第六十三話 ガールズトーク……ガールズトーク?
巡礼街道、それは、神聖ヴェールガ公国から大陸の各国へと伸びた幹線道だ。
古くから、すべての道はヴェールガへと通ずと言われているが、この巡礼街道は、まさにその言葉を表していた。
中央正教会により維持されているその道は、舗装がしっかりとしていて、人通りの多さに比例して道幅も広い。馬車がすれ違うことができるぐらいの余裕があった。
そんな道を、ミーアたち一行の馬車が進んでいく。ヴェールガを経由して、サンクランドへ。その途上で、ティオーナたちとも合流を果たした一行は馬車七台、その周りを護衛の騎兵が取り囲むという、なかなかの大所帯となっていた。
まぁ、それでも、一国の皇女一行と考えるならば、大規模すぎるとも言えないのだが。
「なかなか、お父さま、手ごわかったですわ」
馬車に揺られながら、ミーアは深々とため息を吐いた。
自分も一緒に行くと言って、まったく譲らない父親。ミーアが「パパだーいすき!(棒読み)」をすることで、どうにか納得させたわけだが……。
「説得するのに苦労しましたわ。本当に、頑固者で困ってしまいますわ」
精神的疲労でげっそりした顔をするミーアに、エメラルダは小さく首を振った。
「ふふ、そんなことありませんわ。陛下は、ミーアさまのことを、とても大切にされておりますわよ」
エメラルダは優しい笑みを浮かべて、それから、ミーアに負けず劣らずな深いため息を吐く。
「それに、そんなことを言ったら、お父さまのほうが頑固ですわ。私が、縁談は気が進まないと言っても全然聞く耳をもってくれませんのよ? ミーアさまのおっしゃる通り、こうして、直接、お断りにきて正解でしたわ」
「まぁ、でも、それだけ良いお相手なのかもしれませんし……。同格の公爵家であれば、悪い相手とも言えませんわ。グリーンムーン公もエメラルダさんのことを思ってのことかもしれませんわよ」
などとエメラルダをたしなめつつ、ミーアは思っていた。
――グリーンムーン公は、もしかすると、エメラルダさんを家から遠ざけたいのではないかしら……?
実は、エメラルダの下には五歳違いの弟がいる……のだが、年の離れた姉に頭が上がらないどころか、結構な姉好きとして育っているのだという。
シスコンというか、エメラルダを親分として慕う子分のような関係になっているとか……。
――まぁ、エメラルダさん、わがままですけど意外と面倒見は良いほうですから、わがままですけど、慕われてるのでしょうね……。わがままですけど……。
ともあれ、このままでは、次期グリーンムーン家を継ぐ者が、姉に頭の上がらない軟弱者に育ってしまうかもしれない。
ちなみに、その、エメラルダに頭の上がらない弟だが、一度、ミーアとの婚姻が検討されたことがある。
けれど、それが実現することはなかった。
「濃い血は濁り、不幸を呼ぶ」
それは、古より言い伝えられていることであった。それゆえ、ティアムーン帝国ではあまり近しい血族同士の婚姻を避ける傾向にあった。一応はエメラルダの弟とミーアでは、関係的にはギリギリで許容範囲ではあったのだが……、
「うちの弟とミーアさまとでは、釣り合いませんわ!」
エメラルダが頑として認めなかったのだ。
「ミーアさまは、帝国皇女なのですから、それに相応しいお相手を見つけて差し上げないといけませんわ。我が弟では少々……、いえ、まったく力不足ですわ!」
イケメンソムリエでもあるエメラルダは、身内にも大変厳しいのである。
まぁ、そんなわけで……、エメラルダが実家に残るようなことになっては大変だと、グリーンムーン公も思ったのではないか……、などと予想するミーアである。
「ちなみに、エメラルダさん、もしもお相手がものすごく見栄えの良い殿方だったら、どうしますの?」
「うーん、そうですわね。まぁ、私の親衛隊の一員に加えて差し上げるぐらいはいたしますけれど……。そもそも、この星持ち公爵令嬢の私に相応しい者などそうはいないと思いますわよ」
などと笑ってから、エメラルダは、パンっと手を打った。
「あ、そうですわ。どうせでしたら、私と婚儀を挙げたいのなら、王子でも連れてこいと言ってやる、というのはどうかしら?」
「あー、シオンはやめておいたほうが良いですわ。とても、エメラルダさんで相手ができるような者ではございませんし……」
想像しようにも、あのシオンとエメラルダが結婚するなどという光景が、まったくもって想像できないミーアである。
「性格的に言えば、シオンと釣り合いそうなのは……それこそラフィーナさまか、もしくは……」
ふと、ミーアは、後方の馬車に乗る一人の少女のことを思い出す。
かつて、ミーアを断頭台へと追いやった、元祖帝国の聖女、ティオーナ・ルドルフォンの顔を……。
――ふむ、そういえば、ティオーナさんとシオンは、わたくしが処刑された後、結ばれたのかしら……?
今まで気にしたことはなかったが……。前の時間軸、ミーアから見てもお似合いだった二人……。その二人がどんな運命を辿ったのか、なんとなく気になってしまうミーアである。
そんなミーアの視線を追ったエメラルダが、ちょっぴり不満そうな顔をする。
「それにしても、ティオーナさんまで同行させるとは、なにかお考えがあってのことですの?」
「……一応言っておきますけれど、ティオーナさんは、わたくしの友だちですわ。辺土貴族だなんだと、つまらないことを言い出したら……」
と、釘を刺しにかかるミーアに、エメラルダは訳知り顔で頷いた。
「ええ、もちろんわかっておりますわ。ミーアさまのお友だちは、私のお友だちですもの。ティオーナさんがいじめられておりましたら、私が助けて差し上げますわ」
と、そこで、エメラルダは一度、言葉を切り……、
「なにしろ、私は、ミーアさまの一番の親友ですもの。ミーアさまを悲しませるようなことはいたしませんわ! なにしろ、私は一番の親友なのですから!」
「そ、そう……。それならば、いいのですけど……」
堂々と胸を張るエメラルダに、一抹の不安を感じるミーアであった。