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第二十二話 商人の敬意

「そして、市場を独占……すなわち、自分たちのところのみが販売をすることになれば、その値付けは思いのままになります。そこ以外では買えないのですから、いくらでも高い値段をつけることができるのです」

「なるほど!」

 ベルがポンっと手を打った。できるだけ丁寧に説明しつつも、ルードヴィッヒはミーアの様子をうかがう。と、

「ふむ……」

 ミーアは、お茶菓子を食べながら満足げに頷いていた。

 どうやら、満足してもらえたらしい、とルードヴィッヒは息を吐く。

 ――この機会にベルさまへの教育をしようということか。

 自分を呼び出した手紙には「ベルに教えを施してほしい」と書かれていた。実地で、ベルに商人との向き合い方を学ばせようと考えているのだろう、とルードヴィッヒは判断する。

「ただ、今回の場合は市場全体の独占ではなく、フォークロード商会に対する攻撃が目的なのでしょう。そして恐らく……、フォークロード商会の持っている販路を譲り受ける、と……そういうことではありませんか?」

 ルードヴィッヒの問いかけに、マルコは諦めたように首を振り、

「かないませんね。本当に。そこまで、わかってしまうものですか?」

 お手上げ、という様子で、肩をすくめる。対して、ルードヴィッヒは悪戯っぽい笑みを浮かべて首を振った。

「申し訳ありません。実は、今回の推理には、少しばかりトリックがありまして……」

 それから、彼はミーアのほうに顔を向けた。

「シャローク・コーンローグから、連絡がありました。フォークロード商会との契約を打ち切り、自分たちと契約をしないか……と」

 ルードヴィッヒは懐から書状を取り出して、ミーアに差し出す。

「詳しくは書いてありますが……、フォークロード商会よりも安価に大量に小麦を輸送すると、そのように書かれております」

 それはすなわち、シャロークは、フォークロード商会には敵対するのであって、帝国に敵対するのではない、という表明だ。加えて先方が提示してきた条件は、かなりの好条件だった。フォークロードとの契約を反故にするのか、検討できるほどには……。

 それだけに警戒が必要だった。

 ――甘い話には裏があるからな。それに、もともとはフォークロード商会との信頼関係を裏切れという申し出だ。恐らくミーアさまは退けられるだろう……。

 その点でも、ルードヴィッヒは狡猾さを感じていた。

 フォークロード商会のすべての商品に対して利益度外視の安売りを行い、商品が売れない状態を作り出す。そうすると、フォークロードとしては商売ができない状態に陥る。そんな彼らが、唯一、買い手が付きそうな「帝国に卸す予定の小麦」を売りに出すという誘惑に陥らないだろうか?

 帝国との約束以上の値段で小麦を売り出せば、商会は助かるかもしれない。上手くごまかして売ることができるのではないか……?

 そんな誘惑にかられ、もしも、フォークロード商会が契約を違えたら……?

 先に裏切ったのはフォークロード商会ということになり、それは帝国が契約を打ち切る口実となりうるのだ。

 ――幸いにも、マルコ殿は契約を守られた。だから、ミーアさまも、彼の信義に応えられるはずだ。

 そう確信すればこそ、ルードヴィッヒはマルコの前で情報を明かしたのだ。

「ほう……ん? コーンローグ……?」

 書類を手に取ったミーアは、小さく首を傾げる。

「……はて? これは……」

 何事か考え込む様子のミーアに、マルコが慌てた様子で立ち上がりかける。

「それは……姫殿下」

「ああ、大丈夫ですわ、フォークロード卿。わたくしは、お金のために、読み友を裏切ったりはいたしませんから。どうぞ、楽にしていてくださいまし」

 ミーアは片手をあげ、静かな口調でそれを制する。

「それにしても……、そう、シャロークさんは、コーンローグという名前なんですのね……」

 ミーアは、小さな声でつぶやく。

「お聞き覚えがありましたか?」

 問いかけるルードヴィッヒに、ミーアは遠くを見つめながら言った。

「ええ、ええ……。よーく覚えておりますわよ……。商人王コーンローグ……。あの方と会うのは、もう少し先のことかと思っておりましたけれど……。そう、あちらから来ましたのね……ふふふ」

 そうして、悪戯を企む子どものようにミーアは笑うのだった。

「ああ、それはそうとルードヴィッヒ、もしもフォークロード商会が嫌がらせを受けているのであれば、わたくしたちのほうでも、なにか助けて差し上げられないかしら? そうですわね、フォークロード商会が抱え込んでいる商品を、帝国で買い取って差し上げるとか……」

 実際のところ、シャローク・コーンローグは、別に帝国に攻撃を仕掛けてきたわけではない。あくまでもフォークロード商会との値下げ競争を仕掛けてきただけである。

 だから、帝国としてできることは、せいぜい、フォークロード商会が抱え込んだもろもろの在庫を買い取るぐらいしかできないわけで……。

「そう……ですね」

 ルードヴィッヒは考える。買い取りの是非を……ではなくて、ミーアの()()()()()()である。

 彼の思考を助けるように、ミーアは続ける。

「それとも、お友だちのお父さまの商会だからといって、売れ残った商品を買い取ったりしたら、無駄遣いになってしまうかしら? それよりも安い商品があるのに、高い値で買い取ったりしたら、怒られてしまうかしら?」

 そうして、上目遣いにチラッとルードヴィッヒのほうをうかがってくる。

 その様子を見て、ルードヴィッヒは自身の推測が正しかったことを知る。

 ――ああ、やはり、そういうことか。ミーア姫殿下は、どうするのかはすでに決めている。その上で、ベルさまに教えるために、このような質問をされているのか……。

 ルードヴィッヒは心得たとばかりに頷いて、答える。

「問題ないでしょう。それよりも安い商品があったとしても、その値段が()()()()()であれば、それを買うことは無駄ではないと考えます」

「それは、どういうことですか? ルードヴィッヒ先生」

 計算通り、ベルが食いついてくる。その反応に満足しつつ、ルードヴィッヒは言った。

「先生……などと呼んでいただかなくっても結構ですが……、そうですね……。なんでも安ければ良いというのは、誤りであると私は考えています。なぜならば、お金というのは、労働の対価……その労働の価値を図るものであると、思うからです」

「労働の、価値?」

 ルードヴィッヒは深く頷いて続ける。

「商人が売る品物というのは、その裏に必ず作った人間がいる。農作物ならば農民が、工芸品ならば職人が、料理ならば料理人が、それぞれの労働によって生み出している。そして、商品に値付けをするという行為は、その労働に対して値付けをしているのと同じことになるのです」

 少し難しい話になってきたからか、ベルは眉間にしわを寄せていた。わからないながらも、懸命に考えようとしているベルに、ルードヴィッヒは優しい気持ちになる。

「商人は労働をする者たちに敬意をもって値付けをしなければならない。過度な安値で物を売ることは、労働の価値を貶める、敬意を失したことであると私は考えています」

 言いながら、ルードヴィッヒは思わず苦笑した。自らの父が、かつて偉そうに言っていたことを思い出してしまったからだ。

 ――商人の努力でできる以上の値下げをしてはならない。相手の商人に対抗するために、過度な値下げをすることは、それを作った者に対して不誠実にあたる、か。よく言ったものだな……。

 自身の父の言葉が、真理の一面を突いていたことを、改めて認めるルードヴィッヒである。

 それから、ルードヴィッヒは、難しい顔をするベルに言った。

「それに、心理的ではない実際的な負の側面もあります。例えば、銀貨二枚で作ったクッキーを銀貨一枚で売っている商人がいるとします。銀貨一枚分の赤字を出していますが、客を呼び寄せるための工夫として、そういうことをする場合があるのです。けれど、もし一人がそんなことをしたら、ほかの商人はどうするでしょう? 客を呼び戻すために、自分のところも銀貨一枚で売ろうとしないでしょうか?」

 その問いかけにベルは首を傾げつつ、

「はい、そうすると思います」

 素直に、そう言った。

「けれど……、この最初に始めた商人以外の商人は、恐らく自分たちが損をするようなことはしないのです。ほかの商人がどのようにしてクッキーの値段を下げるかといえば、それを作った労働者に努力を求めるのです。すなわち、クッキーは銀貨二枚では売れない。もっと安くして銀貨一枚で売れるようにせよ、と……。彼らは最初の商人に対抗するために、職人の労働の価値を低く見積もろうとするのです」

「なるほど……。つまり、職人に無茶をいう商人が悪人、ということでしょうか?」

「もちろんそれもそうですが、安易に安いものを買ってしまう客にも原因があると思います。救いがたいことは、労働をする人間というのは、すなわち、安さを求める客でもあるのです。労働をして賃金を得た人間は、その金で物を買う客になります。彼らは、安価な商品を求めることで、自らの労働の価値を貶めているのです」

 ルードヴィッヒは、そこで言葉を切った。

「ゆえに、私は思います、適正な値付けをする商人と過度な安価で物を売る商人とがいた場合、前者の者のほうが信頼できるし、安易に安いものを求めるべきではないのだ、と。客が安さに価値を見出しているからこそ、商人も値下げをするのです。自分の労働は高く値付けし、他人の労働には安い値付けをする、そんな都合の良い話はないのだということを、買う側は認識しなければならないと、私は思います」

 それから、ルードヴィッヒはミーアのほうを見た。

「だから、私としては、利用価値のない贅沢品や度を越して高値を付けている物以外は買っても良いと考えます。お金の循環を歪めてしまわないためにも……」

 ミーアは、ルードヴィッヒの言葉に満足したように頷き、マルコ・フォークロードに視線を移した。

「そういうわけですから、フォークロード卿、あなたの商会が抱え込んでいる在庫、適正価格で買い取らせていただきますわ。帝国だけで難しければ、そうですわね、わたくしの友人たちにも協力を求めましょうか。売れ残っているからといって過度な値下げは不要。互いに敬意を持った取引をお願いいたしますわね」

 そう言ってミーアは、微笑みを浮かべるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分の消費観がルードヴィッヒと合致していました! プチプラの洋服は気になるところですね。 自分の謎のこだわりは意地でもウナギは国産を食すことですねw …途中までミーア姫絶賛のウサギ鍋がウナ…
[良い点] シーンを買いまくってる若者に読ませたい…!
[良い点] 更新お疲れさまです。 最新(82話)の商人の回を見て、ここの話を見直したくてきました。 安い商品ばかり求めて自分たちの首を絞めるって、今の日本の姿そのままなんですよね。
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