第四十二話 メイド暗躍 顛末
綺麗にドレスアップしたティオーナに、キースウッドは一枚のメモ用紙を手渡した。
「申し訳ありません、ルドルフォン嬢。もしよろしければ、この手紙をシオン殿下にお渡しいただけますか?」
「? はい、わかりました」
小さくうなずくと、ティオーナは会場に向かった。
ダンス会場に遅れて現れたティオーナ。
けれど、誰も彼女の存在を気にするものはいなかった。なぜなら、ちょうど今まさに、ミーアとシオンのダンスが終わったところだったからだ。
その見事なダンスは、会場中の視線を釘付けにしており、ティオーナは注目を集めることなく会場に入ることができたのだ。
ダンスが終わり、複数の女子に囲まれているシオン。そこに向かうのは、多少の勇気を必要としたが……。
――せっかく、みんながここまで連れてきてくれたんだから。
覚悟を決めて、ティオーナはシオンに歩み寄った。
「あの……」
「おや、君は、確か……」
「ティオーナ・ルドルフォンと申します、シオン殿下。あの、キースウッドさんから、これを……」
「うん? ちょっと失礼」
周りに集まっていた女子たちを遠ざけ、シオンはメモに目を通した。そこには事件の概要と犯人のことが書かれていた。
さらには、念のためと前置きした上で、ミーアが関与している可能性にも言及されていた。
――キースウッドのやつ、慎重にもほどがあるな。
シオンは思わず苦笑した。
キースウッドの仕事は、シオンの気づかない可能性を指摘して、その視野を広げることだ。主たるシオンが好意的な人物に対しては、余計に厳しい視線を向けなければならない。
恐らく、ミーアの関与を本気で疑っているわけではないのだろう。
――というか、あいつだって好きなタイプだろうに。
にもかかわらず、私情を挟まず、ただ、シオンが考察する材料を提供しようとする姿勢は、優秀というよりは苦労人という感じだった。
――それにしても……。
改めて、シオンは先ほどのミーアの態度を思い出していた。
恐らく、ミーアは先ほどのダンスの最中に、ティオーナの姿を見つけていたのだ。
ひと目見て、彼女になにがあったのか、大体のところを察した彼女は、せめてこのパーティーを楽しんでもらえるよう、ティオーナをシオンに託したのだ。
普通ならばミーア自身がケアに乗り出しそうなものだが、ダンスの場合、パートナーとなる男子になんとかしてもらうのが一番手っ取り早い。
――俺に相応しい……、つまり、俺の力を必要としている者がいる、ということか。
そんな風に助力を乞われてしまえば、シオンとしてはやはり断れない。
――しかし、相応しいというのは、少し意味合いが違うんじゃないか?
シオンは、先ほどの言葉を思い出し、小さく笑みを浮かべた。
完璧に見えるミーアの、ちょっとした弱点を見つけた気になって、ほんの少し微笑ましい気持ちになったのだ。
「あの、シオン王子?」
「ん? ああ、いや、失礼。ルドルフォン嬢、俺と一曲踊ってもらえるだろうか?」
かくて、ダンスパーティーの夜は明けて行く。
翌日……。
ミーアは、気持ちの良い目覚めを経験していた。
昨夜は、たっぷりダンスで体力を使い、程よく汗をかいた後に、ゆっくり入浴。
それから、心地よい疲労感に促されるままふかふかのベッドに入り、そのまま朝までぐっすりと眠ることができた。
まさに理想的な睡眠。疲れも取れて、まさに爽快な朝である。
鼻歌など口ずさみつつ、今日の朝食は何かしら……? などとのんきに食堂にやってきたミーア。
席に座り、アンヌが食事の手配に行くのを見送っていたところで……、
――あら?
そのアンヌに近づく者の姿に気が付いた。精悍な顔をした青年だった。ぴちっとした執事服に身を包んでいるところを見ると、どこかの生徒の連れてきた使用人なのだろう。立ち居振る舞いは、どこか優雅で気品があり、魅力的な人物と言えた。
それが、ただのイケメンだったら、ミーアも何も言わなかっただろう。
アンヌにいい人ができたのかしら? などと、むしろ応援すらしたかもしれない。
けれど……、それが、宿敵、シオン王子の使用人であるならば、話は別だ。
しかも、彼の隣にいる少女が、さらに問題だった。帝国少数民族の特徴を有した少女は、紛れもなく、ティオーナ・ルドルフォンの使用人、リオラだった。
前の時間軸、恨みのこもった目で矢を向けられたのは、今でもミーアの脳裏に焼き付いて離れない経験だった。
――ど、ど、どうして、アンヌがあいつらと親しげに話しているんですのっ!?
ミーアは、戻ってきたアンヌに事情を尋ねた。
「あとで、お話するつもりだったんですが……」
遠慮がちにアンヌの報告が始まる。話をすべて聞き終えた時……、
「…………」
ミーアは固まっていた。その小さな体がゆっくりと傾いていき、傾いていき……。
「きゃあっ! ミーア様っ!」
ミーアはそのまま真横に倒れた。
その顔色は、月光のように青白くなっていた。