第四十話 メイド暗躍 その3
「たしか、キースウッドさん、ですよね?」
「覚えていていただけたとは、光栄の至り。ミーア皇女殿下のところの、アンヌさん」
キースウッドはニコニコとした笑いを崩さないまま、リオラの方に目を向けた。
「で、そちらのお嬢さんは帝国の?」
「あ、はい、そうです。えっと、ルドルフォン辺土伯令嬢のメイドの……」
「リオラ・ルール―です。お願い、です、ティオーナさまを、助けて」
事情を聞いた後のキースウッドは、腕組みしてつぶやく。
「ふーん、見張りが二人か。中には何人?」
「わからない、です。でも、私たちを閉じ込めたのは、四人。男女、でした」
「ってことは、君が逃げたことに気がついて中にも見張りが付いたか、男二人残してこの場を離れたか、か。まぁ、お嬢さん方が困ってるのを見て、放っておいたらシオン殿下に怒られるからね。協力させてもらおうかな」
「本当、ですか? お願い、します!」
「でも、どうするんですか?」
おびき寄せて、その隙に……、とか、てっきりなにか作戦があるのだと思っていたアンヌだったのだが……。
「なに、麗しの貴族のご令嬢を、悪者の手から取り戻す。それだけさ」
気軽な口調でそう言うと、キースウッドは獰猛な笑みを浮かべた。
それからの出来事は、あまりに早くて、アンヌはただ呆然と見ていることしかできなかった。
音もなく見張りに駆けよったキースウッドは手近な一人の腹に思い切り膝を叩きこんだのだ。そうして、驚いて動けなかったもう一人の腕をつかみ、そのまま床に投げ落す。
まばたき一つする間の出来事だった。
「あの……、男性の使用人の方は、みんなそんなこと、できるんですか?」
呆然とそう問いかけたアンヌに、キースウッドは苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「まぁ、俺の場合には色々事情があってね。なにせ、仕えているのが正義感の塊みたいなお方なもので」
そうこうしているうちに、リオラがドアへと駆けより、急いで鍵を開ける。
「ティオーナさま! 大丈夫、です!?」
「リオラ? 無事だったの?」
中から出てきたティオーナには、幸いなことに怪我をした様子はなかった。
「ご無事で何よりでした。ルドルフォンさま」
「あなたは……、ミーアさまの?」
「部屋に戻ったら、ドレスがなかったの」
ティオーナによれば、彼女とリオラが部屋にもどった時、すでに部屋の中は荒らされ、置き手紙が残されていたのだという。
そこには、ドレスを返してほしくば、校舎の北塔に来い、とのメッセージが書かれていた。
「そんな……、いったい誰がこんなことを……」
「たぶん、君やミーア殿下の知り合いじゃない?」
「? どういう意味ですか?」
「ほら、これ。外の見張りが持ってたよ」
キースウッドの手にあったのは、見まごう事なき、ティアムーン帝国の紋章が入ったハンカチだった。
「まさか……」
「ああ、たぶん、あいつら、帝国貴族の使いの者だよ」
それは、アンヌにとっては予想外のことだった。てっきり、先日ティオーナたちにからんでいた貴族の仕業だと思いこんでいたのだが。
「帝国貴族の恥をさらすから、パーティーには行くなって、言われた」
怒るでもなく、ほんの少し寂しそうに……、ティオーナは抱きかかえていたものを差し出した。
それは、ボロボロに切り裂かれたドレスだった。
「……ひどい」
「にしても、ドレスのためとはいえ、無茶では? 女性だけでこんなところに来るなんて」
ほんの少し、瞳を細めて、キースウッドが苦言を呈した。対して、ティオーナは微かに苦笑を浮かべて首を振る。
「当家にはドレスを何着も用意するほど、備えがないから」
そうして、あきらめたようにため息を吐く。
「だから、リオラ、無茶をしなくても……、そんなに焦る必要なんかなかったのよ」
「ティオーナさま……」
ティオーナを見つめるリオラは、小さく唇をかみしめていた。
アンヌには、その気持ちがよくわかった。
自分も同じ立場だったら……、閉じ込められたのがミーアだったとしたら、きっと口惜しくてたまらなかっただろう。
そっと握りしめていた手の平を開く。
そこには、ミーアから託されたお金が入っていた。
「リオラさんは、街のお店に行ってドレスを買ってきてください。お金はこれで……」
躊躇いなく、リオラにお金を渡す。
「これ、は……?」
「ミーアさまからお預かりしていたものです」
ミーアなら、きっと同じようにするだろう……、アンヌの中の確信は揺らぐことはない。
「その間に、ティオーナさま、お化粧を直しましょう。目元のメイクが、涙で崩れてしまっています」
そうして動き出そうとしたアンヌを、ふいにキースウッドが呼び止めた。
「いいのかい? ミーア殿下のメイドである君が、協力しても?」
「? どういう意味ですか?」
「ミーア殿下は帝国貴族の頂点に君臨する人。ティオーナ伯爵令嬢を閉じ込めたのが同じ帝国貴族なら、それは、ミーア殿下の意向という可能性だって考えられるだろう?」
「……へ?」