第十五話 あら? 実はわたくし、あの時に……?
「はて? 新入生への挨拶……ですの?」
春間近のセントノエル学園。
月餅桜の花の蕾もほころぶポカポカ陽気のある日……。ミーアは生徒会の会合に参加していた。
生徒会室には、いつものメンバーが顔を連ね、さまざまな議題について話し合いを行っていた。
そして、ただ今の議題は、入学式の式典についてのものだった。
「ですけど、新入生への歓迎の言葉は、ラフィーナさまがされるのでは……」
「もちろん私もするけど、それとは別にミーアさんに生徒会長として、一言もらいたいなって思ってるのよ」
ラフィーナは優しげな笑みを浮かべて言った。
「生徒会長のお仕事ですのね……。ふーむ、どうしたものかしら……」
「ふふふ、心配しないで。ミーアさんが思っていることを、素直に伝えればいいのよ」
などと優しげにラフィーナは言ってくれるのだが……んなわきゃあないのである。
――ああ……、これは、額面通りに受け取ったらダメなやつですわね……。
ミーアは早々に察する。適当に思ったことを言うなどできるはずがない。なにしろ、これは、ラフィーナに譲られた生徒会長としての職務なのだから……。当然、お気に入りのケーキの話をするわけにはいかない。
「まだ時間はあるから、ゆっくり考えてみて。後で、昨年の私の原稿も届けさせるから」
「わかりましたわ」
ミーアは渋々ながらも頷いた。さすがにラフィーナ直々の“お願い”を断るわけにはいかない。
――まぁ、それでも、今までの危機に比べれば大したことありませんわ……。命の危機があるわけでもありませんし……たぶん。
そう自分を慰めて、ミーアは頷いた。
「さて、それでは……楽しいお話はこのぐらいにして、少し真面目なお話をしましょうか」
ぱん、っと手を打ってから、ラフィーナは表情を引き締める。
「例の、蛇の手先……、バルバラさんから聞き出した情報についてのことなのだけど……」
――ああ、そういえば……そんなこともありましたわね。バルバラさんをラフィーナさまのところに送ったんでしたわ……。
完全に忘れていたミーアである。それに対して、
「ああ、実は気になっていたんです。それで、なにか、情報が得られたのですか?」
そう声を上げたアベル。シオンの方も興味津々といった様子で視線をラフィーナに向けた。
さすがに、二人の王子は覚えていたらしい。ミーアとは大違いである。
忘れていたことを誤魔化すように、ミーアはあの場にいなかった面々に事情を説明し始めた。自分も気にはなっていたんですよぅ? ということを言葉の端々に匂わせつつの、実にあざとい説明であった。
「それで、捕らえたバルバラさんとその部下の男たちの身柄をラフィーナさまに送ったんですの。わたくしも気になっていたんですけれど……」
締めくくりで再びの強調。それから、ミーアは紅茶を一口。上手く誤魔化しきったとため息を吐く。
ミーアの後を継いで、ラフィーナが口を開いた。
「ミーアさんの誕生祭から帰って、すぐに彼女たちへの尋問を始めたわ。ああ、尋問といっても、別に手荒なことはしていないわ、もちろんね。少しミーアさんに無礼が過ぎるんじゃないかって思ったんだけど、乱暴なことをしたら、ミーアさんも嫌かなって思ったから……だから、あのジェムと同じことをさせてみたの」
にっこり穏やかな笑みを浮かべるラフィーナが、ちょっぴり怖いミーアである。
「それで情報を引き出してみたのだけれど……、あまり新しい情報は得られなかった。蛇の巫女姫と呼ばれる者が混沌の蛇を率いているとか、蛇の教えを広める蛇導士という者がいるとか……。ああ、あとは例の狼使いのこととか」
「狼使い……」
「ええ、例の狼使いと呼ばれる暗殺者は、巫女姫直属の暗殺者にして、最強の戦士なのだとか」
「最強の戦士! そっ、そんなのに、命を狙われたんですのね、わたくし……」
冬の荒野を思い出し、ミーアは、ゾッとした。首筋に感じた刃の風を思い出すたびに、背筋に冷たいものが走る。
――わたくし、よく首が繋がっておりましたわね……。あら? 首、繋がってますわよね? 実は気付かないうちに死んでるとか、そういうこと、ございませんわよね? みなさん、きちんとわたくしに話しかけておりますよね!?
などと割とどうでもいいことを考えているうちにも、ラフィーナの話は進んでいく。
「ところで、ミーアさんからのお手紙に書いてあったことで、私なりに推理してみたことがあるのだけど……」
いったん言葉を切って、ラフィーナはミーアに目を向けた。
「申し訳ないのだけど、ミーアさん、混沌の蛇の分類について、少し話していただけないかしら」
「え? あ、ああ、あのイエロームーン公爵が言ってたことですわね……えーと、たしか混沌の蛇は四つの種類の人々に分類することができる、とか言ってましたかしら?」
などと答えつつ……話しかけられて良かったー、と思ってしまうミーアである。どうやら、実は死んでいたということはないらしい。一安心である。
「蛇に消極的に協力する者と、利用するために積極的に協力する者、蛇の教義に共感した信者と、信者を教え導く蛇導士……でしたっけ?」
机に置かれた四つのクッキーを思い出しながら、ミーアは言った。
言葉だけでなく、美味しそうなクッキーと関連付けて記憶する、ミーア式記憶法である。
「ミーアさんのお手紙にはそう書かれていたわね。そして恐らく、男たちは信者なのではないか、と私は考えてるの」
なるほど、と、ミーアはバルバラや男たちの様子を思い出す。
「たしかに、あの男たちは邪教徒という感じがいたしましたわ。自分たちの命を顧みないような印象で……」
「それでね……、恐らくだけど、神聖典に反応するのは信者と、蛇導士なんじゃないかしら」
「ああ、そういうことか」
ラフィーナの言葉に、いち早く理解を示したのはシオンだった。
「神聖典を読んでも、反応する者とそうでない者とがいる、と、そういう話だったが、違いはそこにあるのか……」
「ええ。蛇の教えを真実として受け入れているか否か……。蛇を神としているか、利用すべき道具としているか……。蛇を仰ぐべき存在とする者にとっては、敵の教えである神聖典は唾棄すべきもの、受け入れざるものだった……だから、拒否反応を示した……そう考えたのだけど……」
と、そこで、微妙に歯切れ悪く、ラフィーナは言葉を切った。
「あら、どうかなさりまして?」
きょとん、と首を傾げるミーアに、ラフィーナは続ける。
「あのバルバラさんだけは、少し様子が違った。どちらかというと、憎悪の方を強く感じた……。神だけでなく、私や、貴族全般への……」
「憎悪……?」
ミーアは、バルバラの顔を思い浮かべた。
「そういえば、あの方は、リーナさんにもつらく当たっていたと、ベルは言っておりましたわ。イエロームーン公爵に対しても、なんだか、ひどく憎んでいる様子でしたわ」
「蛇の教えに共感したから、貴族という権威、その権威が作る秩序を憎悪した、そのように考えることは、もちろんできるわ。でも……なんだか、違和感がある……」
ラフィーナの言葉に、一同に沈黙が広がる。
「しかし、わからないことだらけだな。やれやれ、いったい、蛇の巫女姫というのは、どんな人物なのだろうね……」
アベルの、つぶやくような声が、妙に耳に残った。