第五十三話 夜明けの演舞
ペルージャンの収穫感謝祭は、夕方から夜にかけて行われる盛大な祭りだ。
王都、黄金の天の村の中央に位置する広場に建てられし祭壇、そこにあらかじめ保管しておいた収穫の初穂の小麦を捧げて、祭りが始まる。
それは、祭事と宴とが一体化した、にぎやかなものだった。
そんな中……ミーアは……、
「ああ、本当にこのターコース、美味しいですわ。ピリ辛な味がこんなにキノコに合うなんて思ってもみませんでしたわ! キノコはキノコだけで食べても美味しいですけれど、ほかの食材と合わせても味が引き立つ。奥が深いですわ」
感動に身を震わせる。
薄い生地に包まれたターコース、中身はシャキシャキの葉物野菜と赤みがかったピリ辛ソース、それにミーアの大好物のキノコ。
しっとりとした生地と野菜のしゃっきりした歯ごたえ、キノコのコリッとした食感三重奏に、ミーアの舌が踊りだす。
「ああ、美味しいですわ。ペルージャンの豊かな実りに感謝ですわね。帰ったらしばらくは食べられませんし、しっかりと記憶に刻み込まねばなりませんわね」
いっそ、毎年、遊びに来られないかしら……? などと思っていたところで、ラーニャの従者の女性がやってきた。
「ミーア姫殿下、それでは、そろそろ……」
「ふむ……! 出番ですわね! ベル、行きますわよ」
ミーアは堂々と立ち上がる。その体からは、気合がほとばしっていた。
美味しいキノコ料理を食べたミーアの気合は、大変に充実していたのだ。
――このような美味しいお料理を食べることができた。美味しいキノコを収穫させてくださった神と、料理を作ってくれたペルージャンのみなさんへの感謝と感動を表現せずにはいられませんわ!
いったん建物に入り、そこで、ミーアはマレビトの衣装を受け取った。
マレビトの衣装は一枚の布を体に巻き付けて帯で締めるというような、少し変わったものだった。下も裾の広いズボンのような、見たことのないものだった。
アンヌに手伝ってもらって早速着替える……が、
「えーと、これが、こうなって……あれ?」
などと、アンヌが戸惑いの声を上げている。
「慣れない衣装だから、苦戦するのはしかたありませんわ、アンヌ。気にせずゆっくりで構いませんわ」
「はい、申し訳ありません。ペルージャンの方にも手伝ってもらいますね……」
そう言ってアンヌは出て行った。
しばらくして、戻ってきたアンヌは、ラーニャの従者の手を借りて、きちんと着付けを仕上げていった。その顔に焦りはない。できないことに劣等感もなく、けれど、すべきことは一つ一つ確認しつつ、作業を進めていく。
あの日、タチアナのようにならなければ、と言った時の面影はもはやない。そこにあるのは、ひたむきに、焦ることなく技術を習得していく、いつものアンヌの姿だった。
やがて、出来上がりに満足したのか、うんうん、と大きく頷き、アンヌは言った。
「ミーアさま、準備ができました」
それを聞いて、ミーアは深呼吸して……、
「ありがとう、アンヌ。では、行ってきますわ」
笑みを浮かべた。
姫たちが裏へと下がり、舞の準備をしている時間、それは、祭りのクライマックス前の一呼吸。
開始直後、ごちそうと酒により盛り上がった宴に訪れた、一瞬の静寂の時だった。
「ユハル陛下……」
静かに酒杯を傾けていたユハルに、話しかけてくる者がいた。
「ああ、貴殿はたしか……ミーア姫殿下の」
「ティアムーン帝国、金月省所属のルードヴィッヒ・ヒューイットにございます。ユハル陛下。少し、お時間よろしいでしょうか?」
ルードヴィッヒはそう言って、膝をつく。
「非礼をお許しいただければ幸いにございますが……」
本来、国王であるユハルに一文官であるルードヴィッヒが不用意に話しかけることは、礼を失することではあったが……。
「今宵は祭り、宴の夜だ。王も民も揃って神に感謝をささげる日、王も民も、神の前ではただ人に過ぎぬ。自由にするがよい」
「感謝します、陛下」
そう言うと、ルードヴィッヒは、ユハルのすぐそばに腰を下ろした。それから、静かに口を開く。
「陛下、ミーア姫殿下に収穫感謝の舞をさせたのは、何故でしょうか?」
ふいの問いかけに、ユハルは特に機嫌を悪くするでもなく、驚くでもなく……。静かに盃を揺らしながら答える。
「いや、なに……。ただの気まぐれ。大した意味など……」
「もしや、顔見せ……、と、そういうことでは?」
鋭いルードヴィッヒの言葉に、ユハルは眉を上げた。
「ほう、さすがは、姫殿下の重臣。見抜かれてしまったかな?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるユハルに、ルードヴィッヒは、重ねて問う。
「民にミーア姫殿下の印象を強烈に刻み込む……。その意味は……。もしや、ペルージャンの今後に深くかかわることではありませんか?」
「ルードヴィッヒ殿は、セントノエル学園の入学式のこと、ご存知かな?」
質問には答えず、ユハルは逆に問うてきた。
例のパン・ケーキ宣言の話はルードヴィッヒも当然聞いていた。その上で、彼はミーアの立てているであろう構想を察知していた。
「あの宣言を形にするとしたら、考えられるのは……、国家を超えた、飢饉に対する組織の構築でしょうか」
「左様。そして、そのような組織には、本拠地となる場所が必要となるだろう。また、その取り組みには農業の知識と、すぐに輸送可能な食糧の備蓄が必要となる……。であれば……、我がペルージャンの地がそれに名乗りを上げてもよいのではないだろうか」
それこそが、ユハル王が思い描いたペルージャンの未来だった。
そして、同時に、それは……、
「我がペルージャンは、帝国自体と信頼関係を結ぼうとは思わぬ。されど、我らはミーア姫殿下ご本人に信頼し、その壮大なる構想に尽力する……。そのための布石として、民にミーア姫殿下の姿を覚えておいてもらいたかったのだ」
それこそが、ユハルが出した答え。ケーキのお城を建てた民が向かうべき未来。
だからこそ、ユハルは重要な演舞への参加を要請したのだ。
「そのお話、我らも大いに興味があります」
ふと、声のほうに視線を向ければ、そこには、二人の男の姿があった。
シャローク・コーンローグとマルコ・フォークロード。稀代の商人二人が、そこにいた。
「コーンローグ殿、お体のほうはもう?」
「なんの……。このような重要な時に、寝込んでいるわけにもいくまい」
と、その時だった。
カーン、カカーンっと……、ざわめきをかき消すように、甲高い木の音が聞こえてきた。
「おっと、これ以上、野暮な話をすることもあるまい……。続きは後ほど」
かくて、後にペルージャンの夜明けの演舞と呼ばれる、姫たちの舞が始まる。
昨日、活動報告更新しました。