第八話 ベルマンはミーアの信頼を手に入れた
ベルマン子爵領についたミーアは、盛大な歓待を受けた。
「ミーアさま、わざわざ我が領地に寄っていただけるとは……、大いなる喜びに、領民一同、歓喜の涙を流しております」
ミーアを出迎えたベルマンは、そう言って、いささかオーバーアクションでミーアを出迎えた。
そして、その彼の言葉には一切の誇張はなかった。
ミーアは、街に入ってから見たものを思い出して、いささか困惑していた。
――大歓迎過ぎて恐ろしかったですわ……。
町の住民は建物から出てきて、ミーアを出迎えるために道を埋め尽くしていた。
そして、ミーアの乗った馬車が通る道に花をまいた。花で埋め尽くされた道を行くミーア一行に、「帝国の叡智に栄光あれ!」と、住民たちの賛美が降り注ぐ。
誇張なしに、ミーアは非常に歓迎されていた!
そうなのだ……、冬の誕生祭以来、帝国内でのミーア人気は大いに高まっているのだ。
特に、このベルマン子爵領では「皇女の町」が領内にあることもあって、皇帝本人より、むしろミーアの方が、人気が高いほどだった。
驚くミーアであったが、傍らにいたベルは、したり顔で言った。
「ベルマン子爵領の皆さんは親皇女派として、帝国内戦の時にもボクのことを助けてくださいましたから」
「親皇女派……ふーむ……そうなんですのね。なんか、ちょっぴり気味が悪いですけれど……」
前時間軸の際、飢饉にあえぐ地域で、罵詈雑言を浴びせられたミーアとしては、人々からの称賛を素直に受け止めきれない部分はあるのだが……。
「まぁ、この称賛の声を失わないようにしたいものですわね……」
そうして、その日は盛大な晩餐会をもって、大いにもてなされたミーアである。
食べきれないほどテーブルの上に並べられた料理を前にミーアは、思わず頬をほころばせる。けれど、すぐに首を振り……、
「ベルマン子爵、おもてなしに感謝いたしますわ。ありがたくいただかせていただきますわね……」
「もったいなきお言葉にございます」
上機嫌に笑みを浮かべるベルマン。そこに冷や水を浴びせるようなことは、あまりしない方が良いかもしれないなぁ、などと思うミーアであったが……、それでも言っておいた方が良いと判断。意を決して口を開く。
「けれど、これからは、あまり食糧を無駄遣いしないでいただきたいですわ」
「は……?」
ぽっかーん、と口を開けるベルマンに、ミーアはできる限り冷静に聞こえるような口調で続ける。
「これは、ここだけのこととして聞いていただきたいのですけれど、恐らく今年の夏頃から食糧の不足が各地で起こりますわ。その時に備えて節約に努めていただきたいんですの」
ミーアは正直なところ、ベルマンが素直に聞くとは思っていなかった。彼の性格を考えると、むしろ反発されそうでさえあるが……。
――それでも、言っておかないのは気分が悪いですし……。あ、でも……。
唖然とした顔をするベルマンにミーアは一つ付け加えておく。
「一応、このことを知っているのは一部の人間だから、あまり吹聴しないようにお願いいたしますわね」
念のために言っておかないと、どこでなにを言われるかわかったものではない。なにしろ、かつて土地の広さを求めて、ルドルフォン辺土伯に喧嘩を売った男である。
今回の情報も、もしかすると、なにかの自慢に使われてしまうかもしれない。それは、あまり好ましくはない。
「一部の人間のみ……一部の……」
「ええ、わたくしが選んだ人間だけが知っていることですわ。なにしろ、普通は先に起きることは誰にもわからないものですし。下手な人に話すと、変な目で見られるでしょう?」
ミーアはきっちりと釘を刺しておく。「下手にいろいろ言って回ったりすると、お前も変な目で見られるぞ!」「自分の胸にしまって、ただ節約に努めればいいんだぞ!」と。
――とりあえず、こう言っておけば、自慢の種に使われることはなさそうですわね。まぁ、信じて節約に努めるかどうかは、微妙ですけれど……。
などと、考え事をしていたものだから、ミーアはベルマンのつぶやきを聞き逃した。
「それは……、つまり私を信頼して話して下さったと……」
どこか震えるような声でつぶやかれた、その声を……。
「あ、それと、皇女の町のことをお願いいたしますわね……。子どもたちを餓えさせてはいけませんわよ」
そう言うと……なぜだろう、ベルマンは神妙な面持ちで頷いた。
「ああ……、それは無論でございます。ミーア姫殿下の町を危機に晒すようなことは、我が身に変えましても……」
そう豪語するベルマンにミーアは首を振った。
「そういうのはいりませんわ。もしもなにかございましたら、無理せずに、すぐにわたくしに教えるように。ルードヴィッヒはいつでも帝都におりますから、気にせずすぐに連絡すると良いですわ」
意気込みはありがたいのだが、早め早めに連絡をもらいたいミーアである。その方が対処が楽なことが世の中には多くあるのだ。無理をされて取り返しがつかないことになる、というのは絶対に避けたいミーアである。
そう、話がわかっていないのに、わかったふりをしてはいけない。早め早めにわからないと伝えておくことが必要なのだ!
――しかし……、ここも帝都より、ルドルフォン辺土伯のところに助けを求めた方が手っ取り早そうですわね。でも、さすがに過去のしがらみからできないでしょうし……。難しいものですわ。
「あの……?」
「ああ、なんでもありませんわ。それでは、お食事をいただきますわね」
不必要に贅沢をされては困るが……それはそれ。目の前にご馳走を出されて、それを食べないほど、ミーアは“無欲の姫”ではいられない。
ミーアは”食欲の姫”なのである。
「それで、明日なのですが、予定通りに学園を視察しに行きますわ。学園長のガルヴさん、それに、講師のアーシャ姫にもお会いしたいですし……」
「心得ております。馬車と護衛の手配はできておりますので、今夜は当家でおくつろぎください」
それから、深々とベルマンは頭を下げた。
「私のことを信頼していただき、そのような秘密を教えてくださったこと……感謝いたします。ミーア姫殿下のお心に叶うことができますよう、努力いたします」
「ええ、期待しておりますわ」
などと軽ーく答えつつ、すでにミーアは聞いていない。
目の前の……たっぷりキノコが入ったシチューがとても美味しかったから!
――ふむ、シチューにキノコを入れるとは、なかなか見どころがありますわ! やりますわね、ベルマン子爵!
ミーアのベルマンへの信頼度が100上がった!
ミーアは“茸欲の姫”なのであった。