第三十八話 メイド暗躍 その1
さて、時間は少しさかのぼる。
「アンヌ、手を出しなさい」
ドレスを着替え直し、パーティーに出かける準備がすべて終わったところで、ミーアはアンヌに言った。
その手に持ったヴェールガ公国の金貨をアンヌに手渡し、
「自由にお使いなさい」
ミーアは言った。
ミーアは、基本的に節約思考だ。なにしろ、無駄遣いが即ギロチンにつながりかねないのだ。それに、なにを買っても革命軍に持って行かれるかもしれないと思えば、購買意欲も失せるというものである。
しかし、唯一の例外が腹心アンヌに渡す分のお金だった。
前の時間軸でのことはもちろん、こうして家族と離れてついてきてくれた忠臣に対して、できる限り恩義を返そうと考えているミーアである。
「わたくしがパーティーに行っている間は休暇といたしますわ。町に出かけても構いませんし、寮にいていただいてもよろしいですわ」
まだ、こちらに来てから三日に過ぎないのだが、それでも新しい環境で疲れもあるだろう。今だって、急ピッチで着付けをしてくれたのだ。
少しの時間とはいえ、休んでリフレッシュしてもらえればいい、と、アンヌを労うつもりで、ミーアは言った……つもりだったのだが……。
「かしこまりました。ミーア様。必ずやご期待にお応えいたします」
なぜか、気合いの入ったアンヌの返事に、首を傾げるのだった。
専属メイドになって以来、アンヌの生活は激変していた。
実家にほとんど送ってしまっているとはいえ、金銭的に困るという事は今ではまるでない。それに、妹のエリスも皇女殿下お抱えの芸術家になっているので、実家も比較的裕福な生活を送れている。
それゆえにアンヌは、ミーアから渡された金貨を「自由に使っていいお小遣い」などとは思わなかった。
――ミーア様に自由裁量を認められたんだ。ご期待にお応えしないといけない!
金貨と時間を預けられ、「なにかをなせ」と使命を与えられたと、アンヌは考えたのだ。
――どうすれば、ミーアさまのためになれるだろう?
なにを期待されているのか……、じっくりと考えた末、アンヌが出した結論は、奇しくもミーアがしようとしていたことと同じだった。
そう、人脈作りである。
もちろん、アンヌには学園に通う貴族の子弟とコネを築く方法はない。けれど、学園で働く庭師や料理人、寮の管理人などの平民であれば話は別だ。
城勤めをしていて、アンヌは学んだことがあったのだ。
それは、城の日常を支えているのは多くの使用人たちであるということ。
彼らの力は決して小さくはない。
――ミーアさまの恋を応援するためにも、学園生活を快適に過ごしていただくためにも、いろいろなところに人脈を作っておかないとだめよね……。
金貨を握りしめて、アンヌは街に繰り出した。
手荒れが酷そうな炊事場の人たちには上質な馬の油を、庭周りの職人には栄養価が高い食べ物を、それぞれ喜ばれそうなものを手配していく。
手元に物が有り余っている貴族とは違い、平民はちょっとしたプレゼントでも喜んでくれるものなのだ。活用しない手はない。
すべてを終えた時、渡された金貨は半分ほどになっていた。
「こんな感じかな……」
街を歩いていたアンヌは、その途中、一軒の服屋の前で立ちどまった。
「わぁ、綺麗……」
そこに飾られていたのは、一着のドレスだった。水色を基調としたドレスは、清楚さと可憐さを兼ね備えた、春の野に咲く花のようなデザインだった。
「んー、素敵なドレスだけど、ミーアさまには少しだけサイズが大きいかしら?」
値段は、ちょうどアンヌが今持っているのと同じだった。少しだけ迷ったけれど、アンヌはそのまま店の前を通りすぎた。
学園に戻ると、アンヌは小さく息を吐いた。
「パーティーが終わるまで、あと二時間ぐらいか」
少し部屋で休もうかと思った彼女だったが、中庭に目をやった時、
「あれ?」
ある少女を見かけた。
きょろきょろ、あたりを見回しては、泣きそうな顔をしている少女。腰のあたりまで伸ばした銀髪と、健康的な小麦色の肌。
それはティアムーン帝国の少数民族、ルールー族の特徴だった。
けれど、それ以上に、アンヌは少女に見覚えがあった。
「あなたは……、確か、ティオーナさまの?」
辺土伯ルドルフォン家の令嬢、ティオーナ付きメイド。
ミーアたちが、セントノエル学園に来た初日、貴族の娘たちにからまれていた少女だ。
「どうかしたんですか?」
アンヌが話しかけると、少女は困り顔で首を振り……。
「お願い、ティオーナさま、大変、です。助けて、お願い」
片言の共通語で言った。
レビューを書いていただき、ありがとうございました。
感想と違ってレスがつけられないので、こちらにて一言お礼をば……。