第十一話 小心者の物量作戦
「しかし、短い期間で見事ですわね」
アーシャとセロを従えて、ミーアは学園の周囲に整えられた畑に出ていた。
ちゃっかり、用意してもらった作業服に着替えて、である。
――ふむ、少し、ゴワゴワしてるのが気にはなりますけれど、まぁ、こんなものかしら……。丈夫そうですし、このぐらいの方が森に入るのには良いかしら……。
着心地を確かめつつも、ミーアは畑に目をやる。
「もともと、ティアムーンの領土は農耕に適した土地でしたから、少し耕してあげたら、すぐに使えるようになりました。学園長ガルヴさまのお声がけで、ルールー族の方たちにもお手伝いいただけまして……」
「ああ……、それはありがたいお話ですわね……ふむ、なにかお礼を差し上げなければいけないかしら……」
首を傾げるミーアに、セロが微笑みつつ言った。
「大丈夫だと思います。ルールー族は、森の中での狩猟によって生計を立てていますが、最近では、ルドルフォン家の協力で、畑も利用しています。農耕にも興味があるようで、ワグルには期待を寄せているみたいなんです」
「なるほど……、まぁ、そういうことでしたら……」
聖ミーア学園は、地理的にルールー族の村に近い。彼らが協力的でいてくれることは、学園にとって重要な要素と言えるだろう。
一通り畑について説明を受けたミーアは、大いに満足した。
美しく整備された畑は広く、しっかりと手入れがされている。
「これだけあれば絶対大丈夫ですわ! なんの問題もございませんわ!」と、固い確信を抱きつつ、ミーアはアーシャの方に顔を向けた。
「それで、どうなのかしら? 寒さに強い小麦は……、なにか糸口が見つけられそうですの?」
その問いかけに、アーシャは、わずかばかり緊張した顔をする。
「まだなんとも言えません。昨年秋にいろいろと検討しつつ蒔いてみましたが……、結果がわかるのはもう少し先の収穫を待たなければ……。様々な文献を調べたりはしているのですが……」
「なるほど、まぁ、そうですわよね……」
小麦の場合、種植えから結果が出るまで時間がかかるのである。それは、ミーアもよくわかっていた。はずだったのだが……改めて指摘されて……。
――これ……、一回失敗すると……、ものすごく大変ですわ!
ミーアは、遅まきながらそのことに気付いた。
即座に、小心者の心が騒ぎ始める。先ほどまで万全だと思えていた畑が、微妙に狭いように見えてきた!
――一年に一度しか実験できないのであれば……、もっと広い畑で、いろいろ試す必要がございますわ。
この時、ミーアは、事態を正確に捉えていた!
一発勝負でやり直しが利かないということ……、それは言うなれば、セントノエルのテストと似ている。
――であれば、対処法も変わらないはずですわ。
大国ティアムーン帝国の姫たるミーアは、テストの際、範囲の丸暗記をもって対処する。
すなわち、物量作戦である。範囲をすべて覚えておけば、どこをテストに出されても答えられるという、完璧無比な戦略である!
――それは、小麦の開発についても、きっと同じことですわ。
ほぼ一発勝負のような状態ならば、その一発で、広範囲のことを実験しなければならない。
百のケーキの中から一の美味しいケーキを引くために、全部食べてしまえば良い! それがミーアの物量作戦なのだ。
――しかし、そのためには、もっと広い土地が必要……これではとても足りませんわ。どこか協力を求められそうな場所を探さなければ……。ルドルフォン辺土伯にも協力をお願いして……。うーむ、中央貴族の連中は嫌がるでしょうし……、他に協力してくれそうな方は……あっ!
不意に、ミーアの脳裏に夏休みの出来事が思い浮かぶ。
夏休み、ガヌドス港湾国からの帰り道に、立ち寄った場所のこと……。
「そうですわ。あの方、ギルデン辺土伯にも協力を求めるのはいかがかしら……?」
ルドルフォン辺土伯領とは真逆の場所、帝国北部辺土にあるギルデン辺土伯領。中央貴族とは違い、彼ならば快く畑を貸してくれるのではないだろうか……。
「ミーアさま……? どうかされましたか?」
ぶつぶつひとり言をつぶやくミーアに、アーシャが不審げな目を向けてくる。
「ああ、いえ……、小麦のことで協力していただけそうな方を知っていたので……帝国北方に、ギルデン辺土伯という方がいらっしゃるのですけど……」
もちろん、この学園の畑で数年間かけて実験すれば、作ることはできるかもしれないが……、一刻も早く、ミーアは、寒さに強い小麦が欲しかった。
なにしろ、そうしないと備蓄は目減りしていく一方だろうから。
――ルードヴィッヒは、大丈夫みたいなことを言っておりましたけれど……。
基本的に、ルードヴィッヒの言うことは信じているミーアであるが……、それでも、備蓄がジワジワ減っていくのは精神的にキツイものがある。なんというか、ギロチンの足音が徐々に近づいてくるようで……。
――絶対、お腹が痛くなる……自信をもって予言できますわ!
そんな自らの心の平穏のために、ミーアは寒さに強い小麦を求めていた。
だからこそ、いろいろと試せる広い畑が大事なのだ。
――といっても、実験というのは、なにをするものなのかわかりませんし、やはり直接、行っていただくのがいいですわね……。
うんうん、と頷き、ミーアは言った。
「良い畑があるんですの。一度、直接行ってみていただきたいですわ」
かくて、アーシャ・タフリーフ・ペルージャンと、セロ・ルドルフォンは見ることになる。
温暖な南の地とは違う、決して農耕に適した土地ではない北部寒冷地の農業の様子を……。