第三十一話 心と体の反比例
「ミーアさま、ペルージャン農業国のラーニャさまから、お手紙です」
「あら? ラーニャさんから?」
アンヌの言葉に、ミーアは小さく首を傾げた。
ラーニャ・タフリーフ・ペルージャンは、現在、母国であるペルージャン農業国に帰っている。ペルージャンの姫君は、毎年この時期には、収穫の陣頭指揮と、収穫感謝祭での巫女としての役割を果たすために、学園を離れなければならないのだ。
「ふむ……、演舞を見に行く件かしら……」
そして、ミーアは今年、その感謝祭で神にささげられる、ラーニャの演舞を見に行くことになっているのだ。
ちなみに、ミーアがこの感謝祭に招かれるのは初めてのことだった。
ラーニャとの友誼に加え、聖ミーア学園に、第二王女アーシャ姫を招いたこともあって、ミーアとペルージャンとの関係は深まっていた。
これから数年にわたる飢饉において、ペルージャンとの関係は極めて重要なものとなってくる。できれば国王にも謁見し、個人的な面識をもっておきたいところであった。
…………とまぁ、それは表向きのこと。ミーアの目的の表層一割未満にも満たぬことである。では、残りの九割はなにかといえば……。
――うふふ、ペルージャンの料理、楽しみですわ!
これである。まぁ、お察しのこととは思うのだが……。
――食の聖地ペルージャン、しかも、収穫に感謝するお祭りですから、きっとものすごいご馳走が出ますわ……。言葉にできないぐらい、美味しいはずですわ!
めくるめく美食を想像するだけで、ミーアは、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。
ということで、いそいそと手紙を開いたミーアは、そこに書かれていた内容に仰天した。
曰く、シャローク・コーンローグという商人が取引に来ており、なにやらよからぬことを企んでいる、とのことだったのだ。
「あ、あの方、また性懲りもなく!」
ギリギリと歯ぎしりしつつも、ミーアは素早く検討する。
この危機の大きさの程度を……。
一見して、危険度は、そこまで大きくはないような気がする……。
前時間軸とは違い、ペルージャン農業国とは、それなりのつながりを作っている。
ラーニャ姫とは、こうして手紙を送ってきてもらえるほどの友情を築いているし、アーシャ姫を講師に迎えることで、そのコネはより一層強くなっていると言える。
けれど……、
「ペルージャンへ行かねばなりませんわ。すぐに……」
先日、ミーアは改めて実感したのだ。
自分が……慢心によってFNYっていると……。もちろん、心が、である。
築いてきた人脈を過信して行動せずにいたら、きっと後悔することになる。
ミーアのシェイクアップした心が告げているのだ。
これを放置するのは極めて危険である、と……。
杞憂であるならば、それでも良い。けれど、もしも危惧が実現した場合、それはすなわち帝国の危機になる。
「まぁ、物は考えようですわね。早く行けば、その分、ペルージャン料理をたくさん食べられますし……、ふむ、かえって都合が良いかもしれませんわ!」
心と体のシェイプアップは、時に反比例するものである。
「ミーアお姉さま、ボクも一緒に行ってもいいでしょうか?」
っと、いつの間にか、話を聞きつけたベルが、すぐそばに来ていた。キリッとした顔で、ミーアを見つめてくる。
「あら? なぜですの? ベル」
「あの、シャロークという商人の考え方に、少しだけ興味があります」
「ほう……。なるほど」
ミーアは、ふぅむ、と考え込む。
――正直なところ、あまりお近づきになるべき人ではないと思いますけれど……、でも、ベルが興味を持つとは珍しいですわ。それに、性格はさておき、あの方が商人として一流なのも事実……。であれば、ああいうやり手の商人とどのように渡り合っていくのか、わたくし直々にお手本を見せてあげることも意味があるかもしれませんわね……。
と、そこまで考えてから、ミーアはじっとベルの顔を見つめた。その真剣そのものの顔を見て、深々と頷き、
「てっきり、夏前のテストから逃げるために言っているのかと思いましたけど、どうやら、なにか真剣な理由があるみたいですわね?」
「え、あ、お、も、ももももちろんですよ、ミーアお祖母さま、あはは、いやだな、ボクがテストから逃げようとしてるだなんて、そりゃあ今年の夏はリーナちゃんと遊ぶために追試を受けないようにしたいなぁ、なんて、思わないわけでもありませんけど? そのために、目前の問題から逃げるなど、帝国の叡智の血を引く姫の名折れですし、もちろん、ミーアお祖母さまからお勉強を教わっている身としては、その発露の機会としてテストのことは大切に考えており……」
……めちゃくちゃ早口になるベルである。
その、どうにもならなかったら逃げちゃえばいいじゃない? という姿勢に、ミーアは一瞬、自分自身の姿を見てしまい、ちょっぴり複雑な気分になってしまう。
「まぁ、いいですわ。でも、テストからは逃げられないということだけは言っておきますわね」
とりあえず釘をさしつつも、
「あ、それと、タチアナさん……。彼女にも付き合っていただかなければなりませんわ!」
切り札の用意にも余念がない。
タチアナの勉強時間を奪って同行をお願いすることに、若干気が引けるミーアであったが、今回ばかりはそうもいっていられない。
「相手は、タチアナさんの大切な人みたいですし、その人物との戦いを最小限にとどめるためにお呼びするわけですから問題ありませんわよね……」
こうして、ミーアはベルとタチアナを伴い、セントノエルを出発した。
途中、ルードヴィッヒとも合流して、一行は一路、ペルージャン農業国へ。