第七十七話 ウザ……かわ……?
ソル・サリエンテの表通りに、その品の良い宿屋はあった。一階が料理屋になっていて、食事だけの客もとっているらしい。
「ここ、私のお気に入りなのよ。お料理がとても美味しいから、ソル・サリエンテに来る時には、いつも寄るようにしているの」
笑顔を浮かべるラフィーナ。それを聞いて、嬉しそうに笑みを浮かべる壮年の男を見て、ミーアは……“できる男”の匂いを嗅ぎ取った!
「ほう…………、それは楽しみですわね」
そうつぶやきつつ、メニューを見て……、
「ちなみに……、キノコ料理はどんなものがございまして?」
そのミーアの問いかけに、男の瞳に、一瞬、鋭い輝きが宿る。
「はい。本日は、ラフィーナさまがいらっしゃるということで、ヴェールガ茸のソテーをご用意しております」
「ほほう。あのヴェールガ茸ですの? サンクランドで食べられるとは思ってもおりませんでしたわ」
「それに抹茸の土瓶蒸し。こちらは、東方の料理でして、抹茸の香りと甘みが溶け出した出汁が大変、美味な料理となっております」
「なんと! キノコのうま味を凝縮したスープとは! そのようなもの、聞いたこともございませんでしたわ!」
「さらにさらに……」
などと、ひとしきりキノコ料理談義を楽しんだ後に……、
「さて……」
ミーアは改めて、テーブルの向かいに座るラフィーナとアベルに目を移した。
「まさか、ここでお会いできるとは思っておりませんでしたわ。お二人とも、お元気そうでなによりですわ」
「うふふ、ミーアさんも元気そうでよかった。もしかして、ミーアさんも王室主催のダンスパーティーに招待されたの?」
小さく首を傾げるラフィーナに、ミーアは首を振った。
「いいえ、わたくしは、エメラルダさんの婚約相手のことで、お話ししにきましたの。サンクランドの方との縁談話が進んでいるということで……」
と話をしつつ、ミーアは違和感を覚える。
――ラフィーナさまが招待されたのは、エメラルダさんも誘われたというダンスパーティーのことでしょうけれど……はて?
情報を整理しつつ、ミーアはアベルのほうに目を向ける。
「もしかして、アベルもそのために来たんですの?」
ミーアの視線を受けて、アベルは肩をすくめる。
「ああ、実はそうなんだ。もっとも、ボクは兄の代理だけどね。それで、ちょうどラフィーナさまの一行と一緒になったんで、王都まで同行させてもらって……」
「それで、ラフィーナさまと、仲良く街歩きを楽しんでいたと……、そういうことなんですわね」
ミーアはジトーっとした目をアベルに向けた。
「なっ、ご、誤解だよ。ミーア、ボクは別にっ……」
アベルは、あたふたと手を振りつつ、大慌てで否定する。それを見たミーアは、思わず吹き出してしまう。
「うふふ、冗談ですわ。会えて嬉しいですわ、アベル」
……年下の男の子をからかってしまった、ミーアお姉さんなのである。
楽しそうに笑うミーアを見て、アベルは、むっとした顔をしたが……すぐに、ふいっと顔を背けてしまう。
「……そうか。冗談なのか。それは残念だ」
「ん? 残念、とはどういうことですの?」
「いや、なに。てっきり、ボクのことでやきもちを焼いてくれたのだと思って、嬉しくなってしまってね。だから、勝手に喜んで、それが冗談だったと言われてしまったものだから、勝手に落ち込んでしまっただけだよ。気にしないでくれ」
そう言って、しょんぼり肩を落とすアベル。
それを見て、ミーアは大慌てだ。
「あ、アベル、えーと、じょ、冗談だと言ったのはその、そういう意味ではなく、いや、そもそも、やきもちを焼かれて嬉しかったって、そ、それって……」
っと、次の瞬間、アベルは顔を上げた。その顔に浮かぶのは、してやったり、という笑みだ。
「ははは、もちろん冗談だよ。ボクも会えて嬉しいよ、ミーア」
「なっ!」
ミーア、思わず絶句する。
「やられっぱなしも癪なのでね。反撃させてもらったよ」
…………年下の男の子にからかわれてしまった、ミーアお姉さんなのである。
「ひっ、酷いですわ、酷いですわ! アベル。意地悪ですわ!」
手をぶんぶんさせるミーアお姉さん。若干、ウザ…………ではなく、ウザかわい…………くもない、ウザうざい仕草ではあったが、それを見守る周囲の目は温かい。
微笑ましげな顔で、年下の妹を見守るかのようなラフィーナとアンヌ。あばたもえくぼなアベル、ティオーナやリオラも、珍しいミーアの子どもっぽい仕草に笑みを浮かべている。
とても優しい世界がそこに形成されていた。
……ミーアの中身が二十歳以上の大人のお姉さんであることを知る者は、幸いなことに一人もいなかったのだ。
さて、ひとしきりアベルとじゃれた後、ふいにミーアは思った。
――しかし、ラフィーナさまや、アベルまでダンスパーティーに呼ばれてるんですのね……。うん? はて……、なぜ、わたくしは呼ばれてないのかしら……?
先ほども覚えた違和感、不都合な真実に気付きかけるミーア。なんか、みんな招待されてるのに、なぜ、自分だけ呼ばれていないのだろう……、という疑問!
――不思議な話ですわ……。うーん、なぜかしら……? わかりませんわ。
危うく前時間軸の、ダンス嫌いだと思われていたトラウマが甦ってきそうになるミーアであった。