第三十四話 大器ミーア、ペルージャン料理を味わう
「そうですか……、村民たちとともに果物狩りを……」
「ええ、楽しませていただきましたわ」
満足げに笑みを浮かべるミーアであったが、
「みなさまのお邪魔になってしまわなかったかが、心配でしたけど……」
如才なく付け足しておく。今のミーアに隙はない。
そうして、ラーニャと合流したミーアたちは、村長の家で、休憩がてら昼食をとることにした。
「おお、これがペルージャン名物の、ターコースですわね」
待つことしばし、目の前に出てきたのは、やや黄色みがかった薄い生地で肉と野菜を包んだ、ペルージャンの伝統料理、ターコースだった。
「ふむ……、これは、薄いパンのような……クレープのような……? この少しパサパサした感じは種を入れない儀式用のパンのようでもありますわね……」
分析しつつ、ミーアは生地の端っこを口に入れる。
ピリピリと香辛料の刺激、その辛味にあぶりだされるようにして、生地本来の甘みが舌の上に溶け出してくる。
「なるほど。独特の甘みと風味がありますわね……。さて、お味のほうは……」
中の具材がこぼれないように注意しつつ、しゃくり……、とかじる。瞬間、口に広がるのは、黄月トマトの酸味と、ぴりり、と舌を刺激する辛味だった。
レッドマスタードの舌を突くような辛みと、香辛料の鮮烈な香り。そこに、香ばしく焼いた肉の肉汁がジュワッと加わる。
さらに、シャキシャキとした葉物野菜がその辛みにわずかな苦みを加え、なんとも複雑玄妙な味を演出している。
「おお、これは……なかなか新鮮な体験ですわ。うふふ、なるほど。ラーニャさんから聞いて以来、ずっと食べたいと思っておりましたけれど、確かに美味しいですわね」
……ちなみに、いささか意外なことながら、ミーアは辛い物も食すことができる。食べられるだけでなく、しっかりと楽しむことができるのだ。
それは、ひとえに、料理長の功績といえた。
若い時には、いろいろな味を体験するべきだという考えのもと、料理長はいろいろな味のするものを、ミーアに食べさせていた。
苦いもの、すっぱいものはもちろん、辛いものに関しても。
最初のうち、苦手な食べ物があったミーアであるが、今では苦みの強いものの味も楽しめるようになってきたし、煮物の素朴な味もいけるようになった。
…………味覚がお祖母ちゃんっぽくなってきた、などと言ってはいけない。
そんなわけで、ミーアはすでに、辛いものだって楽しめるお口になっているのである。
甘くても辛くても塩辛くても苦くても酸っぱくても……、どんなものでも美味しく食べられてしまうわけで……、それはある点から考えると、非常に危険なことでもあるのだが……主に二の腕とか脇腹とかが……。
ともあれ、それは、相手の食文化を許容する寛容な姿勢ともいえる。
ミーアはとても器(胃の容量)が広いのだ。
「それにしても、この生地は変わっておりますわね。具材だけ見たらサンドイッチでも構わない感じがしますけれど、この生地のおかげで、まるっきり違う味に感じますわ」
「これは、玉月麦という小麦の親戚のような穀物の粉を使って作っているんです」
「あら、小麦粉じゃないんですのね。どうりで……」
ミーアはそうつぶやきつつも、もう一度、生地を口に入れる。
「ふむ、やはり美味……。なるほど、小麦粉とは違う性質を持った粉だから、それに適した料理法がある。パンにするよりも、こちらのほうが素材を生かした食べ方だということかしら……」
土地には、その土地に適した楽しみ方がある。同じように、食材にはそれに適した食べ方がある。
キノコはどんな食べ方をしても美味しくなると、そう思い込むのは工夫の足りぬものがすること。各々のキノコの特徴を吟味し、それに適した料理法を考えるのが、料理の醍醐味というものだろう。
「これは、ペルージャンの豊かな農作物を真に知るためには、料理法まで勉強する必要がありそうですわ。そのためにはもっとたくさん食べなければ……」
不穏なことをつぶやくミーアであった。
一通りミーアが料理を堪能したところで、ラーニャがおもむろに頭を下げた。
「このたびは申し訳ありませんでした。ミーアさま、私の父のせいで、このような……」
「謝罪は不要ですわ。とりあえず、事情をお聞かせいただけないかしら? ラーニャさん、いったいなにがございましたの? 手紙では、シャローク・コーンローグがちょっかいをかけてきたと書いてありましたけれど……」
そう言いつつ、ミーアはタチアナのほうをうかがう。タチアナは、苦しそうにうつむいていた。彼女の協力を取り付けるためには、できるだけ正確に事情がわかっていたほうがいいだろう。
ミーアはラーニャの説明を促す。
「実は、少し前、シャローク・コーンローグという商人が訪ねてきたんです。この時期は収穫感謝祭の時期ですから、商人の出入りは、普段よりも多くなります。新しい取引に発展するケースもあるので、お父さまも丁寧に接待しているのですが……、シャロークも、その中の一人でした」
ラーニャが、その不穏な会話を聞いてしまったのは偶然のこと……では、実はなかった。
先日、ミーアに言われたこと……、姉の研究を広く大陸に告げ知らせるため、ラーニャもまた、人脈を求めていたのだ。
たしかにセントノエルには、各国の王侯貴族が集まっている。そこで、姉の発見を伝え知らせることは、なるほど、有効ではあるだろう。
けれど、それでは十分でないことを、ラーニャは知っていた。
貴族の中には、自領の農業に興味がない者もいるし、王族が農業技術に疎いなどという話もざらである。それに上手くいったとしても情報の伝達範囲は、その王族の国に限られる。
ミーアの提案をなすためには……、大陸全土に、冷害に強い小麦の知識を広めるためには、まったく違った種類の者たちに情報を流さなければならなかった。
ラーニャが目を付けたのは、国をまたいで交易する商人たちである。
その中でも、儲けに目がくらみ、情報の独占をしたがるような者たちではだめだ。それを広めることの意義を理解し、協力してくれるような者でなければならない。
そんなわけで、この祭りの期間中に、ペルージャンを訪れる商人たちにラーニャは目を配っていたのだ。そして、こっそりと、父との会談を盗み聞きしていたりもしたのだ。
……ラーニャのちょっぴりいたずらっ子な一面が光る行動である。
結果、彼女はティアムーンに害をなそうとする企みを耳にすることになったのだ。
「申し訳ありませんでした。ミーアさま、私の父のせいで……」
またしても謝ろうとするラーニャに、ミーアは首を振って見せた。
「いえ、むしろ、帝国のごたごたにペルージャンを巻き込んでしまいましたわね。申し訳ありませんでしたわ。それに、ペルージャン国王の複雑なお気持ちも理解できますわ。帝国貴族の態度はあまりよろしくはありませんから……」
まぁ、そもそもの話、その状況を作ったのはミーア自身のご先祖さまなわけで、さらりと自然に帝国貴族の態度に責任誘導をするあたり、ミーアも手慣れたものである。
ともあれ、ミーアは小さくため息を吐き、
「やはり、ペルージャン国王と直接お話する必要がありますわね……」
覚悟を決めて言うのであった。