第六十七話 ミーア姫、キノコの目利きを始める!
「お目にかかることができ、光栄にございます。ミーア姫殿下」
縮こまった商人を前に、ミーアは、ちょこん、とスカートの裾を持ち上げ、
「これは、ご丁寧な挨拶、痛み入りますわ。巡礼商人殿」
にっこりと笑みを浮かべる。
巡礼商人――それは、巡礼街道を移動しつつ、商売を行う者たちの総称である。
彼らは巡礼街道を通り、様々な国をめぐっては商品を買い付け、別の地に売りに行く交易商だ。巡礼者に対しての旅の物資の売買もするため、各国で重んじられている。
「今は、どちらに向かっているところなのかしら?」
「はい。私どもは、王都を目指しております」
「あら? あなたたちも王都に? それは奇遇ですわね。わたくしたちもですわ」
ミーアの言葉に、男は苦笑いを浮かべた。
「縁があったのが、ミーア姫殿下ご一行であったことに、我ら一同、胸をなでおろしております」
「あら? それはなぜですの?」
「実は、この辺りに盗賊団が現れるという情報を得まして。さりとて、進路を変えるのもなかなかに難しく……、盗賊団と遭遇してしまったらどうしようかと、頭を悩ませていたのです」
商隊は、馬車三台の、それほど大きな規模のものではなかった。
どうやら、三人の馬車持ちの行商人が、向かう方向が同じということで、行動を共にしているだけらしい。
当然、しっかりとした護衛を雇うだけのお金もない。
「サンクランドは治安が安定した国ではありますが、賊がまったく出ない地というのはございませんので……」
「ふむ、なるほど……」
ミーアの脳裏に、シオンの命を奪う盗賊団の姿が浮かんだ。
――その噂になっている盗賊団が、シオンを殺すことになるのかしら……。
「あの、どうかなさいましたか?」
「はぇ? あ、ええ、なんでもありませんわ。それよりも、これもなにかの縁というもの。よろしければ、あなたたちの売り物を少し見せていただけないかしら?」
「それはもちろんでございます。品質の良い商品を取り揃えておりますよ」
商人は愛想のよい笑顔を浮かべ、もみ手を始めるのだった。
「まぁ、ミーアさま! この布、なかなか上質なものですわよ?」
「あら、そうですわね。手触りが、とてもよろしいですわ」
エメラルダの歓声に、ミーアは優雅な、皇女然とした笑みを浮かべた。
ミーアだってやろうと思えば、姫っぽく振る舞うことはできるのだ。なにしろ、ミーアは帝国の皇女。疑義を差しはさむ余地なく、正真正銘、お姫さまなのである!
“っぽく振る舞う”もなにも、そもそもがお姫さま。自然にしていれば、その風格は否が応でもにじみ出てくるはず……はずなのだが……。とても、不思議なことである。
――ふむ、みなさん楽しんでいるようですし、良かったですわ。
ティオーナやシュトリナ、ベルも、それぞれに商品を見て楽しんでいる。
貴族の令嬢に相応しい、華やかな光景をしり目に、ミーアは、とある場所で立ち止まった。
「まぁ、これは、紫偉茸を干したものですわね。ここからだいぶ離れた場所が産地だったから、諦めていましたけれど、まさか、出会えるとは思っておりませんでしたわ!」
それは、サンクランドの東方でとれるキノコだった。乾燥させることで味に深みが生まれるというそのキノコは、高貴なる偉人が好んで食べたものとして知られている。
「あら、それにこちらのは、抹茸ですわね。煎じてお茶にすると、独特の甘みがあるという……」
緑色のキノコに歓声を上げるミーア。
「おお、お詳しいですね。ミーア姫殿下」
「うふふ、それはもう。このぐらい当然ですわ」
ミーアは、予習の成果を存分に披露していく。ドヤァ顔で、別のキノコに目をやり……、
「これは、旨芽慈茸ですわね。とっても美味しそう」
アベルに食べさせてあげたいな、なぁんて思っていると……、商人はおかしそうに笑い声をあげた。
「ははは、惜しいですな。それは、紅旨芽慈茸という毒キノコです」
ミーア、見事に毒キノコを引き当てる! 危うく食べさせられそうになったアベルは今ごろ、背筋に寒気を覚えているころかもしれない。
「どっ、毒キノコっ!? なぜ、そのようなものを売っているんですの!?」
悲鳴を上げるミーア、っと、その後ろからそっと近づいてきたシュトリナが説明してくれる。
「この毒キノコは、じっくりと煮込めば毒気が抜けます。珍味として、一部の地域では親しまれていると聞きます。それに、このキノコの陽毒は、陰毒と打ち消しあうので解毒剤にも用いられることがあります。もっとも、かなり強い毒なので、これを使って拮抗させなければならないような毒はあまりありませんが……」
「おお、そっちのお嬢さんも詳しいですな。たしかに、これを解毒剤として使うことは、今ではほとんどありますまい。昔は、狩猟に毒矢が使われておりましてな。誤って指にでも刺したり、口に入ってしまった、などという時には、これを使って治療したとのことですが」
シュトリナの言葉を、商人の男が補足する。
「わぁ、リーナちゃん、すごい!」
「ふふ、それほどでもないけど……」
などと言いつつも、ベルに手放しで褒められて、嬉しそうに笑みを浮かべるシュトリナである。
一方、ミーアは、
「ふーむ、そうなんですのね」
ドヤっていたのを邪魔されて気を悪く……する様子もなく、むしろ感心した顔で頷く。
そうなのだ……キノコ女帝ミーアにとって、キノコの知識を与え、自らを成長させてくれるものは貴重な師。尊敬をもって接するべき人物なのだ。
――さすがはリーナさん……、素晴らしい知識量ですわ。
腕組みしつつうなってから……、
「ならば……、買っていってもよろしいかしら……」
とんでもないことを言い出した!
――珍味などと聞いてしまえば、試してみない手はありませんわね。専門家のリーナさんがいれば、処理にも困らないはず……。
キノコ向学心の塊のミーアである。
それから、ミーアはシュトリナのほうを見て、
「リーナさん、処理をお願いできるかしら?」
美味しく仕上げてね、という思いを込めて、ミーアは、シュトリナを見つめた。
対して、シュトリナは、真剣そのものの顔で、こくりと頷き、
「……かしこまりました。ミーアさま」
商人からキノコを買うと、すぐにその場を去っていった。
新たなる珍味を手に入れたミーアは、ほくほく顔で、ほかの商品も見て回る。
すっかり、商人たちと仲良くなってしまったミーアは、ちょうど向かう先が同じだった商隊と、同行することにしたのだった。




