第四十一話 メイド暗躍 その4
少しだけ、前の時間軸の話をしよう。
ティオーナの監禁事件は、前の時間軸においても起きていた。
パーティー当日、監禁されたティオーナは従者たちの活躍によって助け出され、遅れて会場に到着。
その後、シオン王子にダンスパートナーとして誘いを受け、完璧なダンスを披露して、周囲の生徒たちから一目置かれるようになるのだ。
そして、大きな違いとして、救出の場所にアンヌはいなかった。
ミーアが連れて来ていたメイドは、中央貴族の三女だった。一応、ミーアの言うことは聞くものの、決して働き者とは言えず、この時も仲間同士でお茶会などを開いていたのだ。
だから、ティオーナを助け出したのは、キースウッドとメイドのリオラの二人だけだった。
そして切り刻まれたドレスをなんとかするべく、彼らが頼ったのは学園の支配者、ラフィーナ公爵令嬢だった。
ここに、ティアムーン帝国における革命の主導者ティオーナと、協力者シオン王子、さらに、その後ろ盾となる聖女ラフィーナの三人の強力なつながりが生まれたのだ。
そして、その敵役として疑いをかけられた者こそ、帝国貴族の頂点に君臨するミーアだった。
自らに疑惑がかけられたと知ったミーアは、けれど、その疑いを解くことはしなかった。
たかだか辺境貴族の娘が、どうなろうが、自分に疑いがかけられようが、そんなもの取るに足らないことと、気にもかけなかったのだ。
貴族が平民を虐げるのは当然のこと、同じように中央の門閥貴族が辺境の田舎貴族を虐げることは、とがめられることではないと彼女は思っていたのだ。
帝国革命の火種が、いったいいつ生まれたのか……、それを断定することは難しい。
飢饉が原因と言う者もいれば、大貴族の暴虐や皇帝の無能を挙げる者もいる。
けれど、帝国皇女ミーアがギロチンにかけられることがいつ確定したのかと言えば、まさにこの事件が発端ということができるだろう。
強大な歴史の流れは、今まさにミーアをギロチンへと押し流そうとしていた。
そんな、破滅へと怒涛の如く向かいつつある歴史の激流に、今、アンヌが敢然と立ちふさがる。
「ミーアさまが? 犯人?」
つぶやいたアンヌは、次の瞬間、
「そんなこと、あるわけないじゃないですか」
笑いだした。
あまりにありえない話だったので、怒りより先に、笑いが出てしまったのだ。
「キースウッドさん、本気で言ってるんですか?」
――へー、一片の疑いも持たないのか……。
そのアンヌの反応に、キースウッドは感心する。
――きちんと側近の心を掌握しているということか。
実のところキースウッドとしても、ミーアが犯人だなどとは思っていなかった。それでも念のため、アンヌの反応を見てみようと言ってみたことだったが……。
「あ、あの、キースウッドさん、私もミーア姫殿下は、そんなこと、しないと思います」
被害者であるティオーナも、横から口を挟んできた。
「なるほど、まぁ、被害者ご本人がそう言うんなら、それで納得しますよ」
肩をすくめて見せる。
そんな彼に、アンヌがおずおずと話しかけた。
「あの、キースウッドさん、もしかしたら、あなたの王国では、上に立つ者が下々の者の責任を負う、という考え方があるのかもしれません。そう言う意味では、帝国貴族のしたことは、ミーアさまの責任になってしまうのかもしれません」
その理屈は奇しくも前の時間軸において、ラフィーナがミーアを軽蔑したのと同じ理屈だった。
ラフィーナはミーアが直接的な犯人であるとは考えていなかった。
ただ、弱者への横暴を、咎めるべき立場のミーアが黙認したことに失望したのだ。
統治者としての資格なし。
その烙印を押されたからこそ、ミーアはついにラフィーナの友人となり得なかったのだ。
「だから、恐れ多いことながら、今だけはこの私がミーアさまの腕の代わりに、その責任を取りたいと思います。ティオーナさまを必ず、パーティー会場に届けて見せます!」
気合いの入った“ミーアの腕代理”の発言である。
それは、ミーア本人から見ると腕が勝手に動いて、憎き仇を助けようとしている怪奇現象以外の何物でもない。
「ティオーナさま、どうぞ、そちらにおかけください。今、メイクを直します」
アンヌの手際は神速を極めた。
なにしろ、ミーアで同じことをやった後である。
……考えようによっては、自らの主人を練習台にしたと言えなくもないが……。
――もしかしたら、ミーアさま、こういうことを予期して、自分を練習台に? って、そんなことないか。
無論、そんなことはない。
そんなことはありえない、と、ミーアに毒されたアンヌであっても、よく考えればわかることである。
けれど、あるいはミーアならば……、と思うほどにはアンヌは毒されているのだ。
――ミーアさまの信頼に応えるためにも頑張らないと……。
気合いの入った『ミーアの腕』は、その剛腕ぶりをいかんなく発揮して歴史の流れを力づくで捻じ曲げていった。