第十話 ミーア姫殿下、子どもたちを激励する
さて……、自身の木の彫刻にすっかり消耗したミーアであったが、すぐに気を取り直して、校舎に足を踏み入れた。
校舎に入ってすぐのところ、ミーアを出迎えるかのように、子どもたちが並んでいた。
そして、最前列にはミーアの顔見知りの子どもたちが控えていた。
「あら、あなたたちは……」
「ひめでんか、おひさしぶりです!」
「まぁ、もしかしてワグルですの? 久しぶりですわね」
一番に声を上げたのは、ルールー族の族長の孫、ワグルだった。
綺麗に髪を切り揃え、学園の制服に身を包んでいるため、一瞬わからなかったミーアである。
「元気にしておりましたの?」
「はい、げんきです。おべんきょうは、ちょっとたいへんですけど……」
――ああ、そうですわよね、やっぱり……。
ミーアは深く同情する。勉強なんて、やらなくて済むならやらずに済ませたいものである。
と、そんなことを考えていたから……、その横にいる少女を見て、思わずミーアは頬を引きつらせそうになる。
「ミーアさま、約束していただいた通りに、勉強することができています。ありがとうございます」
かしこまった口調で言って頭を下げたのは、孤児院の秀才少女、セリアだった。
「あ、ああ……、ええ、頑張っているようでなによりですわ」
ミーアは、その顔を見て若干、冷や汗を流す。
「お前も道連れだこの野郎!」の精神でセリアを学園に入れ、なおかつ、ガルヴの厳しい指導を受ける特別クラスに入れるように手配したことを、すっかり忘れていたのだ。
今のは、もしかして皮肉かしら? などと首を傾げつつ、ミーアは誤魔化すように笑みを浮かべる。
「あの、大丈夫かしら? 辛いこととか、ありませんの?」
などと言いつつ、あのルードヴィッヒの師匠から死ぬほど勉強を教え込まれるなんて、辛くないはずありませんわよね……、申し訳ないことをしてしまいましたわ、と反省しきりのミーアである。
「もし、辛いことがありましたら、遠慮なくわたくしに言ってくださいませね。なんとかいたしますわ」
とりあえず、フォローを入れておく。
なにせ、他人にした嫌がらせの種を刈り取るのは自分自身である。あとで復讐されないように……、というか、復讐とかしづらいように! 精一杯、優しいところを見せておくミーアである。小心者の策謀家、ミーアの手腕が冴え渡る!
その言葉に、セリアの瞳に、薄っすらと涙が浮かぶ。
――ひぃっ! なっ、泣くほどにつらいんですの? それとも、涙ぐんでしまうほどにわたくしのことを恨んでいるとか!?
などと、慌てかけるミーアであったが……、
「ありがとうございます、ミーアさま。大丈夫です、先生にもとてもよくしていただけて……、こんな風に勉強ができるなんて、夢みたいです」
目尻に浮かんだ涙を指で拭ってから、セリアは笑みを浮かべた。
「そ、そう……なんですの? まぁ、無理しないで言ってくださいませね」
それから、ミーアは、もう一人の少年に目を向けた。
「ご機嫌よう、久しぶりですわね、セロくん」
重要なキーマンに、ミーアは精一杯の媚びた笑みを浮かべる。
なにせ、彼のやる気次第で、新しい小麦が生まれるか否かが決まるのだ。せいぜい、ご機嫌をとっておかなければならない。
「ご機嫌麗しゅう、ミーア姫殿下」
頭を下げるセロ。であったが、その顔には、わずかばかりに、いじけたような表情が浮かんでいた。
「あら? どうかなさりましたの?」
「……いえ、なんでもありません」
そうは言うが、なんだか声が不機嫌そうだった。っとその時だった。不意にセリアが近づいてきて……、
「あの、ミーアさま……。セロさまは、私とワグルくんが、ミーアさまに呼び捨てにされてるのがうらやましいみたいで……」
「せっ、セリアさん。余計なこと言わないで!」
セロは大慌てで、セリアを止める。その頬はほのかに赤くなっていた!
――まぁ! なんて可愛らしいんですのっ!?
それを見て、思わず少年にキュンとしてしまう、ミーア(22)である! ダメな大人のお姉さんである!!
――なんか、アベルも昔、そんなこと言ってましたけど、男の子ってこういうものなんですのね!
ついつい微笑ましい気持ちになって、口から笑みがこぼれてしまう。
「うふふ、元気そうでなによりですわ、セロ」
それから、自然に呼び捨てにしてやる。と、セロは、一瞬ぽかーんとした顔をしてから、
「は、はい。ありがとうございます、ミーアさま!」
頬を真っ赤にして、言った。
可愛らしい反応に、ミーアはすっかり気を良くしてしまった。
――ふふふ、このぐらいでやる気を出してくれるなら安いものですわ。この子がしっかりしてくれないと、小麦ができあがりませんし、頑張っていただきたいですわ。
などと、心の中で非常に即物的なことを考えつつ、ミーアはその後ろの子どもたちに目を向けた。
「はて、その後ろの子どもたちは?」
そこにいたのは、十名ほどの子どもたちだった。
皆、ミーアに目を向けられると、緊張に顔をこわばらせていた。
「ほとんどが新月地区の神父殿からの紹介です。あとは、ルドルフォン辺土伯の紹介で、近隣の辺土伯の子どもも数人ですが……。まだ、施設が整っていないのと、例の反農思想のせいで、中央貴族の子弟は未だ一人もおりません」
そう説明してくれるガルヴに、ミーアはあっさり言った。
「ああ、無理に呼ぶ必要もございませんわね」
なにしろ、この学園の一番の目的は、セロ・ルドルフォンに寒さに強い小麦を作らせることにある。その邪魔をしそうな貴族の子弟など、無用の長物……。とは思ったものの……、ミーアはそこに付け足した。
「学園の名が高まれば、おのずと人は集まってくるものですわ」
それは、ガルヴに対するヨイショが半分、もう半分は……、学園に人が集まらないのは自分のせいじゃありませんよ! という責任回避が目的だった!
学園が功績を上げれば人が集まる=人が集まらないのは学園が功績を上げていないせい=わたくしのせいじゃありませんわ! である。
完璧な自己防衛のロジックにミーアが満足していると……、そこに一人の女性が歩み寄ってきた。
「ミーアさま、遠いところをようこそおいでくださいました」
「ああ、アーシャ姫、ご機嫌よう」
視線を向けたミーアは、アーシャの服を見て、少しばかり驚いた顔をする。
「こんな格好で申し訳ありません、ミーアさま」
アーシャは苦笑しつつ、自らの服をつまんだ。
彼女が着ていたのは、分厚くて安い布地の、まるで平民が着るような服だった。
「ペルージャンの農民が使っている作業服です。畑に行くのに、ドレスというわけにはいかないので……」
「まぁ、そうなんですのね……。ふむ、少し触ってもよろしいかしら? なるほど、見た目はともかく良い布ですわね……。丈夫そうですし、今度、キノコ狩りに行く時には、これで……」
……研究に余念のないミーアであった。
昨夜、活動報告更新しました。




