第五十七話 シオンの危機とミーアの考察
帝都に戻ったミーアは早速、ベルから借りた皇女伝を開いた。
……ほんの軽い気持ちで、のことだった。
ルードヴィッヒから、周辺国の王侯貴族の支持が大事と聞かされたミーアは、実は、完全に油断していた。なにせ、自分はラフィーナとシオンの二人と、比較的良好な関係を築いているのだ。
大陸の権力者でいえば、ほぼ最高の二人と仲良しなのである。あの二人が呼びかけてくれれば、それになびく者も多いことだろう。
これは、案外、女帝になるのは楽ちんなのではないか? もしかして、もうすでに女帝になることになっていて、暗殺されない未来が書かれているんじゃないか? などと……、そんなことまで考えてしまう始末で……。
同時に、そうは言いつつも、どうせ変わってないんだろうな、などとも思っていた。
どうせ大きな変化なんかないんだろうなぁー、なんて思いながら……。自分が暗殺される記述を見るの嫌だなぁ、怖いなぁ、なんて思いながら……、それでも頑張って開いたのだ。
恐る恐る薄目を開けて、ページを眺めた……結果……!
「なっ、なな、なんですのっ! これはっ!?」
ミーアは見つけてしまった。
その衝撃的な記述……、シオン・ソール・サンクランドが、若くして死ぬ、という記述を。
「そんな……まさか……。シオンは、サンクランドの国王になるはずじゃないんですの? 天秤王だとかなんだとか、格好つけた名前で呼ばれることになるんじゃ……」
ミーアは急いで、その記述に目を通す。と、シオンはどうやら盗賊団との戦闘で命を落とすことになるらしい。
「まったく、なにをやっておりますの! シオンは! そんなの、兵士に任せておけばよろしいですのに……あっ! しかも、これ、あと三十日ぐらいしかありませんわ!」
などと愚痴りつつも、実にシオンらしい行動だと、ミーアは思ってしまう。
なにしろ、正義感の塊のような少年である。悪さをしている盗賊団がいると耳にすれば、ほいほい出ていきかねない、そんな危うさがあるのだ。
それに、サンクランド自体にそうした雰囲気があることを、ミーアも聞いていた。
王族は民の模範たれ。戦場では常に先陣を切るべし……。
そのような「常識」のある国だからこそ、王族であっても城にこもっているわけにはいかない。
民が賊に虐げられていれば、王族や貴族自らが軍を率いて対応に当たらなければならない。そうしなければ「高貴な身分に相応しい正義」を疑われるのだ。
その点、レムノ王国にも近しい常識があった。
王は常に勇猛たれ。軍を率いない王族は王の資格なし。そのような常識に従い、かつてはアベルも反乱の鎮圧に軍を率いてきたのだ。
「あるいは……、その常識に則って、シオンの足元をすくってやろう、などという者がいたのかもしれませんわ」
そそのかして、シオンを賊の討伐に追いやった者がいるのかもしれない。
ミーアは腕組みしつつ、考え込む。
「ま、まぁ、別に? シオンが死んじゃっても、わたくし、気にしませんし……? あいつは、わたくしの首を落とした張本人でとっつきにくいやつですし……それに」
などと、ぶつぶつつぶやくも、長くは続かなかった。
「……やはり、あいつが死んでしまうのは、後味が悪そうですわ……」
ふいのことならばともかく、すでにミーアは未来を知っている。防げるかもしれないことなのに、なにも行動しないのはさすがに気が引ける。
「なんだかんだ言って、わたくしのことを助けにきてくれた恩もございますし……。それに、そうですわ。シオンの次の王位継承者がわたくしのことを支持するかは不透明ですわ。それに、ベルも、シオンのファンみたいですし……」
などと悩むことしばし、ミーアは決断を下す。
「やはり、なんとかする必要がございますわね」
これが、ただの事故ならば問題ない。シオンなりキースウッドに連絡して、派遣される兵を増やさせればいいし、シオンの周りをがっちり固めればいい。
「シオンが討伐に派遣されないようにするというのはさすがに無理かしら……」
サンクランド王国内のことに口出しはできないし、シオンの性格を考えれば、警告したとしても素直に聞いてくれるとは思えない。
「それに……、これが蛇の陰謀という可能性もありますわ……」
あのシオンが、ただの盗賊との戦いで命を落とすというのは、少しだけ考えづらかった。
「シオンの剣の腕前はたしかだったはずですわ。キースウッドさんもいるのに、ただの盗賊なんかに殺されるとは思えませんわ」
もしそれが、蛇の陰謀であるというならば、一筋縄ではいかないはず。
「本当であればディオンさんを派遣できればいいのですけど……。サンクランドにもプライドがあるでしょうね……」
帝国最強のディオン・アライアを派遣できれば、どのような罠が張られていても、軽々と喰い破ってくれるだろうけれど……、弱小国が相手ならばともかく、相手は帝国と同等の大国である。
帝国から護衛を派遣するなどと言ったところで、聞かれるとも思えない。
「しかし、サンクランドにも腕利きの兵はいるでしょうけれど、それをシオンの護衛につけていただくこともできませんし……」
帝国内のことであれば、ある程度はミーアの自由になるのだが、場所がサンクランドとなるとそうもいかない。
「未来の出来事がわかっている、と言えないのがもどかしいですわ。なんとかできないものかしら……」
今のままでは、せいぜい、気を付けろと注意するぐらいである。陰謀が企まれている可能性あり、などと言えば、あるいはなんとかできるかもしれないが……それだけでは少し心もとない。
逆に、それを利用して、陰謀の主を捕らえてやろう、などとシオンならば考えそうだ。
「ぐぬぬ……厄介ですわね……」
「失礼いたします。ミーアさま、エメラルダさまが、いらっしゃっておりますが……」
ふいにアンヌに呼びかけられて、ミーアは思考の沼から浮上する。
「あら……? エメラルダさんが……ふむ」
それから、ミーアはお腹を軽くさすってみる。
「ふむ……、やはり、考え事をする時には甘いものが必要ですわね!」
エメラルダの持ってくるお土産に期待するところ大、なミーアなのであった。