第十三話 ミーア姫、接待することを決意!
「ふぃー」
と、深いため息を吐き、ミーアは体をぐぐぅっと伸ばした。
ポカポカ、温かくなってくる体……、一度、水風呂で冷やしてから、再度、湯に浸かる!
一度、体を冷やし、リセットしてからの再度のテイスティングである。
ミーアはお風呂ソムリエなのである!
「これは……実に良いものですわ。良いものですわよ! これ、きっと流行りますわ!」
お風呂ソムリエ、ミーアは、レモン風呂をそう評した。
「そうですね! ミーアお姉さま、今度、リーナちゃんも一緒に誘いたいです」
ミーアの真似をしたベルが、水風呂から上がって、ミーアの隣に身を沈める。お湯をチャポチャポ揺らして、にっこにこと楽しそうな笑みを浮かべた。ミーアの風呂好きをすっかり受け継いでしまったベルである。
「別に構いませんけれど……でも、ベル……、ダメですわよ、あまりはしゃぎ過ぎたら。淑女として恥じらいをもって、お淑やかにしないといけませんわよ?」
偉そうに言うのは、つい先ほど、アレな声を出していた張本人、淑女の姫ミーア・ルーナ・ティアムーンである。
「はい。ボク、おば……お姉さまを見習って立派な淑女になれるように頑張ります!」
……ツッコミを入れる者は、そこにはいなかった……。実に平和である。
ともあれ、素直な孫娘を微笑ましく眺めていたミーアであったが……、
「…………あら?」
そこで、ふと違和感に気付く。
――なんだか、ラーニャさん、少し元気がないような……。
視線を転じると、浴槽のふちに座り、お湯に足だけ浸からせているラーニャの姿が見えた。微妙に顔をうつむかせて、ちゃぽちゃぽ、と細い脚でお湯を波立てている。
お湯の熱さにのぼせてしまったのかしら……? などと、軽く流しそうになったミーアであるが……、直後、その脳裏に警鐘が鳴り響いた。
――いえ……、やっぱり、様子が少しおかしい気がしますわ。
それは些細な違和感……されど、相手は他ならぬ、飢饉を乗り越えるのに必要な人脈、ラーニャ・タフリーフ・ペルージャンである。ここでの油断は命取り……、小心者の敏感すぎる危険察知センサーに促されて、ミーアは口を開いた。
「あの、ラーニャさん?」
「え? あ、気に入っていただけたなら、良かったです」
ラーニャは、なにかを誤魔化すように笑って言った。
「それに、お風呂だけじゃなく、新しいお菓子もきちんと用意してきましたから、またその内に味見をお願いいたします。きっとお愉しみいただけると思いますので」
「まぁ! ペルージャンの新しいお菓子ですの? それは楽しみですわ!」
ミーアの脳裏に、ペルージャンの新作ケーキが、見たこともないクッキーが、想像すらできない絶品お菓子の妄想が駆け巡る。じゅるり、と口元のよだれをぬぐうミーアである。
「はい。自信作ですよ」
そうして、ラーニャは笑みを浮かべてから……、
「ところで、ミーアさま。アーシャ姉さまは、元気にしていますか?」
おずおずと、そんなことを聞いてきた。
「え……? あ、ええ……、もちろんですわ。セントノエルに帰還する前にお会いしてきましたけれど、とても元気にされておりましたわ。畑の整備も終わって、小麦を植えての実験に入っておりましたわね。子どもたちからも、とても慕われている様子でしたわよ」
答えつつ……、ミーアはピンと来た!
――ははぁん、これは……読めましたわ。ラーニャさん、さては、お姉さんがティアムーンに行ってしまって、寂しいんですわね! だから、元気がなかったんですわ。
ミーアは優しい笑みを浮かべて、ラーニャに言った。
「ふふ、仲がよろしいんですのね。お姉さまと」
「い、いえ……、そんなことは」
ラーニャは照れ臭そうに微笑んでいた。
「自慢の姉ですから、心配はしていないんですけど……。元気にしているか、気になってしまって……。帝国できちんと生活できているか、とか……。あ、手紙はもらっているんですけれど……」
「ふむ……そうですわね。ラーニャさん、この後、少しお時間ありますかしら?」
ミーアは腕組みしつつ、ラーニャに尋ねる。
「え? あ、はい。大丈夫ですが……」
「そう。なら、わたくしの部屋で、お茶にしましょう。積もる話もございますし……」
正直なところ、ここでアーシャの様子を話した方が簡単ではある。
されど、相手はラーニャである。最重要人物の一人なのである。ならば、より丁寧な対応をするに越したことはない。
そう、ミーアは、ラーニャを接待することを決意したのだ。
お茶とお菓子で接待しつつ、姉、アーシャの様子を丁寧にお話することで、ご機嫌を取る! そうして、ラーニャの心証を良くしておけば、ペルージャンとの関係も、決して悪いようにはなるまい。
そんな、外交的な思惑がミーアの腹の中に……、
「久しぶりに、ペルージャンのお菓子も食べたいですわ! ペルージャンの新しいお菓子、ぜひ味見してみたいものですわ!」
……半分ぐらいはあった。
残りの半分は、もちろん、ただ美味しいお菓子をおねだりしたいだけだったが……。
そんなミーアに、ラーニャは、きょとん、と瞳を瞬かせてから、
「わかりました。それでは、ペルージャンのとっておきのお菓子をもっていきます」
笑顔で応じるのだった。