第四十一話 キノコ駆けつけ三杯
その日の夜、ミーアはペルージャン国王の晩餐会を訪れた。
ケーキのお城の一室に設けられた宴会の席、横長のテーブルの上に並べられたごちそうを見て、ミーアは思わずゴクリ、と喉を鳴らす。
中央に鎮座しているのは、新鮮な緑色を誇る野菜、その野菜の表面には、料理人の手によって、見事な花の彫刻がなされている。その周囲には、同じく大きな野菜を、今度は容器代わりに使った料理が置かれていた。中に入っているソースをつけて食べるのだろうか、容器の周りには、いい具合に焼いた野菜が置かれている。野菜からの香ばしい誘惑にミーアのお腹の虫が呼応する。
さらに、先日食べたターコースの生地の上に、キノコが乗せられているものがあって……。
――まぁ! あれが、ペルージャンのキノコですわね。ああ、楽しみですわ……。どんな味がするのか……。
などという気持ちを、生唾と一緒に呑み込んで、ミーアは優雅に挨拶をする。
「陛下、この度はわたくしのために、このような素敵な晩餐会を開いてくださり感謝いたしますわ」
「いえ、心ばかりのものですので……。ご満足いただければよろしいが……」
「うふふ、ご謙遜を。これほどの絢爛豪華なお料理、見るだけで心が躍ろうというものですわ」
ただでさえ、買い食いに行けずに空腹怪獣なミーアである。
そんなミーアの瞳には、並んだ料理がキラキラ輝いて見えた。
晩餐会にはペルージャン国王ユハルとその隣に王妃、さらにその隣にはラーニャとその弟王子の姿もあった。
弟王子は、ベルやタチアナよりもさらに幼く、恐らく十歳に満たないのではないだろうか。目の前の料理をジッと見つめたまま、今にもよだれをたらしそうな顔をしているのがなんとも微笑ましい。
――ふむ、あれがラーニャさんの弟さんとお母さまですわね……。やっぱりラーニャさんにちょっぴり似てますわね。
ミーアには、兄妹はいないし、母親はすでに亡くなっている。家族は皇帝である父親のみである。別にそのことで寂しいと思ったことはなかったが……、でも、家族が多いラーニャがほんのちょっぴり羨ましく感じてしまうミーアであった。
まぁ、それはさておき、料理である。ミーアは自分の席にそそくさと向かった。
ミーアの席は王妃とは反対側の、国王の隣の席だった。
その隣にミーアベルが、さらにその隣にはタチアナが並ぶ。
さらに、ミーアの後ろにはルードヴィッヒとアンヌの忠臣二人が控えていた。ミーア的には、ほぼ完璧な陣容である。
――さて、こちらの準備は万端ですけれど……、シャロークさんは、まだかしら?
恐らく、ラーニャの弟の隣がシャロークの席なのだろう。その空席を、睨みつけるようにして、ミーアが待っていると……、
「失礼いたします。遅くなって申し訳ございません」
やってきたシャロークに、ミーアは小さく会釈する。
「ご機嫌よう、シャロークさん。お久しぶりですわね。またお会いできるなんて、思っておりませんでしたわ」
「ミーア姫殿下……、この度は、このような席にお呼びいただき、光栄至極にございます」
シャローク・コーンローグは、さすがに歴戦の商人らしく、過去のいきさつなど微塵も感じさせない完璧な愛想笑いを顔に浮かべていた。
「しかし、私のような、しがない商人に、姫殿下がどのような……」
と、言いかけたシャロークを片手で制し、ミーアは言った。
「とりあえず、食事がしたいですわ。会を始めませんこと?」
今は、まず食事である。食事ファーストである。
シャロークを倒すのはいつでもできるが、料理を美味しく食べられる時間は限られる。料理人がせっかく温かくした料理が冷めてしまってはもったいない。
というか、ミーア的に、もうお腹が限界である。ということではあるのだが……。
「そちらの、ラーニャ姫の弟君もどうやら、お腹が減っているみたいですし……」
さすがに自分が食べたいから催促するのは格好が悪い。ということで、こっそり他人に押し付けるミーアである。
一方の話を振られた王子は、ちょっぴり恥ずかしそうな顔をした。と同時に、クーっとお腹の音が鳴るのが聞こえた。それで、一瞬緊張しかけた空気は一気に和やかなものへと変貌を遂げた。
「それもそうですな。それでは、会を始めるとしましょう」
ユハルは、厳かな口調で晩餐会の開始を告げた。
晩餐会が始まるや否や、ミーアはさっそく目の前の料理に手を伸ばした。
まず、手前、ターコースの黄色っぽい生地の上にキノコを載せて焼いたものに手を伸ばす。一口大に切られたそれを一気に口の中に放り込む。
パリィッと生地が弾ける音、コリッというキノコの舌触り、トロッとしたソースの感触、食感三重奏に、ミーアの舌がステップを踏む。
続いて手を伸ばすのは、キノコの串焼きだ。先ほどのキノコより大きめな、黒いキノコ。鼻を近づけてみると、なんとも言えない芳醇な香りがミーアの鼻をくすぐった。
パクリとかじると、前歯を心地よく受け止める弾力感の後、ぷつ、っと歯が食い込む心地よい感触がする。味付けは塩のみのようだったが、むしろそれゆえに、淡白なキノコの、微かにして複雑な味を楽しむことができた。
さらにミーアは突き進む。今度はキノコを肉で挟んで焼いたものだった。
焼きたての肉からジワッと湧き出す肉汁と、キノコのシャク、コリッという食感、その見事さにミーアの口から思わず、
「素晴らしいお味ですわ……。シェフに最大限の賛辞を……」
などと、偉そうな感想が零れ落ちてしまったほどである。
気付けば、ミーアは欲望の赴くまま、キノコ、キノコ、キノコ、と三種のキノコ料理をお腹の中に放り込んでいた。
俗にいう、駆け付けキノコ三杯というやつである。
キノコを食べることで、胃袋を膨らませ、食べれば食べるほど食欲がわいてくるというミーア第一の奥義である。
……まぁ、どうでもいい。
「ああ……素晴らしい。大変、美味ですわ。たまりませんわね!」
「まぁ、ミーア姫殿下は、とても美味しそうにお食事を召し上がるのですね」
王の隣に座った王妃が、優しげな笑みを浮かべていた。
「お料理が見事だからですわ。それに、このお野菜の新鮮なこと。キノコも絶品ですわ。このように、豊かな実りを生み出すペルージャンとは、ぜひこれからも変わらぬ友誼を結んでいきたいものですけれど……」
ミーアはチラリ、とシャロークのほうに目をやった。
シャロークは、ミーアの視線などどこ吹く風、とばかりに、料理を頬張っていた。
……そして、彼の前の皿に、肉料理ばかりが取り分けられているのを、タチアナが厳しい目で見つめていた。