第五十二話 ミーア姫、ダンスに打ち込む!
ラーニャから要請を受けて、ミーアは早速、収穫感謝の舞の練習を始めた。
ペルージャンの演舞は両手に鳴子と呼ばれる、木製の楽器をもって、それをカンカンと鳴らしつつ、リズムよく踊るというものだった。
そしてミーアは、教えられた舞をほぼ完璧に舞っていた。
その流れるような仕草は見とれるほどに美しく、まるで長年にわたってその演舞を舞ってきたかのようにスムーズだ。
言うまでもなくダンスは得意なミーアであるが、それだけではなく、努力の賜物でもあった。
なぜならば……、
「ミーアさまにしていただきたいのは、簡易化したものなので安心してください。正式なものは、すごく大変なので……」
そう言って気遣ってくれたラーニャに、ミーアは言ってしまったのだ。
「あら、わたくしでしたら大丈夫ですわよ? 正式なもので構いませんわ」
などと……。
……そう言わざるを得なかったのだ……。なぜなら、ミーアのすぐ後ろで、ベルが……。
「うふふ、ミーアおば……お姉さまのダンス、とっても楽しみです!」
なぁんて、ウキウキ顔で言うものだから……。
ミーアとしても孫の素直な尊敬が嬉しくないはずもなく、だからつい言ってしまったのだ。正式なほうで構わないと……。さらに、
「ふふん、わたくしの華麗なダンスをしっかりと目に焼き付けると良いですわ!」
そんな調子の良いことまで言ってしまったのだ。言わなきゃいいのに……。
さて、堂々と宣言してしまった手前、まさか失敗するわけにもいかない。それで練習せずにいられるほどに、ミーアの心臓は丈夫ではない。ミーアは小心者の心臓の持ち主なのだ。
ということで……、本番の演舞で失敗する夢を見たりしてうなされつつも、ミーアは懸命に練習した。練習に練習を重ね、さらに練習する。
ミーアの勉強法は物量作戦だが、ミーアのダンス練習法もまた、物量が命なのだ。
ともかく量をこなすことで、動きを体に覚えこませるのだ。
そうして、すっかり舞踊をマスターしたミーアが、
「ああ、ベル、そこは違いますわ。そこはもっとこう、ふわっとした後に、ぶわわっと回って、ふっと休むのですわ……」
などと、天才的な教え方でベルの指導をしているところに、訪ねてくる者があった。
「お久しぶりです、ミーアさま」
「あら、クロエ、あなたも来てたんですのね……」
久しぶりに見る読み友の顔に、思わず笑みを浮かべるミーアであったが……、
「でも……タチアナさんと一緒に来るなんて、変わった組み合わせですわね」
小さく首を傾げた。
クロエと並ぶようにして現れたのは、タチアナだった。ここ数日は、ずっとシャロークの付き添いとして、そばにいたはずだったが……。
「お父さまにコーンローグさんが、話がしたいということでしたので……」
そう言って、クロエはうつむく。見るからに心配そうなクロエに、ミーアは優しく微笑んだ。
「大丈夫ですわ。わたくしが、しっかり言っておきましたから!」
鼻息荒く、ミーアは胸を張った。
「ね、そうですわよね? タチアナさん」
「はい。シャロークさまは、ミーアさまと話されて以来、すっかり変わられました」
そうなのだ、シャロークはあの日以来、すっかりと大人しくなってしまっていた。もちろん、体調の回復に努めているのもあるとは思うのだが、
――うふふ、わたくしがへし折ってやったのが効きましたわね。心を鬼にしたかいがありましたわ!
心をオニテングタケにしたミーアは、うんうん、と納得の頷きを見せる。
「それにね、そちらのタチアナさんが、お薬を飲ませておりますのよ?」
そう言って、ミーアは、悪い笑みを浮かべる。
――タチアナさんも、なかなかにやってくれますわね。シャロークさんを健康にするのみならず、それにかこつけて性格の矯正までするなんて……。うふふ、血液をサラサラにする薬などと……、なかなかのやり手ですわ!
血液がドロドロしていると、短気で怒りっぽくなるという流言を固く信じて疑わないミーアである。
「だから、もう大丈夫ですわ。きっと、そんなに悪いことはしないはずですわ」
きっと、謝ろうというのではないかしら……、などと予想するミーアである。が……、ミーアは知る由もなかった。
そこで謝罪以上の……否、斜め上の会話が交わされようなどということは……。
「この度は大変な目に遭われましたな、シャローク殿」
シャローク・コーンローグの病室を訪れたマルコは、その様子を見て驚いた。
「ああ、フォークロード商会のマルコ殿。このような格好で失礼する」
苦笑いを浮かべるその顔は、少々やつれたようにも見えるが……、なにか憑き物が落ちたかのように、険の取れた様子だったからだ。
「予定していた商談も、すべてご破算になってしまったよ」
「その割には、機嫌が良さそうに見えるが……」
「いや、なに……。死にかけたこともあって、なんと言うか……、いろいろと考えましてな……」
それから、シャロークは、まっすぐにマルコのほうを見た。
「マルコ殿にも大変な迷惑をかけた。謝罪を受け入れてもらえるだろうか」
予想外の素直な謝罪に、マルコは面食らってしまう。
――これは本当に、人が変わってしまったようだな……。言ってはなんだが、かえって怪しんでしまいそうだ……。
苦笑いを浮かべつつも、マルコは肩をすくめた。
「あくまでも、商売上の競争、謝られるには及びませぬが……ミーア姫殿下に、なにか言われましたか?」
「そう……ですな。道を示された、と言いましょうか……。今のまま、金にのみ生きる生き方で死を迎えれば、きっと後悔するだろうと突きつけられてしまいましてな……。年甲斐もなく焦っておるのです。なにかをせねばならぬと……」
「なるほど……」
マルコの中を新鮮な驚きが駆け抜けた。
強引かつ金儲け一辺倒な手法で鳴らしたシャロークを、ここまで変えてしまうミーア・ルーナ・ティアムーンという存在を……。
――なるほど、クロエも変えられてしまうわけだ。いや、クロエだけでもなく、私もか……。
ミーアのパン・ケーキ宣言と、大陸全土を飢饉から救うという構想(マルコが勝手にそう思ってるもの……)、そこに自分が協力できる部分もあるのではないか、と、いつしかマルコは思うようになっていたのだ。
商人としての自分のノウハウを、今こそ費やす時なのではないか……などと……。
「おや、どうかしましたかな?」
「いや、なに。そういうことでしたら……シャローク殿、ちょうどよい話がございます。ああ、これは、姫殿下から直接言われたことではなく、あくまでも私の勝手な予想なのですが、ミーアさまは……」
かくして、様々な思惑は結実し、ペルージャンの収穫祭が始まる。