第四十三話 ミーア姫、冴え渡る!
赤く揺れる炎、燃え上がる帝都……、人々の憎悪の声、声、声。
そして、ゴロリと転がる自分の生首……。
「ひいゃあああああああああああ!」
久しぶりに見た自らが処刑される夢に、ミーアは悲鳴をあげて飛び起きた。
そこは、学園の医務室のベッドの上だった。冷や汗まみれの体、すぐにお風呂に入りたいところだったが、今はそれどころではない。
かたわらに控え、心配そうな顔をしているアンヌにミーアはてきぱきと指示を飛ばした。
まずミーアが行ったことは、事件に直接関与した従者四人を帝国本国に強制送還することだった。
すぐさま、その抗議に訪れた従者の主の生徒たちを、ミーアは一瞥した。
――正念場、ですわね。
ここで、間違えると自らが危機に陥るであろうことを、ミーアはきちんと理解していた。
いや、正確に言えば知っていた。
医務室で目をさましたミーアは、アンヌを送り出してから、すぐに持って来ていた血まみれの日記帳を確認した。
その最初の方のページには、確かに、ティオーナの監禁事件のことが書いてあった。
なんのことか、書いていた時にはまったくわからなかったのだが、まさか、裏でこんな事件が起きていたとは思わなかった。
処分を曖昧にすれば、恐らくはラフィーナの怒りを買う。シオン王子やティオーナも、あまり良い印象は持たないだろう。
だから、きっちりと断罪する必要はあるのだが、問題は犯人である従者の主たちだった。
関与を否定している彼らだったが、ミーアから見ると到底潔白とは言えない。せいぜいが灰色と言ったところだ。
けれど、絶対に関係しているかと言われると、そうとも言い切れないところがある。
普通、従者が平民である場合、命令もなく、貴族の娘を監禁するなどあり得ないことだ。けれど、犯人の従者たちは、全員、貴族の家の出だった。
家督を継ぐことはないが、中央貴族の家で、人々から敬われて育ってきた者たち。相応に、プライドを持っていたはずだ。
――帝国の印の入った持ち物を身につけていたところからも、そんな臭いがしますわね。
正直、ミーアにしてみれば、身分がバレるようなものを身につけて悪いことするな! と言ってやりたいところではあるのだが……。
ともかく、そんなプライドの高い彼らが、自分たちを差し置いて「田舎貴族」であるティオーナが、歓迎パーティーに出席することを快く思わなかったとしても不思議ではない。
主たちとは違って、従者の側には動機があるのだ。
「納得いきません、姫殿下。どうして、われわれの従者が……、たかが田舎貴族の娘を監禁しただけで……」
それは帝国の価値観に則った抗議だった。
中央の門閥貴族は、平民はもちろん地方貴族に対しても、どれだけ無礼を働いても許される。
――それが、どれほど人々の憎悪を買うか、わからないのですわね。
ミーアの胸にあるのは怒りではなく、むしろ憐れみだった。なにしろ、ミーア自身、地下牢に入れられるまではわからなかったことだ。
その状況に追い込まれなければ決して気づけないこと、けれど、それに気づいた時には既に手遅れで……。
――他者を虐げれば、自らもまた、その種を刈り取るのだと言ってもこの人たちには伝わらないのでしょうね。
ため息混じりにミーアは首を振った。
「なるほど……、確かにそのとおり。あなたたちの言うことは間違ってはいないのかもしれませんわ。もしここが帝国であったならば……、ですけど」
「え?」
「あなたたちは、この学園の支配者が誰なのか、考える必要がありますわ」
ミーアは一計を案じた。
ミーア自身の価値観に基づいて断罪したとなれば、彼らの不満はミーアに向かう。それを避けるために、別の人間に責任を押し付けたのだ。
すなわち、この学園の支配者、ラフィーナ・オルカ・ヴェールガに。
「ラフィーナ様は高潔な方。あの方が、学園の大切な生徒に対するこのような狼藉を見過ごされるとお思い?」
一度、言葉を切って、ミーアは瞳を閉じた。
「それに、わたくしもあまり、その考え方、好きではありませんわ。よってたかって力の無いものを虐げるなど、とても高貴な者のすることではございませんわ」
ほんの少しだけ本音が混じる。
革命軍によってたかってイジメられたミーアとしては、彼らと同じことをする気にはならなかった。
口汚く罵られればつらいし、暴力をふるわれれば痛い。
するのも、されるのも、ミーアはイヤだった。
「本来であれば、あなたたちにも責任を取ってこの学園を辞めていただかなければならない所だとは思いますが……、それはさすがに可哀想とわたくしは思っておりますの」
「ミーア様……」
「今回のこと、わたくしに免じてラフィーナ様には納得していただこうと思っておりますわ」
きっちり恩も売っておく。
これで彼らは、ミーアに罰せられたにもかかわらず、ミーアに恩義を感じざるを得ない。
――これで、なんとかおさまってくれればいいのですけど。
どっと疲れを感じながらも、ミーアはラフィーナへの面会を求めた。




