第七十四話 土俵際の姫ミーア、流れ矢を受ける
「わっ、私の婚約の相手が、エシャール王子だそうですわ!」
「………………はぇ?」
突然のことに、ミーアは度肝を抜かれてしまった。
――なっ、なな、なにが? いったいなにがどうなってるんですのっ!?
混乱に口をアワアワさせていると……、
「申し訳ありません。ミーア姫殿下、私の考えが及ばず、このような失態を……」
突如、ルードヴィッヒが頭を下げた。
はぇ? などと、またしても間の抜けた声を出しそうになるも、ミーア、そこで踏みとどまる。土俵際、見事な踏ん張りである! 土俵際の粘りには定評がある、足腰の強いミーアなのである!
――あっ、これ、まずいやつですわ。ここで下手なことを言ったら、ルードヴィッヒがへこんで、使い物にならなくなるかもしれませんわ!
刹那の思考……、けれど、いくら考えても、ルードヴィッヒがなんの失態をしたのかがわからない。
なので……、
「はて……? 失態とはなんのことやらわかりませんけれど……」
素直に尋ねることにする。
放置は危険。なれば、状況を把握するのが急務である。ルードヴィッヒを前に、わからないことを、わかったかのように振舞うのは危険なのだ。
されど……、ルードヴィッヒは質問に答えようとせず、何事か感じ入ったように目を閉じ、頭を垂れるのみであった。
――なっ、なにが失態だったのか、言ってくれないとわかりませんわ。くっ、ただでさえ、エメラルダさんの婚約者のこととか、暗殺のこととかで頭がいっぱいですのに、ぐぬぬ……っ!
それでも、ミーアはなんとか、態勢の立て直しを図る。
「働きに、より一層期待しておりますわよ、ルードヴィッヒ」
なにか、失態があったのであれば、それは仕方がない。それで落ち込んでしまわぬよう、ちゃんと頭使ってサポートしてね! という願いを込めて、ミーアはそう言った。
それから、ミーアは改めて、エメラルダのほうに目を向けた。
「では、エメラルダさん、詳しいお話を聞かせていただけないかしら?」
「え、ええ、わかりましたわ」
エメラルダは、静かに頷いて……。
「実は、今朝方、ランプロン伯に呼び出しを受けましたの」
「ああ、そう言えば、そうでしたわね」
恐らく、ランプロン伯は、ずっと、エメラルダと話がしたいと思っていたのだろう。
今でも思い出す。
シオンの護衛のもと、ランプロン伯邸に着いた時のこと。ミーアの身分を聞いたランプロン伯は、卒倒せんばかりに驚いていたのだ。
それを見て、ミーアは感づいた。
「ははぁん、これは、わたくしには聞かせたくない話があるのですわね。エメラルダさんに持ちかけたい悪だくみが……」
突然、帝国皇女が訪ねてきたら、大体、そんな反応になるんじゃ……? などと思わないでもないが、ミーアにツッコミを入れる者はいない。
「例の縁談のことを相談したいと、そうおっしゃいますの。だから、はっきり言ってやりましたの。お断りだと。私との縁談をお望みなら、王子殿下でも連れてきなさいって。そうしたら……」
エメラルダの言葉を聞いたランプロンは、まさに、我が意を得たりと言った様子で頷いたという。その上で、
「もちろんです。ティアムーンの四大公爵家のご令嬢との婚儀ですからな。そこらの貴族では話にならぬでしょう。ですから、お相手は、エシャール王子殿下を、と考えています。すでに、エシャール王子殿下にも、国王陛下にも話を通してあります」
ドヤァ! という顔で言ったのだ。
「まさか、本当に王子殿下が相手だなんて、思いもしてませんでしたわ」
そう言って、エメラルダは、頬を赤らめて体をもじもじさせた。
どうやら「王子さまとの結婚」という言葉に、彼女も憧れを持っていたらしい。いざ、それが現実化しそうになって、あたふたしてしまっているようなのだ。
……乙女なのである。
「なるほど……。シオンが王位を継げば、エシャール王子は大公ということになるのかしら……。公爵以上の地位をいずれは継ぐ者、と言えなくもありませんわね」
それどころか、もしもシオンになにかあった場合には、国王の地位に就くかもしれない人物である。
――皇女伝の記述を見る限り、自分の力でシオンをどうにかして、王位を狙ったということになるのかしら? 動機としてはわかりますけれど……、あるいは、もしかして、エシャール王子……、エメラルダさんと結婚するのが嫌だから、そんな暴挙に出たんじゃ?
ミーアの脳内に失礼極まりない推理が形成される。が、すぐに、それを否定。
――いや、さすがにあり得ませんわ。なにしろ、エメラルダさん、わたくしと血の繋がりがあるだけのことはあって、黙ってれば美人ですし。わがままですけれど、黙っていれば、そういうのはバレませんしね……わがままですけど。
「あの……、ミーアさま?」
「へ?」
ふと視線を上げると、エメラルダが上目遣いで見つめていた。
「私、どうすればいいのかしら……?」
自分より年下のミーアに相談してくるエメラルダである。
……小心者乙女なのである。
「ふむ、気が進まないのであれば、お断りすればいいとは思いますけれど……」
「それは、なかなかに難しいのではないでしょうか……」
ルードヴィッヒが険しい顔をして首を振った。
「ちなみに、ミーアさま、皇帝陛下は、この件についてなにかおっしゃっておりましたか?」
「…………はぇ?」
思わぬ流れ矢が飛んできた!
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