さんなのであった。
そして、それを見ていたミーアは……、
――ああ、エメラルダさん、本当に調子が出てきてしまいましたわね……。本題を忘れていないか心配ですわ。まったく、エメラルダさんの美男子好きにも困ったものですわ。本題を忘れて……まったくもう。あら、このお料理も美味しい……。
などと、目の前の料理に舌鼓を打つのであった。