第八十一話 会食の誘い
さて、ミーアがランプロン伯邸に戻ったのは、夕刻を迎える頃だった。
部屋に戻ると早速、エメラルダとルードヴィッヒが訪ねてきた。
「すっかり、ラフィーナさまと話し込んでしまいましたわ」
そうつぶやくミーアに、ルードヴィッヒが驚愕の目を向けてきた。
「ラフィーナさまも、この地にいらしているのですか?」
「ええ。今度のパーティーに出席する予定みたいですわ。アベルも一緒に来ておりましたのよ?」
「なるほど、そうですか……ラフィーナさまと……」
メガネをキラリと光らせるルードヴィッヒ。その視線の鋭さに、ミーア、いささかたじろぐ。
――あっ、ヤバイですわ。エメラルダさんの縁談どうしようとか、シオンの暗殺をどうやって防ごうとか、ぜーんぜん考えないで、ラフィーナさまとの会食を楽しんでしまいましたわ! 言い訳しなければ……。
刹那の思考。ミーアは、軽い言い訳を差し挟む。
「あ、も、もちろん、情報収集してきましたわよ?」
一応、ランプロン伯の人物評を聞いたし、帝国にはない土瓶蒸しという調理法も情報を仕入れた。
――あの土瓶蒸しというのは、いいものでしたわ!
料理長に教えて研究してもらえば、帝国の食文化に貢献できるかもしれない。それは素晴らしいことである。
――そうですわ! 食事をしてきただけではございませんわ。わたくしは、ちゃーんとやるべきことをやってきましたわ!
などと自分を納得させつつも、ルードヴィッヒのほうに目を向ける……と、
「うっ……」
「なるほど……、さすがです、ミーアさま」
ルードヴィッヒは、澄んだ瞳に感心の色を乗せて、まっすぐに見つめてきた。
その一切の曇りのない純粋なる感心を前に、じわじわと罪悪感を刺激されてしまい……、ついつい目を逸らしてしまうミーア。その間にも話は進んでいく。
「事態の打開のためには、情報収集が大切であるというお考え、私も同意いたします。そこで……、急なことではありますが、今夜、サンクランド国王、エイブラム陛下との会食の場を用意いたしました」
「……はえ?」
事態の急変! 突然のサンクランド国王との面会の機会に、ミーアは、ぽっかーんと口を開けた。
いや、急にそんなこと言われても心の準備が……などと言い訳する間もなくルードヴィッヒは言った。
「此度の縁談のこと、サンクランドの国王陛下がどのようにお考えか、探りを入れることが必要と考えました」
実に正論、反論の余地など、ない!
「……なっ、なるほど。それで、あなたが手配してくださったんですわね?」
「キースウッド殿を通して、シオン殿下と連絡を取らせていただきました。エシャール王子のお相手であるエメラルダさま、それに、シオン王子のご学友として、ティオーナさまもご一緒できるということですが……」
「まぁ、ティオーナさんまで……ふむ」
ミーアは、エメラルダのほうに目を向けた。
「どっ、どうしましょう、ミーアさま……。私、心の準備が……」
エメラルダは、オロオロしていた。実に頼りない。
――ルードヴィッヒとアンヌがついてきてくれれば、安心なのですけれど……、国王との会食となれば、従者は同席できないのでしょうね……。となれば、下手をするとエメラルダさんと二人で、国王陛下と対峙しなければならなくなりますわ。
それは、ミーアとしては避けたいところである。物量作戦信奉者のミーアとしては、味方はできるだけ多いほうがありがたい。
――まぁ、相手のリクエストですし、ティオーナさんを連れて行っても問題ないというのであれば、それに越したことはありませんわね。それにしても……。
「ま、まさか……こんなに急に、お会いすることになるなんて……」
狼狽えるばかりのエメラルダには、いささか意外なものを感じてしまう。
エメラルダは基本的にわがまま娘である。傍若無人で、相手が他国の王であれど、平気で無礼を働くことができる胆力を持っている。
少なくともミーアはそう思っている。固く信じている。
けれど、今のエメラルダは非常に不安そうだ。
――相手が他人ならばともかく、縁談相手の父親だと思うから、おろおろしてしまっているんですわ。もう、エメラルダさん、情けないですわ!
ミーアは、ふん、っと威勢よく鼻息を鳴らしてから、
「エメラルダさん。あなたは、栄えある我がティアムーンの四大公爵家の者ですわ。堂々と、大船に……、そう、あのエメラルドスター号に乗ったつもりでいればいいのですわ!」
「エメラルドスター号に……」
ことわざに、ミーアなりのアレンジを加えたせいで、ちょっぴり難破してしまいそうな感じがしないではなかったが……、
「ミーアさま……」
エメラルダは、感動に瞳をウルウル潤ませるのだった。
――とは言ったものの……。
エメラルダを送り出し、急ぎ、着替えるのをアンヌに手伝ってもらいながら、ミーアはため息を吐く。
――なかなか、骨が折れますわね。どうしたものかしら……。
と、その時だった。コンコン、とドアをノックする音が聞こえてきた。
「失礼します。ミーアお姉さま」
「ただいま戻りました、ミーアさま」
ドアを開け、入ってきたのは、ベルとシュトリナの二人だった。
「あら、あなたたちも遊びに出かけていたんですのね?」
などと言いつつも……、ミーアはすぐに思考の海に沈んでいく。
――シオンのお父さま、はたして、どんな人なのかしら……? あのシオンの父親ですから、油断はなりませんわね……。上手いこと情報を引き出せればよろしいのですけれど……。
けれど……、やはり、それ以上に問題なのは、
「エシャール王子のことですわね……」
ぽつり、とこぼしたミーアに、シュトリナは驚愕の表情を浮かべた。
「すでに、ご存知でしたか……。さすがですね、ミーアさま」
何事か、感心した様子で頷いて、シュトリナは言った。
「それで、いかがいたしますか?」
ミーアは、はて、と首を傾げる。なにか話していたようだが……、さすがに聞いていなかったというのは感じが悪い。ということで……。
「え、あ、ええ……そうですわね。お任せいたしますわ」
まぁたぶん、ベルを連れて、なんとか市場に行くという話だろう……、とミーアは予想を立てる。そのうえで、
「好きに連れて行ってかまいませんわ。退屈してるみたいですから、遊んであげていただけると嬉しいですわ」
シュトリナの力が必要になるのは、もう少し先のこと。しかも、いざという時の備えという意味合いが強い。
それまでは、せいぜいベルと遊んで、楽しんでくれればいい、と考えるミーアである。
対して、シュトリナは、真剣な顔で頷いて、
「わかりました。この身に換えましても……」
「え? いや、そこまでしなくても大丈夫ですわよ?」
この子、どんだけ、ベルと遊ぶことに懸けてるのかしら? などと、首をひねるミーアであった。
すみません。来週ですがお盆休みとさせていただきます。
休み……と言いつつ、引きこもって、滞ってる仕事を片付ける予定です。